コンスタンティノープルの島津久保
本編第一章七話「野心の合作」と八話「西部戦線異常アリ」の中間くらいの話です。
「猫とお戯れごわすか?」
堀之内久規が島津久保に尋ねる。
ここは東ローマ帝国の首都・コンスタンティノープル。
結局形式上は東ローマ帝国に臣従する事にした島津家から、人質という形で久保は派遣されていた。
堀之内久規は久保に附けられた家臣である。
コンスタンティノープルは一年程前は危機的状況にあった。
この10万人が暮らす都市は、オスマン帝国の包囲下にあったのだ。
それが突然黒海に転移した薩摩を、「十字の旗を掲げているからキリスト教国」と勘違いした挙句、戦争を仕掛けたら皇帝他多数が首にされるという惨事によって、オスマン軍は敗退、コンスタンティノープルは救われる事になった。
その後、東ローマ帝国は自分たちを救った謎の「キリスト教国?」に和平を求めた所、彼等に臣従される。
まあ臣従されるまでにバルカン半島のかなりの部分を制圧され、臣従した暁には
「それらの領有権は返すから、徴税権を認めるように」
なんて言って来て、現在進行形で「九公一民」という苛政をされているのだが。
島津家の方針は明確である。
「お前らに代わって軍事を担当してやる。
領土も取り返してやる。
君主として崇めてやる。
だから各地に地頭を置かせろ!」
というもので、東ローマ帝国にとって損は無いものであった。
……もう滅亡に片足突っ込んでいた状態からの奇蹟だったから、皇帝コンスタンティノス11世にしても、これくらいの譲歩はやむなしと思っている。
帝位と首都を奪おうとする勢力に比べ、何倍もマシと言えた。
そんな東ローマ帝国に住まう島津久保・亀寿夫妻、そして郎党たちであるが、彼等は蔑視の中で生活している。
滅亡直前まで追い込まれていた国。
数百年前に一度滅亡し、その後再建を果たすも、じわりじわりと勢力を失っていた国。
そういう国だっただけに、反動として国粋主義というか、自分たち以外は軽蔑するというか、そういう気分に覆われるようになる。
中華の歴史において、南宋という北方民族に国土の半分を奪われた国において、尊王攘夷を掲げる朱子学が隆盛したのと似ているだろう。
彼等は「我々ギリシャ人こそ真のローマ人」と唱え、古代ギリシャの文化を再興する事で帝国の威光を取り戻そうとしていた。
そんな国民の中に、肌の色が違う、奇妙な髪型と粗末な衣装を纏った者が入り込んだら、警戒されるに決まっていた。
ましてや
「鋭い曲刀を使い、敵の首を狩って笑う蛮族」
「ブルガリアで収穫物の9割を奪う悪魔」
「皇帝に取り入って徴税権だけを奪うような狡猾な者ども」
なんて噂が立てられている。
護衛の堀之内久規や平山忠続といった武士は、こうした視線に対して過剰反応して、丸太を抱えて殴りかかったりする為、悪評を助長してもいた。
なお、抜刀は久保によって厳禁されていた為、そこらにある丸太で襲い掛かるのだが、その都度久保が被害者に
「すまぬ、すまぬ……」
と謝って歩いたりもしている。
当の久保は至って穏やかなもので、こうして猫と戯れている。
「ほら、焙乾じゃっど。
美味かで~」
と言って、鰹節の原型とも言える魚を焙って乾燥させたものを猫たちに振る舞っていた。
この地にいる「イジアン」とも呼ばれる猫は、和猫とよく似ていて、久保にとっても馴染みやすいものであった。
最初は謎の東洋人に対して距離を置いていた猫たちも、今では久保が姿を見せる度にわらわらと集まって来る。
腹を見せて寝転ぶ姿等、完全に信頼されているようだ。
「若殿、そがいに猫ばかりにお構いなさっで、奥方様がむくれてごわす」
「そうか。
それは良かった。
先程話がついたでな、こん猫を招く事にする。
奥とも良き遊び仲間になろうよ」
基本的に久保は妻の亀寿に対し優しい。
亀寿は島津本家の跡取りに近い存在なだけに、気位が高い。
久保にベタぼれしているのは家臣たちも分かっているが、それだけに猫と遊んでばかりいると嫉妬も凄いものであった。
だが猫と戯れているのは奥方の為、そう思うと家臣たちは微笑ましく思う一方、
(若殿はお優し過ぎる)
と危惧の念も抱いている。
まあ夫婦の危機は
「亀寿、其方と遊びたいとこん猫が申しておってな。
傍に仕えさせてくれぬか」
と子猫数匹を連れ帰ったところ
「ふん、猫なんかで釣られる私じゃないんだからね!
ほらほら、どうちたのぉ?
そんな所で爪を研いだらいけませんよぉ~。
誰かある、猫用の枕木を用意せよ!
それとマタタビを送るよう、父上に頼むよう!」
と、亀寿が機嫌を直した事で回避されたのだった。
部下たちが危惧する優しい久保、だがそれは誤りである。
彼は何だかんだ言って島津の男なのだ。
ある時、久保はコンスタンティノープルのならず者たちに絡まれる。
日本でも19世紀半ばによく見られた光景だ。
異人切るべし、とまではいかないまでも、よく目立つ外国人は標的にされやすい。
攘夷的な気質もあって、後先考えない若者たちが久保を襲って来たのだ。
久保は義父・島津義久の言葉を思い出す。
「己の拳を、己の太刀を振るって戦ってはならぬ。
そいは『匹夫の勇』言うものじゃで」
この程度の者、刀を抜けばあっさり倒せる。
だがそれではいけない。
島津の、この地では「サツマン」と呼ばれる集団の長が、軽々に人を斬るようでは軽んじられる。
実際、彼の実父の島津義弘や叔父の島津家久は自ら槍を持って戦場を駆けるが、当主である義久はどっしり構えて動かない事が多い。
その心構えを胸に、久保は防御の構えを取る。
「良いか、又一郎。
こいはおはんの曾祖父様、日新斎様(島津忠良)の話じゃ。
当時は分家であった伊作家から島津宗家を継いだ日新斎様は立場が弱かったんじゃ。
加治木や帖佐の地頭等が兵を挙げ、日新斎様を排除しようとしよった。
日新斎様はその猛攻に耐えもした。
そん時に取った構えが、こうじゃ」
実父であり猛将の島津義弘が久保に教えた島津家防御の型。
それは腕で顔の側面を守り、地に足をつけてどっしりと構えるもの。
この構えを取った時、島津の者は鉄の硬度で身を守れるという。
いつも堀之内久規や平山忠続に丸太でどつかれている恨みを晴らすべく、ならず者たちは拳だけでなく、棒等でも容赦なく殴って来る。
しかし効果が無い。
防御を固めた久保は、その攻撃に耐え抜いている。
「へっ!
サツマンだか何だか知らねえが、臆病者だな。
そうやって固まって来てねえで、攻撃して来いよ」
挑発をした若者に、久保は現地の言葉で返事をする。
「俺いに手ぇ出した事、悔やませてやんど。
じゃっどん、そいは俺いの手を使っての事ごわはん。
おはんらには、俺いん仲間が手を下しやっで」
思わぬ返答にならず者たちは周囲を見渡した。
「こいつ、いつの間に助けを呼んだんだ?」
「またあの毛むくじゃらの蛮人が、丸太を抱えながら突っ込んで来るというのか?」
「汚えぞ、そうやって部下に尻ぬぐいさせるなんて!」
喚く若造たちに、久保は静かに返す。
「家臣ではなか。
俺いの友達じゃ」
そして久保は周囲をチラ見すると
「来た」
と呟いた。
その直後、ならず者たちの頭上から何かが降って来る。
「フギャー!」
「シャー!」
「ウニャァァオ!」
それは怒りに燃えた猫たちである。
「なんだ、こいつら」
「痛え、引っ掻かれた」
「噛むんじゃねえ」
武器を持って猫を殺そうとするも、猫は統率の取れた運動でヒット&アウェイを繰り返す。
「俺いの友達を甘く見てはいかん」
いつの間にか防御態勢を解除した久保は、猫たちを手振りで指揮していた。
「こいつ、猫を操れるのか?」
「まるで意思疎通でもしているかのように、意のままに操っているぞ」
「心外ごわす。
こいつらは俺いの友達。
操っているのではなく、意思疎通しておるだけごわんど」
ほとんどのならず者たちは、全距離全方位猫攻撃に遭い、這う這うの体で逃げ出した。
だが一人、猫たちの猛攻を潜り抜けながら久保に殴りかかって来た男がいた。
そいつの拳が久保の顔面を捉える前に、そいつの顔面の方が弾け飛ぶ。
「おい、自分の手は使わないんじゃなかったのか?」
「そうじゃど。
じゃっで、蹴りを使った」
「そういう意味なのか?」
「手は人を慈しみ、妻を愛し、領民に指示を出し、兵を指揮するもの。
その手を当主は軽々に動かす訳にはいかん。
じゃっで、蹴った」
「そういう問題なのかよぉぉぉぉぉ」
堀之内久規、平山忠続たちが急を聞いて駆け付けた時には、多数の猫に守られながら、涼しい顔で立っている久保と、眼窩底、顎関節、鎖骨、胸骨、肋骨と折れまくった様子の若者が一人倒れていた。
「若殿!
お一人歩きは止めたもんせチ、口酸っぱくして言いもしたに!」
「苦しゅうない、大した事なかったぞ」
「そげな事じゃありもはん!
大切な御身に何か有りやったら、俺いたちン腹の1個や2個では済みもはんど!
「ほお?
おはんら、腹が3個以上有りやったか?」
「こん地の言葉で何やら言いなさるな!
兎に角、御嫡男が自ら戦う等、お慎みなされ」
「俺いは戦っておらんど、なあ」
「にゃあ」
「みゃあ」
「ふわぁ」
猫に同意されても堀之内たちも困る。
まあそこに転がっているのは、どう見ても猫の攻撃ではないダメージを負った者なので、彼等は何があったのかを大体察していた。
まあ猫が目隠ししていたようで、周囲のコンスタンティノープル市民は「サツマンの公子」が殴る蹴るの暴行を加えている所は見ていないようである。
薩摩武士たちは、穏やかに見える久保もまた自分たちの同類であると理解した。
「平山サァ、斯くなった上は……」
「堀之内サァ、皆まで言わんで良か」
「じゃな」
「善は急げ言いもす」
2人はボコられた若者を何処かに運び、彼の身に何が起きたのか真実を語る事が出来ないよう、彼の信じる神の元に送られる。
その事を察してかどうか分からないが、久保は猫の腹をくすぐりながら、
「大儀であった」
とニコニコしながら言うだけであった。
……そしてコンスタンティノープル市民の間で、サツマン人は腹が3個以上有るから、2回までは刺されても死なないという都市伝説が蔓延するのだが、それはわざわざギリシャ語で喋って誤解させた久保のせいであった。
おまけ:
本編で使われた猫の目時計の猫たち、あれは久保の飼い猫だったって事で、
猫 好 き の エ ピ ソ ー ド は 外 せ な いっ しょ!
次話は19時にアップします。




