第28話 バイバイ、そして
地上では、不利を悟った魔族が所構わず攻撃をしていたため、戦闘が長引いていたが、ようやくそれも終結しようとしていた。
「さぁ、これでお終いです」
エルが巨大な鎌を魔族の喉元につきつける。
魔力を帯びた赤毛は燃え上がるような炎を連想し、赤くなった瞳には激情の色が色濃く出ていた。
「我らと同じ力を持つ者がいようとは……な!」
観念したかのように見えたその時、斬り落とされた大きな腕が突如動いた。
まるで意志を持っているかのように飛び出す。想像以上に素早く動いた先には、治療のために戦線から離脱していた零の部隊がいた。
「!」
叫ぶ暇もないまま、猛スピードで迫る腕に1人の女性が捕まる。人質を捕まえた腕が魔族の元に戻った。
「ふはは、形勢逆転だな!」
「くっ、外道が」
手に掴んだ人質を見せつけながら、魔族が高らかに下卑た笑いを響かせた。
人質の女性は恐怖で声も出せず、ただ腕の中で固まっている。
エルがより憎悪のこもった目で魔族を射た。
彼女が人質ごと魔族を斬るのではないかと危惧していた真春であったが、手を出せずにいるエルの様子を見て場違いにも安堵している。
「人間よ、その力を解け!」
「……っ」
一瞬の逡巡の後、エルから異形の力が消え、普段の彼女の姿に戻っていった。
「そうだ、それで良い! 人間には過ぎた力よ! フハハハハハ!」
勝利を確信し、魔族が斬り落とされた腕を地面に突き立てるように置いた。
その様子を逐次見ていた真春が動く。チラッと横を見ると、亜紗とトウザが立っていた。
「誰が囮で誰が助ける?」
両者の顔が物語るものを確認し、人選を伝えようとした時だった。
「ふ~、何とか間に合ったみたいだね」
魔族の足元にいつの間にか1人の男がいた。
「歩!?」
「何だ、貴様は?」
真春の叫びと魔族の声が交差する。
しかし、当の歩は2人の呼びかけに答えることなく、大地に置かれた巨大な魔族の腕に近づき――ただ手で触れた。
「ぐおおおおおおおっ!」
途端に、悲鳴にも似た低い唸り声があがる。声の主は――魔族であった。
「貴様、何をしている!?」
歩の方を見た魔族が驚きで目を見張った。
太く象でさえも簡単に殺せそうな腕が消えかかっている。血のように赤い色は失われ、ほとんど無色になり透けていいた。
歩自身はというと、腕を触っているだけ。触れている箇所が淡く輝いている。ただ、その表情には苦悶が見えた。
「なんだ!? どうやって俺の力を奪っている!?」
そして、今度は魔族の脚に触れるのであった。
「っ!」
「うおおおおお! やめろおおお!」
歩を振りほどこうと、魔族が残った腕を振り下ろした。
苦しい顔をしながらも、歩は地面を転がるように避け、巨人の一撃を躱す。起き上がり、先程まで自分がいた場所を見ると、地面が大きく抉られた跡が出来たいた。
「消し炭にしてくれるわ!」
魔族が咆哮すると、口元に赤い光が集まっていった。膨大で禍々しい魔力に、その場にいた者は皆恐怖を抱く。そして、悪魔に狙いをつけられ、あと数秒で命を散らすであろう青年を憐れむのだった。
だが、当の男だけは、
「ようやく使い方が分かってきた。やっと満杯だ」
呟くような歩の言葉が聞こえた者はいない。その声色からは何の感情も感じ取ることができなかった。
ただ、男の言葉と共に何かのスイッチが入ったのか、歩の体が突如輝き始める。
体の奥から出てくるのは淡白い光。その輝きはどんどん大きくなっていくき、辺りに瞬く間に広がっていく。魔族の生んだ邪気を包み込んでいく様子は、オセロで黒一面の盤面がひっくり返ったかのようだった。
「貴様、何者だ!?」
異様な光景に唯一声をあげたのは魔族であった。
他の者は皆声を失っている。魔族に対する恐怖からではない。命に対する諦めからではない。歩の発した謎の光に対してでもない。
男の瞳に吸い寄せられていた――爛々と光っている訳ではない。目に浮かび上がっているのは、一見静かな闘志。だが、すぐにそれが大山のような覚悟を併せ持っていると気付く。心というよりは魂が、瞳という一点に凝縮されて現れていた。
そのある種異様な瞳を見て、ある者は驚きで固まり、ある者は男の背後にある大きな何かを感じ取り足をすくませた。
白い光が歩の体全体へ広がっていく。
今にも溢れんばかりの奔流が渦を巻いているような様は、光そのものが生命を持っているのかと錯覚させた。抑えきれない力の一部が体の外へと噴き出している。
「! 消えろ、人間!」
何かに慌てたように魔族が破壊の力を歩に向けて放つ。対する歩も、ほぼ同時に掌を突き出した。体の奥に溜められた力が、待ってましたとばかりに爆発的な勢いで一直線に伸びていく。
白と赤の光が正面からぶつかり合う。その衝撃で周りの木々が一斉に倒れていった。均衡している互いの力に、
「なんだと!?」
信じられない表情で叫びをあげたのは魔族であった。
「バイバイ」
歩が出力を更にあげると、白い光が破壊の力を飲み込んだ。瞬く間に魔族の眼前に迫り、魔族そのものが光に包まれる。
「馬鹿なぁぁぁぁぁ!」
あまりにも呆気ない人ならざる者の最後だった。
全てが終わった。つい数秒前までとは打って変わって、静寂が辺りを支配していた。
「歩!」
「お兄ちゃん!」
時が動いたように、真春とシアが駆け寄っていく。歩の周りには草1つ残っていなかった。
皆に背を向けていた歩が振り返る。
「帰ろう」
いつもの優しく穏やかな瞳を向けながら歩が答える。
シアが走る勢いのまま、抱きついた。日向のように温かい少女を受け止め微笑む。いつの間にか姿を現した朝日が決着をつけた男を照らしていた。
続いて飛び込もうとした真春がその直前で止まる。
「それは良いんだけど、何であんた裸なの?」
「え?」
それが合図となったのか、歩の視界がぐらつく。意識が遠のいていく感覚。そして、誰かの呼びかける声を最後に意識が途切れた。
これで第1部完です。
書きためが尽きたので、週1回の更新になるかと思います。




