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十三、女性原理と男性原理

 『ご近所付き合い型コミュニティサイト“和やか”』が始まった主な目的は、現役を引退している高齢者達を再び労働資源として活用する事にあった。そしてその一つに、現役世代への育児支援がある。そしてそれはようやくここ最近になって、生活習慣として利用者達に定着し始めた。

 高齢者が高齢者を助ける相互介助は、比較的スムーズに行われるようになったのだが、時間的に隔てられてしまっている現役世代への育児支援は思ったよりも進んではいなかったのだ。

 もちろん、運営側の人間はそれを促そうと努力し続けて来た。子供を持つ親達に、高齢者と子供の交流を勧めてみたり、高齢者達には「子供達を助けくてください」と呼びかけてみたり。ただ、結局のところそれらはあまり効果がなかったように思える。それよりも、自然な人間関係の結びつきが、高齢者達の育児支援を後押ししたのだ。

 「まぁ、つまりは、人間ってのは協力し合って生きる生物だって事なのかもしれないね、佐野君」

 菊池奈央は夕食の時、そんなような事を佐野隆に向かって言った。慰めているのか、正直な感想なのか、淡々と彼はそれに返す。

 「でも、広まり始めたらあっという間に老人達が子供の世話をするのが当たり前になったみたいじゃないか。君達の努力が実を結んだって側面もあったのじゃないか?」

 「いやいや、多分、親達はそれだけ困っていたって事だと思うよ。だから子供を老人達に安心して預けられると分かった途端、皆が一斉にそれをやり始めたのじゃないかな? そして高齢者達もそれを受け入れた……

 私達も、よぉっく肝に銘じておこうじゃないか、佐野君」

 「確かにそれもあるかもしれないけど、やっぱり君達の努力もあると思うのだけどなぁ。“感謝を伝える掲示板”とか、登録者達にコミュニティを評価させるシステムとか、“皆の支え”認定システムとか、老人達が育児支援をし始めるのに合わせて色々とやっていたみたいじゃないか」

 菊池達運営側の人間は、ここ最近、人間関係を調整する為のシステムを大幅に付け加えていたのだが、佐野が言ったのはどれもその為のシステムだった。

 「そう言ってくれるのは嬉しいが、私達は高齢者の育児支援を促すのにそれらはあまり役立たなかったのではないかと考えているよ。もっとも、地域社会の人間関係を上手く調整する為には機能しているかもしれないから、広い意味じゃ役に立っているのかもしれないが」

 菊池は微笑みながらそう彼の言葉に返す。

 地域住民同士の“助け合い”が常態化し始めると、いちいちヘルプコールなど出さないケースが増えて来た。すると、それはSNS上では“助け合い”にカウントされない。そこで運営側は“感謝を伝える掲示板”というもの用意し、ヘルプコールがなくてもそこから一括して皆に感謝の言葉を述べられるようにしたのだ。もちろん、単に感謝を伝えるだけではなく、それは地域社会が健全に機能している事を示すデータともなるし、各個人の負担状況を確認する術としても使える。

 もっとも、それだけでは本当に地域社会が健全であるかどうかは分からない。それで菊池達は個人がその所属しているコミュニティを評価する機能も追加した。

 仮にいじめや喧嘩、仲間外れなどが発生していたならば、ある特定の人間だけ評価が低いという現象が起きるはずだ。誰がどんな評価を下したのかは分からないようになっているが、データに偏りがあれば要警戒で、それはSNS上の“コミュニティ健全レベル”に反映される。コミュニティ内部の人間にはそれは容易に観る事ができるので、反省を促す事が可能なのだ。

 更に加えて、『“皆の支え”認定』という機能も付け加えた。これは漠然と、多くの人達の交流に加わっていたり、たくさん手助けを行っていたりする人に対して贈られるもので、

 『あなたは健全な地域社会の形成に貢献しているとシステムから認定されました。これからも仲間外れやいじめが発生しないよう心がけ、ストレスのない仕合せな地域社会の支えになってください』

 といったようなメッセージを届けるだけのものなのだが、それにより“感情の調整者”としての役割を担う事をその人に促しているのだ。

 地域社会はただ築くだけではもちろんいけない。それを健全に維持管理しなくてはならないはずだ。だが、それをトップの人間が行うのでは自ずから限界がある。だから、各地域社会に自浄の為の仕組みを産み出させる必要があり、菊池達が行っているのは当にそのような取り組みだった。

 

 はい。

 少し昔にEQという言葉が流行りました。“心の知能指数”とかって言われていたものですね。感情の側面から人間関係を調整する役割はとても重要で、EQの高い人はその役割を担えるので組織のリーダに向いているとか、確かそんな説明がされていたように記憶しています。このEQってもんは、どうやら単なる流行では終わらなかったようで、僕はそれからも本の中なんかでその単語が出てくるのを何度か見ました。

 このEQを知った時、僕はまずこう思いました。

 「このEQって、女性原理の事なんじゃ?」

 って。

 正確には女性原理の一部ですが、女性原理というのは“感情や調和や協調”の事です。“女性”って付いているから分かると思いますが“男性原理”もあります。こっちは“規律や論理や競争”の事みたいですね。

 一応断っておくと、女性原理・男性原理は生物学的な女性や男性とは必ずしも一致しません。恐らくその傾向差は観られるだろうとは思いますが、それでもそれは飽くまで漠然としたものに過ぎません。だから、“男性である事”、“女性である事”を女性原理が強い人、男性原理が強い人の指標にはできないのですね。

 あ、こう考えてみると、勘違いをなくすって意味でEQって呼んだ方が良いかもしれませんね。

 なんか、少し話が逸れちゃったので、元に戻します。

 組織を維持する為には、男性原理だけでは駄目で、女性原理による補完が求められます。小さな組織では、ワンマン型の闘争心旺盛なリーダーでもいけますが、組織が大きくなると調和を重視するタイプのリーダーが必要になってくるらしいです。これは女性原理の重要性を意味しているのかもしれません。

 ですが、問題もあります。女性原理はルール化が難しいので、これを強くするやり方が分からないのですね。ですから構成メンバー達が各々で、この“女性原理”を理解して、重視していく以外に手はないのかもしれないのです。作中で提示した方法は、そのうちの一つです。

 まぁ、もっとも、あれで本当に上手くいくかどうかは分かりませんがね。

 

 飯野正はその日、SNS“和やか”のシステムから送られて来たメールに驚いていた。

 『“皆の支え”認定』

 と、そのメールのタイトルには書かれてある。驚いて本文を読んでみると、このような事が書かれてあった。

 『あなたは健全な地域社会の形成に貢献しているとシステムから認定されました。これからも仲間外れやいじめが発生しないよう心がけ、ストレスのない仕合せな地域の支えになってください』

 まさか、何かまた仕事が増えるのかと不安になって彼はよくそれを読んでみたのだが、そのような記述は一切なかった。しかも『これはシステム上のデータを元に自動的に送られているもので、お客様の個人情報は安全性が保たれています。また、その為、システムを介さない人間関係は対象範囲外です』などとも書かれてある。それで彼は、これは地域社会を良好に保たせるよう、“人間関係調整者”の自覚を促す為に送られて来たメールなのだと判断した。

 “色々な事を考えるなぁ、運営側も。これが何かの役に立つようには思えないが”

 その時は、そのような事を考え、彼はそれを馬鹿にしていた。しかし、その次の日だった。彼は偶然に、子供の事で何か言い合っている母親二人を見かけてしまったのだった。

 “面倒そうだ”

 それを見た瞬間、彼はそう思った。できるだけ関わりを持ちたくない。そう思うのは、彼の性質を考えるのなら当然だった。だが、その傍らで子供の一人が不安そうにその様子を眺めているのを見た瞬間に、足が止まった。

 彼の心のどこかでは、『“皆の支え”認定』という昨日来ていたメールのタイトルが浮かんでいた。

 “くそ! こーいうのは苦手なんだが……”

 彼はそう心の中で吐き捨てるように呟くと、足を前に出した。

 「あの……、二人とも」

 近付きながらそう話しかける。すると、意外な事に、ただそれだけで母親は二人は言い合いを止めてしまったのだった。恐らくは、二人とも自分達の行為が大人気ない事を自覚していたのだろう。それに飯野は明らかに仲裁をしようとしていたし、彼はこの地域ではよく知られた“顔”の一人だ。逆らって騒ぐのは、明らかに問題がある。

 素直に大人しくなった二人に内心で驚きながら、飯野は二人の喧嘩の理由を聞いた。するとそれは実に他愛のないものだった。

 「つい、カッとなってしまう事は誰にでもありますが、そんなくだらない事で、人間関係が壊れてしまう場合だってあります。お互いに気を付けていきましょうよ」

 それでそう言ってみる。

 すると、やはり彼女達はそれに大人しく従い、最後にはお互いに笑いながら、謝罪までし合ったのだった。

 飯野は彼女達と別れてから、この地域社会における自分の立場とその効力について考えた。彼にとって今起こった事は驚愕するべき現象だったのだ。彼は自分には喧嘩している人間達を上手く仲裁する技術などない事は分かっていた。そもそも自分は軽く声をかけただけだ。しかし、ただそれだけで喧嘩が治まってしまった。その自分の力は“立場”にこそある。だから彼はそう考えた。

 そして、『“皆の支え”認定』というSNSから送られて来たメールの意味についてもう一度深く考えたのだった。

 あのメールは実は的を得ていたのかもしれない。そして、その役割を自覚させる効果もあのメールには充分にあったのかもしれない。

 それから、なんとなく、そんな事を彼は思ったのだった。

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