9、異世界を生き抜く為のゲームシステム確認
黒うさぎさんすげぇ。
絵本を読んでぼろ泣きしながら、なんでシリーズの途中から持ってきたのかとキースに聞くと、6作目が義弟のお気に入りだということです、はい。
鼻をぴすぴす鳴らし、そーいえば『境スタ』のアイテムに黒いウサギの仮面なんてものがあったなぁ、なんてことを思い出しました。
「大丈夫?」
これ使って、とハンカチを差し出すキース。
弟の無償の優しさに再び涙ぐみ、ちーんと鼻をかんで深呼吸。
知りませんでした。
精神年齢って肉体に左右されるんですねー。
8歳のローザちゃんは泣き虫だったのか。
きっと泣き顔もかわゆいのでしょうね。
見てないけど。
誰か手鏡とか持ってませんかね?
出来ることなら脳内のアルバムに永久保存したいのですが。
あれ。ちょっとこれって見方によったらナルシストですか?
いやいや私はあくまでも私でローザはローザなんだよ。
でも今は、私がローザでローザが私だ。
ローザを好きってことは自分を好きってことか?
でもゲームのローザは自分の事をあまり好きじゃない、というよりも嫌いだった。ってことは私はやっぱりローザじゃないのか。
でもローザだよね。
こんな天使ように愛らしい子が世に二人といるはずないじゃん。でも、ローザは自分か嫌いで、私はローザが大好きで。
あっれぇ?
「私ってなんだっけ」
うーむ。急に哲学っぽくなったぞ。私とは何か。
永遠に解くことが出来ない謎に出会った気分です。
「うん?ローザはローザでしょ?僕の大好きな姉さんだ」
「なぬ!」
永遠に解けない難問さんは僅か三秒で破れ去りました。
なんだこの子、天使か。そうか、天使はローザだけじゃなく、もうひとりいたんですね。
キョトンとしている義弟の純真無垢な瞳に癒されます。
可愛いキースよ、できればそのままお姉ちゃん大好きな立派なシスコンへと成長してくらはれ、死亡エンド回避の為に。
18歳のローザ姉さんなら、キースが好き好き言っても、クールに微笑んで『そうか』とか『知っている』とか『聞きあきた』とか返しそうですね。
でも、今の私は8歳なので、そんな高等テクニックは使えません。
「私もキースが大好き!」
出来る事と言えば、せいぜい満面の笑みでもって、素直に自分の気持ちを相手に伝えるくらいでしょうか。
ぱあっと笑顔になったキースがとっても嬉しいと笑いながら抱きついてきて、二人してベッドを盛大に軋ませながらごろごろと転がった。
楽しくて二人で大声で笑ったのだけど、メイドさんたちにちょっぴり怒られてしまいました。
さて、【私とは何か】という難問さんは天使のようなキースの一言でかるーく打破できたので、私だとかローザだとか、いちいち深く考えるのは止めることにした。
逃避?うん、自覚してますが何か?
仕方ないじゃん、私のこともゲーム知識以外のローザのことも覚えてないんだもん。でもキースが私を大好きな姉だと言ってくれるなら、ソレでいいかなぁと思う。
今は私の精神とローザのカラダに微妙な隔たりのようなモノ、なんとも表現しにくいズレのような違和感があるにはあるのだが、それも時が経てば馴染んで気にならなくなるのだろう、多分。
時が経てばローザ大好きな私も消えて、ゲーム通りの自分が嫌いなローザになる……わけがない!
それはないな。あり得ない。
例え私のカラダであろうとも、私はローザを愛している!
もうナルシストと謗られてもいい……事はないが、だって私は私でローザはローザでああ振り出しに戻った、ナンテコッタイ。スミマセン、キース君。魔法の呪文を唱えてくらはれ。
「姉さん大好き!」
「うん!お姉ちゃんもキースが大好き!」
ふぅ。よし。もう気にしない。
考えても仕方ないことは考えない。
私には大好きなローザとキースを幸せにするという大きな使命があるのだ。
では。未来を阻む運命さんという名の憎いヤツと戦おうか。
ぴらっとゲームシナリオを走り書きした紙を広げた。
死亡エンドへの道が刻まれたローザの運命に対し、喧嘩を吹っ掛けて完膚なきまでブチのめしてやろうと思います。
ただ、どうやって運命さんをやっつければいいのか、その方法が解らないんだけどね。
取り合えず今わかっている限りのシナリオをクリアして、カルマ値が悪人にならないように気を付けて、悪を倒し弱きを助ける心優しい正義のヒーロー、みたくなればいいのか?
あ、いや。カルマ値は主人公の行動に左右されていたかそーいえば。
じゃあキースを優しくて勇敢な勇者に育てればいいのか?
まぁ。キースは今でも最高に優しくてかわゆくてカッコイイ義弟ですけどね。キースパパからも守ってくれたし。って言い方をすると、キースパパが悪者みたいに聞こえますね。全ては私の不用意な発言のせいでした、はい、申し訳ございません。
キースの鉄壁の守りに一度は引いたパパさまですが、何やらバタバタと忙しく動いているので、その内何かしらのアクションがあるだろーと思われます。
あー、ホント覆水盆にかえらず……。
ん?どーゆー意味だっけ、これ。
前世の言葉、か?
むむー。
やっぱり、記憶が曖昧だわさー。
おっと無駄なことは考えない考えない。
話をもとに戻して、キースのことだ。
強制バッドエンドルートに突入しないように、キースを素晴らしい勇者へと成長させなくては。
私がやったみたいに御姉様至上主義。姉のためなら世界よ滅べ。なんて素で唱えちゃうような病人にしちゃぁダメなのね。
ん?……んん?いやいやまてまてまてオチツケ私。
キースがシスコンじゃない場合……いや、いつでも全力で彼はシスコンだったけどな……ゲフンゲフン。シスコンだが常識までぶっ飛んでいない場合、キースがローザを殺すエンディングになるよね、ゲームだと。
ローザか世界か(一応ぶっとぶのは大陸のいくつかだが、まぁ面倒だから世界って事で)。
天秤にのせられた二つのうちのどちらを選ぶか。
もはや説明するまでもないと思うが、世界を選べばローザと戦闘になり、ローザを殺して勝利すれば世界の存続。負ければ多くの命を巻き込んで大陸がぶっとぶ。
因みにローザを選んでも、彼女に殺されてやっぱり大陸がぶっ飛ぶという救いのない仕様ですがなにか?
21回もプレイしてるのに、ローザエンドに辿り着けませんでしたがなにか?
キースを病的シスコンにすると姉様至上主義となりカルマ値が飛んで大陸も飛ぶ。うん、だめだ。
キースをシスコンだけど常識人にすると世界の為に姉を殺した悲劇の英雄となる。うん、だめだ。
え、どうしろと?
「わかってた。わかってたけどホント救いがないわっ」
がっくりとベッドに手をつき項垂れた。
キースはローザの頭を優しく撫でて、大丈夫?とか、辛いことがあったんだね。とか、僕が守るから安心してとか、物凄く優しい言葉をくれました。
挙動不審な姉を心配してくれる義弟にホント癒されます。そして部屋の隅に控え微笑んでいるメイドさんとポーカーフェイスを貫く護衛さんにマジで惚れる。プロってスゴいわ。
私も少々のことじゃぁ動じない、クールでビューティーなローザになりたい。
んー、あー、そーいえば、ゲームの主人公固有スキルに【ポーカーフェイス】ってネタみたいなスキルがありませんでしたかねー、ありましたねー。
主人公固有ってわざわざ書いてあるくせに、何故かローザが習得している謎スキルな。
因みにキースの固有スキルは【姉愛】と書いて【シスコン】と読ませる徹底ぶり。ぶれねぇな、制作者。
上記二つのスキルは完全に制作会社のおふざけです。
【ポーカーフェイス】は【キース以外を対象に能力を遺憾なく発揮するローザの固有スキル】だったはず。
あれってゲーム開始時には習得済みで常時発動してたよなー。
この世界にはスキルの認識ってあるのか?
身体能力の数値化とか、ゲームみたく出来るのか?
んー。どうなのか、な。ゲームのステータスってあくまでもプレイヤーがゲームをプレイするめに備わっている機能ですよね。
それが現実世界で使用できたら色々と問題があるんじゃねーですかね。何せ好感度とかも数値化されちゃうんですよ?
じんけんしんがい?
ぷらいばしーのしんがい?
あーるきせい?
さとり、とか、さとられる、とか。
きせいほうほうとか、とりしまりほうとか、えーとーせーとーらー。
なんか、よくわからない言葉がイロイロと浮かんできました。
兎に角、ゲームはゲームで現実は現実だ。
ラノベとかだとステータスオープンなんて叫べば、便利な窓がやっほーしてましたけど、ここでもそれは有効な魔法ですか?
いや、まぁ、一応試してはみますけどね。
期待はしていない。ただ剣と魔法の飛び交う異世界に行ってらっしゃいされたラノベ主人公たちは、頭の中に突然、世界の声とか神様の声とかゲームシステムの声とかが響いて『ようこそ○○の世界へ~』とか『ヘルプ機能をしようしますか?』とか、そんな初心者サービスがありますよね。
ゲームの知識が初回特典だというならありがたく頂戴はするが、それはそれ、これはこれです。
無理矢理ハジメテを体験中ないたいけな少女を、なんの説明も無しに放置プレイかますとか、ちょっと責任者出てこいやゴラァッて気分ですかね。
責任者はどこの世界の神か。それとも精霊なのか。
どっちでもいいけど、今すぐチュートリアルを起動させやがれ。
脳内に『やっほー!僕が君を転生させた神様だよ!』ってな軽い感じで出張してきやがれ。
そして、チートな能力をもれなく授けやがってくださいませんかねー。
チラチラドキドキ…………そーですか、無視ですか。
別にいいよ期待なんてまったくしてなかったもん、クールなローザちゃんをなめるなよ、ぐずっ、泣いてなんてない。
「すてーたす、おーぷん」
何故だか垂れてくる鼻水をすすり、ぽつりと唱える魔法の言葉。
暫し待つ。
……。
別にいいもん。期待なんてまっっったくしてなかったもん。
なんでか目の前が歪んでよく見えないとか、そんなことないもん、ばーか。
ベッドの上で膝を抱えて、シーツにのの字を書きながら、ひょっとして声が小さかったのかなぁ~とふと思い。
「ステータスオープゥゥゥン!!!」
気づいたときには全力で叫んでいた。
流石にキースもびっくりしていた。
メイドさんの顔が笑顔のまま固まっていて、護衛さんはそっと視線を外した。
そしてついに……ラノベお約束の、半透明な長方形の窓が私の目の前にっ……!
出現しませんでしたがなにか?
「無反応ですかこのやろう!」
ベッドに両の拳を叩き落とす。
ついでに額もくっつけて、凹みに凹む。
ああっ、部屋の中の空気がおかしいっ。やめときゃ良かった視線が痛い、視線が痛いっ。
「ローザ大丈夫?頭が痛いの?それともお腹?」
天使!!
もういいわ!私には貴方の存在だけで十分です!
主人公特典とか異世界人のチート特典とかこの際もぅどうでもいいよ!
強くならなきゃいけないってんなら、一日10キロでも20キロでも走ってやるよ!
素振りでも腕立て腹筋でもスクワットでもやってやんよ!
筋肉まっするぅっっはいーやーだぁぁけどもっっっ。
ローザとキースの為にっ、ある程度は妥協するわ。
あぁ、そうか。ステータスオープンするラノベって近未来のバーチャルゲームが普及している設定が多かったなぁ。
『境スタ』はテレビゲームです。
スマホでも携帯用ゲームソフトでもなく、テレビの前でコントローラ握りしめて遊ぶタイプのゲームです。
頭にヘルメットをつけたり、目の中にコンタクトを装着してバーチャル世界に飛んだりはいたしません。
ステータスを表示するボタンってどれだったかな。
コントローラをこう握って、ゲーム画面があって、ああ、そうだ。確か緑の△ボタンを……。
ピコーン。
にょ?
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→ステータス
アイテム
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にょ。にょにょにょにょぉぉぉーーー!!!
か、神は我を見捨てなかったぁぁぁ!!!
「オウマィゴォォォォォットォォォォ!!」
叫んだ。
どうやら部屋の外までだだもれだったらしく、キースパパが慌てて部屋に飛び込んできた。
愧死するかと思いました。