バレンタインに起こった、クソうざいクレーム@つまようじ
ジャンル:コメディー
こんにちは。
本日は、ケーキ屋に勤めております私こと泉妻陽司が、『バレンタインに起こった、クソうざいクレーム』についてお送り致します。
これは、私がまだ町のケーキ屋さんに居た頃の話です。
洋菓子屋三大デスイベントの一つ、バレンタイン。
勿論手軽に渡せる焼き菓子の詰め合わせやチョコレート等のギフト商品がよく売れるのですが、意外なことに、日持ちのしないケーキもよく出ます。
要するにアレです、衝動買い効果です。
期間限定に負けて、焼き菓子なんかよりも遥かに高価なケーキをついで買いして下さるんですね。
なので我々は、この時期になると、如何に「今しか買えない感」を煽れるかに苦心してケーキをデザインする訳です。
ということで、当店では『二人で食べる』事をコンセプトに入れた、少し大きめな小切れケーキを用意していました。
はい、今回はこの要らぬ気遣いがクレーム源になります。ここで何が起こったか分かった貴方は凄いです。
話は戻り、バレンタインデーを間近に控えたある日のこと。ついに事件の発端が起こります。
売り子さんが休憩に入るとの事なので、私が代わりに店頭に立っておりました。その時です、バレンタインに浮かれたバカップル共がご来店あそばされたのは。
扉が開き、真っ先に飛び込んで来たのは、閃光の如く突き抜ける午後三時の西日。
にも関わらず、奴らの姿は強い逆光に晒されても尚消えることの無い存在感を、私の瞳に焼き付けていきました。
そう、それは。
彼氏と思しき男がコートを広げて背後から抱きつき、それをまんざらでもない様子で受け入れる女性の図。要するに「温めてあげるよ」「きゃーうれぴー」な構図ですね。爆ぜればいいと思います。
ですがこの日の彼らは、公衆の面前で獅子舞やってる以外は至って普通の客でした。
ゆっくりとショーケースを一回りしたのち、軽く雑談して例の二人で食べる用の子切れを一点ご注文に。私の店ではケーキの数だけプラスチックスプーンと紙ナプキンをつけるサービスをしていたので、当然のようにスプーンとナプキンを二組ずつお入れしました。
翌日。
厨房で作業をしていた私ですが、何やら扉の向こうが騒がしい事に気がつきました。何か起こったのか? と思った矢先、案の定売り子さんが血相変えて厨房に入って来たんです。
私はもちろん責任者を呼びに来たんだと思ってたんですよ。
だけど何故か、平社員の私の元に一直線にやってくるんですよ。超恐くないですか? 恐いですよね。そしたら。
「ちょっと泉妻さん、一体何やったんですかっ!」
一斉に静まり返る作業。
全従業員の訝しげな視線の先――私(泉妻)。
いやいやいや。
いやいやいやいや。
ちょっと待って下さいって。
何やったも何も、主語も何も無しでこっちだって何聞かれてるのか分かりませんって。詳細を聞くと、女性のお客様が泣きながら、「あの男の従業員呼んできて来て下さい……」と嗚咽混じりに言われ、今店内に唯ならぬ動揺が走っているのだという……
えっ、だから何? その私が客に手ぇ出した的雰囲気。
「……泉妻」
「ごごご誤解です!? セクハラなんかしてないです!」
「どうしてセクハラだとわかった!?」
「空気読めば分かるでしょうがぁああああ!! 相棒の杉下右京にでもなったつもりですか!」
流石に社長相手にそんな突っ込みは入れられませんでしたが、大体そんなニュアンスの言葉で自分を必死でフォロー。ともあれ男の従業員は私しか居ません。
私は必死に自分の行いを省みました。
もちろんセクハラを除くクレームの可能性を。
保冷剤は? これだけは絶対に忘れません。
紙ナプ紙スプーン……ちゃんと入れましたが、例え入れ忘れたとしてもその程度でイチャモンつけてくる太ぇ客は居ません。
と考えると、残りは商品の破損くらいしか考えられないのですが、私はそんな適当な商品を売った覚えもなければ、適当なお包みをした覚えもないと断言出来ます。
……え、やっぱセクハラなの……?
どう考えてもセクハラが一番しっくり来ます。
しかし全く身に覚えがありません。ですが今のご時世、電車の中で両手を上げていても「キャー、痴漢ー!」とか叫ばれちゃうのです。視姦されたとでも言ってきやがるのでしょうか。
表に出ると、昨日のバカップルの片割れ、女性の方がしょぼくれた顔で立っていました。明る過ぎない程度の茶色に染めたセミロングに、茶色のコートと緑色のチェックのスキニーにブーツ。見るからに量産型の女子大生……いえ、今時の女性な格好であり、良くも悪くも平々凡々な小市民。常識の範囲内に収まっている人種です。
だからこそ、私は次の発言の難解加減に度肝を抜かれたのです。
「……どうしてスプーン二個も入れたんですか……」
(((……?)))
……よろしければ皆様もご一緒にお考え下さい。
二人で食べる用の小切れに、スプーンを二つ入れた。それをどうして二つ入れたのかと言ってきた。それはつまり、あの大きなケーキを一人で食べるつもりだったということだろうか。「横からつつかれたギャース」的な。いや、流石にそれは幼稚過ぎるでしょう。
あっ、そうか!
本当は付き合っていないのに、スプーンを二ついれられて、そう言う目で見られていたというのが堪らなく屈辱だったと。男の方がかなり可哀想すぎる解釈ですが、そっちの方がまだギリギリ理解出来ます。しかし、そんな相手と普通獅子舞なんてやりませんよね……。
もしくは、アレは二人で食べる訳では無かった。
他の方へのプレゼントで、第三者に渡したとき、何か問題が起こってしまった。
これだ!
クレームを入れるというのは、大変勇気のいる行為です。我慢の範疇を通り越して、一言言わなければ気が済まない。それもここまで激情に駆られるケースというのは、自分ではなく第三者に迷惑をかけた、つまり自分の社会的地位がそれによって脅かされた場合か、ただ自分の話を聞いてほしいだけ(おじいさんに多い)な場合が多いです。
私には生憎、スプーンを二個つけた程度で破綻する人間関係というのが想像だに出来ないので、何があったかは分かりません。ですが、素直に謝る心構えが出来ました。これが一番大切です。
お客様が求めておられるのは心からの謝罪の言葉――誠意なのですから。
そして私は、僧侶のような心構えで、その先の真相を胸にとめたのでした。
「ゆう君と……あーんしあいっこしたかったのに……」
「……あーん?」
――クレームファイル《始末書》
二度と同じ事を繰り返さない為、ここに、日時、原因、反省、対策を記すこと。
【日時】
〇〇〇〇年 二月×日
【原因】
二人前の小切れにスプーンを二個入れた為。
あくまでもケーキは一点であることから、下手な気を使わずにマニュアル通り一組分のスプーンとナプキンをお付けするべきだった。
【反省点】
二人の人間が一つのケーキを一つのスプーンで食べ合うという可能性があることを、発想にすら無かった私の経験不足が招いた事故でございます。以後気をつけます。
「…………死ねよ」
【対策編】
別にスプーンが二つついていようが、一つ使わないで置いときゃいいだけの話だと思うんですよ。
いえいえ分かっておりますよ。
「あれー、スプーン一つしかないよー?
《仕方ないから》一緒に使おっか!」
(↑ここポイント)
……が、やりたかったんですよね。
あーんしあいっこしたいけれど、そんなこと恥ずかしくて彼に言えない!/// ……そんな繊細な乙女心を一ミリも理解出来なかった私が悪いのです。いえいえ、分かっておりますよ。
翌日に休日を頂いていた私は、車の中でボソボソと「いえいえ、分かっておりますよ……」を連呼しながら、あるところへ向かっておりました。気持ち悪いですね。
そして次の翌日。
たった二日にして最早下らなすぎて話のネタ程度にしかなっていない状況下で、私は社長に声をかけました。
「例のクレームの対策についてなのですが……」
「対策? まじで? いや、別にいいから(爆笑)」
社長は私のクソ真面目な顔に爆笑です。
当の私はというと、かなり淡々としていた気がします。
「スプーンのサービスを止めてみてはいかがでしょうか」
「え。うーん……。でもこれ開店してからずっと続けてるからなぁ……」
「昨日、この店から半径約四十キロメートル圏内に点在するケーキ屋計十三店舗を見て来たんですけど、どこもそんなサービスやってませんでしたよ?」
「あっ、そうなの?」
「最近材料が何もかも高騰してますし、削れるところは削った方が良いかと」
「せやな」
こうして、町のケーキ屋さんからスプーンのサービスが無くなりました。




