第1話 晴れ
空が青いということは、今日はよく晴れた日だということで。よく晴れた日だということは、俺の大嫌いな一日が始まったということだ。
空を描写するのが好きでも、青空の出番だけは少なかった。暗い話ばかり書いているせいだろうか。
着ていた寝巻きを脱ぎ捨て適当な服に着替える。夏はTシャツにジーンズを履いておけば街に溶け込めるから楽だ。
いつも持ち歩いているノートPCを掴んで、サンダルを引っ掛けて外に出る。ああ本当に、大嫌いな今日が始まった。
尻ポケットに入れていたスマホが鳴る。左手で鍵を閉めながら、右手でスマホを操作して応じる。
「はいはい、どうも。あー、分かってますって。間に合わせますから」
いつも通りの声と内容に面倒臭さを感じながら通話を終えると、スリープモードにしてポケットに戻した。
こうやって生活出来ていることに感謝しなきゃいけない程度の人間だけれど、案外そういうのも難しいんだよな。
何度も何度も通る道を今日も歩いて喫茶店――Ciel Bleuの扉を引く。
「おはよーございます」
「大月さんいらっしゃい」
いつも通り隅の席は埋まっていて、手前の席に座る。
「いつも通りでいい?」
店員の花染が笑顔で聞いてくる。
「ああ、頼む」
ノートPCを立ち上げてフォルダを開く。今日はあれとこれと、あとは……
「はい、どうぞ。いつもの」
「ああ。どうも」
「進捗どう? 大月くん」
隅の席に座っている、マスターの櫛橋さんに声をかけられる。相変わらず、店は花染に任せきりで自分は別の仕事をしている。その仕事がなんなのか、知っているのは花染だけ。
「嫌な事聞かないでくださいよ」
朝から担当編集に急かされて気分あんま良くないんだからとぶつぶつと続ける。櫛橋さんは、それを笑って珈琲を飲み干した。
「櫛橋さん、今日例の後輩が来るって言ってたんですけど」
「あー、お前の好きなようにすればいいよ」
二人の会話をなんとなく聞きながら、自分の仕事を進める。花染の後輩ってことは、絵を描くやつか。なんて考えて、いや集中しろと自分に言って聞かせる。周りを気にしている暇なんてない。信用が大事なんだ、俺みたいに力のない作家は。
「大月さん、もしかしたら後輩がうるさくするかもしれなくて、もしそうなら先に謝っておきます。ごめんなさい」
「え? ああ、別に」
この時の俺は、“うるさい”を甘く見ていた。
「こんにちは、先輩!」
店の扉が開いた途端、転がり込んできたその男は、花染に勢いよく抱きついた。
「お前は、今日もテンション高いなー」
「今日、めっちゃ天気いいですからね!」
元気よく重そうな鞄をブンブン振り回す。それを呆れるように櫛橋さんが見ていた。
なんとなく居心地が悪くなって立ち上がる。ここなら集中できるかと思って来たんだが、今日は家の方が良さそうだ。
「やっぱうるさかったですよね、すみません」
「あー、まあ」
「えっ、邪魔してましたか? ごめんなさい」
素直に謝る、小さくなった男に思わず吹き出してしまう。動きも喋りも全部賑やかで、可笑しい。俺なんかよりずっと素直でみんなに好かれるんだろう、なんてそんなことを考えた。
らしくないな、なんて思いながらノートPCを閉じる。
「帰っちゃうんですか」
「まあ、そうだな」
「まだ出会ったばっかりなのに?」
「どういう意味だよ」
何故か手を握られ困惑する。俺の目線くらいまでしかない身長が余計に小さく見えた。
「せっかく会ったんだから、少しお話したいです」
「すみません、こいつ無駄に人懐っこくて」
「無駄にって、酷いですよ」
若い二人で仲良く喧嘩が始まって、そこに櫛橋さんが、大月くんはお客様だよーとゆるーく口を挟んだ。それに反応した花染が後輩の口を手で塞ぐ。
「ほんと、すみません」
「いや……また余裕ある時にな」
そう言って、代金をテーブルに残して、手を振って帰る。後輩くんは嬉しそうな表情で見送ってくれた。




