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灰の神殿 ― 選択の果て

白い炎が、消えていく。

軌跡には――白だけが残された。


横に立つエルミナは――

いつもと変わらない表情をしていた。


マナの乱れが、消えていくのがわかった。  ただ――

責と罪を刻んだ、重いマナだけが残る。

それが――

この場所の“正常”だった。


ヴァルディオは、まだ立っていた。

だが――全身に刻まれた白い焼け跡が、

灰を食うように、静かに広がっていく。


「まさか……ここまで来て、

辺境貴族のそれも

お子様に敗れるとは思いませんでしたよ」


彼の声が、静かに響く。


視界に映るアンデッドはすべて、

ただの屍へと還っていた。


「アーシェさんは、人との戦いはできないと聞いていましたが――

やはり、自分の目で見たこと以外は信用してはいけませんね」


彼は、何かに気づいたように僕を見る。


――聞いた?

誰から。

彼の神か。

……いや。


「ここから逃げて、どうするのですか?

レアノール様は――もう、もちませんよ」


誰も、答えなかった。


「そうですね。

出会った者の中には、勝った者こそが正義だと言う者もいました。

……だが、違う。

意味を残した者こそが、勝者だ」


彼の言葉だけが、続く。


「貴方達の誰かが――私の責と罪を継ぐ。

……私は、そう確信しています。


罪の道を進みなさい。

そこに、師が、残した意味があります」


彼は、皆を見渡し――

最後に、僕を見た。


僕は、何かを口にしようとした。

だが――

それが、言葉になる前に。

彼は、静かに白へと崩れた。


「ここを出るわ」


エルミナの声が、静かに響いた。

ヴァンが、レアノールを背負う。


しゃがみ込んでいたシアナが――

かろうじて、立ち上がった。

僕は彼女に駆け寄り、肩を貸した。


「シアナ、大丈夫?」


「うーん……空っぽかも。力、全部使っちゃった」


彼女の笑顔に、少しだけ安心した。

僕自身も、リメアが枯れかけていた。


それでも。

僕たちは――

エルミナを先頭に、罪の道を進んだ。



しばらく進むと、ヴァルディオの言葉の意味が分かった。


進む先の壁に――

明らかに、魔法で穿たれた大穴があった。


おそらく。

イレナがかつて、この儀から王族を逃がしたとき――

ここを通った。


僕たちは、その前で足を止めた。

しばらく、誰も口を開かなかった。


穴の縁は、まるで意志を持つかのように魔力を放っていた。

それを、別の紅い魔力が覆っている。


神の力を宿す建造物に――

これほどの穴を開けたのか。


イレナの顔が、浮かぶ。


エルミナは、じっとその穴を見ていた。

その視線が、すべてを物語っていた。


「貴方達は、この穴から出なさい」


エルミナが、静かに言った。


「姉さんも……一緒に来ないの?」


シアナの声が、かすかに揺れる。


「シアナ。貴方にも分かるでしょう。

私達は、国に背いた。

正面から出れば――

父様が、どう判断するか分からない」


「でも……姉様は?」


シアナの声に、哀しみが滲む。


「誰かが、責を果たさなければならないの。

それに――私は、母様と約束した」


エルミナは、淡々と言葉を紡いだ。


「ヴァンさん、申し訳ありませんが――

妹と弟を、お願いできますか」


「ああ……だが――」


ヴァンもまた、明らかにエルミナの身を案じていた。


そして、エルミナは自らのローブを脱ぎ、レアノールに掛けた。


戦いの後だというのに、そのローブにはほとんど傷がない。


「意味を、少しは遮断できると思います」


彼女は、静かに呟いた。


「アーシェ、次に会うときは、私に選んだことをしっかりと伝えなさい。楽しみにしてます」


そう言って、彼女は笑った。


幼い頃に見た、あの姉の顔だった。


視界が、滲んだ。


エルミナは、それ以上何も言わず――

一人、歩き出した。


「エルミナ――姉さん!」


「ありがとう。やりたいことを見つけて――

必ず、姉さんに伝えます」


僕の声が、響いた。


エルミナは、振り向かず――

去っていった。


そして、僕たちは穴を潜った。



外は――夜だった。

髪に降り積もった灰を、払う。


おそらく、ここは神殿の裏側だ。


ヴァンの背で、白いローブに包まれたレアノールの顔を見る。


「外に出たけど……どうする?」


シアナが、小さく呟いた。


その瞬間――

小さな咳が、響いた。


緑の瞳が、ゆっくりと開く。


その顔には――

状況を飲み込めない、困惑が滲んでいた。


「私は――義を、果たせなかったのですか」


王女の声が、静かに響く。


「ありがとうございます……立てそうです」


彼女の言葉に、ヴァンは、慎重に王女を地へ下ろした。


「儀式は……身体を治してから、また挑みましょう」


シアナが、呟くように言った。


「……そうですか。

私は――責を、果たせなかったのですね」


彼女は、静かに神殿を見つめていた。


「レアノール様、申し訳ありません。

僕が判断しました。あの状況では、無理だと」


僕の声は、強かった。


「無責任な方ですね」


彼女は、呟くように言った。


だが――その言葉を、僕は受け入れた。

レールの外に出ることの、怖さ。

その先に、何があるのかという不安。

僕は、それを知っていた。


「僕は――医師です。

生きてもらって、見つけてもらう。

それが、僕の役目だと思っています」


僕の言葉が、静かに響く。

この世界に、“医師”という概念はない。


それでも――


僕の紡いだ言葉の中に、その単語が、自然と混じっていた。


「医師――」


彼女は、その言葉を、確かめるように口にした。


王女が、続けて何かを言おうとした――その瞬間。

別の声が、響いた。


「誰だ?」


暗闇の先に、人影があった。

一つ――いや。

もっと、いる。


一つの影が、ゆっくりと近づいてくる。


ヴァンが、剣に手をかけた。


影はやがて輪郭を持ち――

僕らを、まじまじと見据える。


「お前ら、王国の者か?」


若い男だった。


姿から見て――

おそらく、“罪の牙”。


……まずい。


「……まさか」


男は――

レアノールを見て、呟いた。


「……王女か?」


「予定通りなら、まだ義の最中のはずだ。

それに――レアノールは、

義を終えられる身体ではないと、報告にあった」


「……答えろ」


その声に――

王女は、一歩前に出た。


「私は――レアノール・セレストリア」


「この度の責罪の儀、力及ばず。

責を果たせず、罪を背負う覚悟です」


「――貴方こそ、名乗りなさい」


男は、わずかに困惑した様子を見せた。


「……失敗したのか?」


「そんなことが――あるのか」


ほとんど独り言のように、呟く。


「待て――俺では判断できない」


「隊長に伝える。ここを動くなよ」


そう言い残し、男は踵を返した。


闇の中――

他の人影のもとへ、駆けていく。


「まずいよね?

戻ってくる前に、逃げた方がいいんじゃない?

ヴァンさんしか、戦えそうにないし……」


シアナが、小さく呟く。


「おいおい、嬢ちゃん」


ヴァンは肩をすくめた。


「最近、俺のこと弱いと思ってるだろ?」


「まだ――嬢ちゃんよりは、強いぞ」


「だって――」


シアナは、少しだけ首を傾げた。


「ヴァンさん、罪翼のとき寝てたし」


一瞬、間が空いた。


「……あれは作戦だ」


こんな状況でさえ、二人は軽口を叩いている。


だが。


――どうするべきだ。


「私が話をつけます」


王女の声が、静かに響いた。


そして――

誰も、それに逆らわなかった。



しばらくして。


闇の向こうから、十ほどの影が近づいてくる。


その中の一人が、前に出た。


「レアノール様――お久しぶりですね」


「お身体の方は?」


その声に――

王女は、わずかに目を見開いた。


「ルーメン……生きていたのですか」


王女の言葉が、静かに響く。


「ええ、なんとか」


声の主は――老人だった。


髭を蓄え、灰色のローブを纏う。

魔道士のような風貌。


――ルーメン。

そう、その名は。

僕が、ずっと探していた人物。


王国で名を馳せた――治癒術師。


ルーメン・パリンプセスト。


――ユーナを、

治せるかもしれない。


……少年だった僕の選択の果てが、ここで交差する。


そして、その選択は――

次の選択へと、続いていく。


――四年後。


舞台は、マナを失った地――東の大陸。


そこは、

紫の神が潜む――拒絶の大地。


◆青年編 開幕◆

今回で、セレストリアでの少年編は一区切りとなります。


ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。


物語はこの先――

新たな大陸へと進んでいきます。


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