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灰の神殿 ― 届かない選択

戦いが、始まった。


あの白い部屋。

アーシェとして生まれ変わったあとも、ずっと胸の奥に沈み続けていた思いが――いま、ひとつの“選択”として、確かに動き出している。


この国で、長い年月をかけて紡がれてきた“意味”。

その積み重ねに対して、僕の――いや、僕たちの選択が、明確な“結果”としてこの戦いを引き起こした。


僕は、人に対する攻撃魔法の精度が極端に落ちる。


おそらく――それは、前世の世界。

白井として生きた時間が形作った価値観が、

この世界での“意味”を阻害しているのだろう。


まして、相手は王宮魔導長――

灰の魔導士、ヴァルディオ=グレイアス。

セレストリアにおいて、最強と称される魔導士。


そもそも――

僕程度が前に出れば、瞬きのうちに命を奪われる。

それほどの差が、そこにはあった。


だからこそ――


僕とヴァンは、壁を背に王女を守る位置に立ち、

自分にできることを、必死に探していた。


二人の姉を、信じて。


シアナは、エルミナを守るように――

ヴァルディオの生み出したアンデットと剣を交えている。


二十――いや、それ以上。


命を持たない存在。

その不規則な動きに、剣筋が定まりきっていないように見えた。


その背後から――


エルミナの炎が、灰を裂き――

アンデットを焼き、更に奥のヴァルディオへと迫る。


――だが。


それは、白炎ではない。


「白炎の魔女――得意の炎は、どうしましたか?」


炎を防いだ障壁の奥で、ヴァルディオが不気味に微笑んだ。


「エルミナさん――貴方では、私を討つことはできません。貴方のように“天才”と呼ばれてきた者達。その屍の上に――いま、私は立っている」


なぜ、エルミナが白炎を使わないのか――わからなかった。


ただ。

あの奇跡が、圧倒されている。

数の力の前に、シアナの息は乱れ、傷が増えていく。


それでも。

エルミナは――冷静に見えた。


「アーシェ、その剣を貸しなさい」


彼女は静かにそう言い、僕の腰に差してある――レオから授かった剣を指差した。


僕は即座に頷き、剣を投げる。

それを受け取ったエルミナは、短い詠唱を紡いだ。


剣に――あの奇跡が宿る。


白炎を宿した剣。


だが。

僕の知るエルミナは、剣を使えないはずだ。


「シアナ」


エルミナの声が響いた、その瞬間。

シアナはアンデットとの距離を切る。


――次の瞬間。


白炎の剣は、すでに彼女の手にあった。


シアナが、一体のアンデットに斬りかかる。


白炎を受けた剣が白に染まり、

その腐肉を焼き尽くす。


一体のアンデットは、白く燃え――

やがて、白い灰へと変わった。


灰の積もる地面に、

その存在の跡として――白だけが残る。


シアナの剣が閃くたびに、白の痕跡が増えていく。


瞬く間に、アンデットは十を切っていた。


勝てる。

やはり――この二人の姉は、特別だ。


だが。


灰の魔導士は、静かに佇んでいた。


「昔――同じようなことがありました。万象と恐れ敬われた魔女が、この場所から王子を逃したことが。

二度と――過ちを繰り返さないように」


ヴァルディオはそう言って、詠唱を始めた。


マナが――意味を汲み上げている。

フロア中央の灰が、舞い上がる。

その下から――

不気味な屍が、現れた。


詠唱が途切れた、その瞬間。

屍が――動いた。


ゆっくりと立ち上がったそれは、爛れた肉に細長い四肢を持ち、手に鉤爪のような武器を備え、赤い瞳でこちらを見据えていた。


「さあ――貴方の大好きな狩りの時間ですよ。

王女以外は――好きに殺しなさい」


ヴァルディオが言い放った。


「……まさか」


ヴァンの声が、わずかに震えた。

僕は何も言わず、続きを促すように彼を見る。


「いや……あの顔じゃ分からないが、

奴かもしれない」


「ディル=カイン」


後退してきたエルミナが、静かに呟いた。


僕でも知っていた。


一時、王国で非道を尽くした――S級の罪人。

“魔導士殺し”。


数年前、軍に捕らえられ、処刑されたはずの男。


ヴァルディオが……

その亡骸を、この場所に用意していたのか。


「シアナ――注意しなさい」


エルミナの声に、シアナの剣先がわずかに沈み――

次の瞬間、構え直されていた。


先制。

白炎を纏った銀閃が、ディルを捉える。


――だが。


両手の十本の爪が、それを受け止めた。


僕は、じっとその瞬間を見ていた。


白に染まる――


はずだった。


しかし


剣から、白炎が消えた。


次の瞬間――


降り頻る灰が、赤く染まった。


シアナが、斬られていた。


あの異形の爪が、血に染まっていた。


そして、すでに意識を持たないはずのそれが――

その瞬間を楽しんでいるかのように、ゆっくりと爪を振り上げた。


振り下ろされる。


――が。


エルミナが、それを杖で受け止めた。


杖は、白く光っている。


だが――その光は、吸われるように消えていき、

エルミナが押される。


僕が、がむしゃらに魔力を組もうとした――その瞬間。


異形の片腕が、その爪ごと宙を舞った。


――剣を振り抜いたシアナが、そこに立っていた。


「これで――あと五本」


血を流し、息を切らしながらも、

それでも彼女は、笑っていた。


戦いの中で、場が――マナが――因果が、乱れていく。


この感覚――

魔響区だ。


何度か、感じたことがある。


「泉より生まれし意味は、因果に乗り、器を得て顕現する」


ヴァルディオの放った言葉は、詠唱ではない。


――それでも。


このフロア全体が、何かに共鳴している。


直感で、理解した。


この因果の乱れた空間を――

彼は、自分の意味で染めにきている。


意味侵食。


――まずい。


終わる。


何かを、しなければ。

二人の姉を、助けなければ。


だが――


対象を、ヴァルディオを目に映すほど、

意味が、削れる。


人に敵意を向けるほど、

意味が、抑えられる。


――前世が、よぎる。


そして――


僕の意識は、どこかへ沈んでいった。

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