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主者選択   作者: シロイペンギン
哀雨に濡れし者 ― 少年編 /ドロレアへの旅道
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兆し

雨上がりの町に、月の光が差していた。

一帯は激流に削り取られ、周囲の建物の多くも崩れている。

ダルカンが斬った空間は、まだわずかに歪んでいた。

その歪みの影にいた僕らの周囲だけが――

あの水の脅威を逃れていた。


月光に照らされ、崩れ流された建物が見える。

空気が、震えていた。

マナが乱れている。

そして――たくさんの命が、消えた。


まだ、生きている人もいるかもしれない。

それなら、助けないと。

そう思った瞬間――


「ここを離れるぞ」

ダルカンの声が響いた。


僕は――町を見つめていた。


「行くぞ、アーシェ」

クリオが肩を叩く。


「……生きている人がいるなら」


僕の言葉が終わる前に、

ダルカンの声が重なった。


「国の兵や魔導士がすぐ来る。

彼らが対応する」


僕は、言葉を失った。


「でも――ユーナさんは?」


「ユーナは、ザイアスが連れて行った。

お前も、見ていただろ」

クリオが呟く。


……そう。

僕も、分かっていた。


ダルカンが、静かに口を開く。


「アーシェ。お前がやれなかったんだ。

だが――お前に責任があるわけじゃない」


その瞳は、

僕の心を、僕自身よりも深く見透かしているように感じた。


風が止み、静寂が町を覆う。

それでも――

闇の底では、

まだ助けを求める声が、かすかに響いていた。


ときに、自分の意見を通そうとするくせに――都合のいいときは、周りに決定を委ねる。


僕は、理想を抱いたところで、

結局、障害に抗う意思を持たない人間だった。


いっそ、すべてをレールに委ねて生きていた頃の

“白井悠真”の方が、まだマシに思えた。


……いや、本当は、一緒なのだろう。

何も、変わっていないのだろう。


月の光が、やけに明るかった。

空には、ほとんど満月に近い月が浮かんでいる。


「……お前は、臆病で、優しすぎる」

ダルカンが口を開いた。

その声は、夜気を裂くように静かだった。


「だからこそ、選べ。

 ――お前はどうしたい?

 未来の選択を、しろ」


僕は、ただ頷いた。


「俺は、ユーナを助けに行く。……それだけだ」


“それだけ”――と言うダルカンの目には、

この町の惨劇が、確かに映っていた。


たぶん、この人は、選んでいる。

選んで、進んでいる。

その度に、何かを捨てながら――それでも、前へ進んでいる。


「ユーナさんを助けたい」


周りの景色から――目を背けられなかった。


「でも、この町の人たちも……見捨てられません」


何も選べないまま。

また、どっちつかずな答えを口にしてしまった。


「……そうか」

僕の力のない答えに、ダルカンの声は、驚くほど優しかった。


「それが、お前の“選ぶ先”なら――

 多くの結果を、受け入れられるほど強くなれ」


僕は、小さく頷くことしかできなかった。


少しの沈黙のあと、

ダルカンが月を見上げながら、静かに言った。


「俺は――ユーナを助けに行く。

 蒼哭の使いと会い、明日の夜にはこの国を立つ」


それだけを告げて――背を向けた。

月光の下、その背はどこまでも大きく見えた


ダルカンが去ったあとも――

クリオは、僕のそばに残ってくれた。


「行かなくて、いいんですか?」


「ダルカンさんは、一人でも余裕だろ。

 ……それに、少しくらい付き合ってやるよ」


その声は、雨上がりの夜気みたいに静かで、

けれど、不思議と温かかった。


「ユーナは――まだ殺されない。

 元巫女だからな。あの悪趣味な“祭”までは、大丈夫だ」


クリオが、僕の不安を察したように静かに言った。


「お前は――照らしてくれ。

力仕事は、俺がやる」


僕は頷き、小さな炎を生み出した。

炎は雨上がりの夜気に揺らめき、濡れた瓦礫を淡く照らす。


僕らは、生存者を探した。

だが僕は、通常の魔法教育を受けていない。

マナ感知で人を探す――そんな基本的な魔法技術を使えなかった。


「……だいぶ、流されてるな」

クリオの声が、静かな夜に響いた。


遠くで、光が揺れている。

この国の兵たちが、救助に来たのだろう。


僕らは――見つからない方がいい。

そう、直感的に分かっていた。


「――蒼聖騎士がやったらしいぜ」

「あいつら、また好き放題しやがって……」

「だが、この国の王も含め、どこも逆らえねぇ。近隣諸国もな」


鎧の音と共に、兵たちの声がかすかに届く。

彼らの言葉には、怒りよりも――諦めの色が混じっていた。



その後も、僕はクリオと生存者を探した。

けれど――先ほどまで確かに聞こえていたはずの、

助けを求める声は、もうどこにもなかった。


そのとき――

瓦礫の間で、小さな動きが目に入った。


僕と同じくらいの年頃の女の子が、

崩れた石を懸命にどかそうとしていた。

細い腕は震えていたけれど、

その瞳だけは、決して諦めていなかった。


「大丈夫ですか!」

僕とクリオは駆け寄る。


「お兄ちゃんが……この下に」

その子は、涙をこらえながら訴えた。


「よし、任せろ」

クリオは短く答え、瓦礫へ手を伸ばす。

濡れた石が一つ、また一つと持ち上げられていく。


やがて、瓦礫の下から――

僕と同じくらいの年頃の男の子が姿を現した。


「……生きてるぞ!」

クリオの声が響く。


僕は、彼が引き上げた少年に駆け寄り、

震える手で治癒魔法をかけた。


「お父さんや、お母さん……他の家族は?」

僕は、治癒の光を保ちながら、そっと尋ねた。


女の子は、何も答えなかった。

けれど、その沈黙と表情が――すべてを語っていた。


光が、泥に濡れた頬を照らす。

その中で、二人の顔がよく似ていることに気づく。

きっと、黒髪の――双子なのだろう。


「……名前は?」

僕は、問いながら気づいた。

この世界で、同年代の誰かにこうして声をかけたのは、

姉のシアナ以外、ほとんどなかった。


「お父さんや、お母さん……他の家族は?」

僕は、治癒の光を保ちながら、そっと尋ねた。


女の子は、何も答えなかった。

けれど、その沈黙と表情が――すべてを語っていた。


光が、泥に濡れた頬を照らす。

その中で、二人の顔がよく似ていることに気づく。

きっと、黒髪の――双子なのだろう。


「……名前は?」

僕は、問いながら気づいた。

この世界で、同年代の誰かにこうして声をかけたのは、

姉のシアナ以外、ほとんどなかった。


「……私は、ベル。お兄ちゃんは、ロル」

女の子が、小さく震える声で答える。


「ベル、ロル……」

僕は、その名を繰り返した。


「――僕はアーシェです。

 お兄さんは大丈夫。……助けます」


僕の言葉が、静かに響いた。

その瞬間、白い診察室の光景がよぎる。


確かに、人は――そう簡単に変われないのだろう。


けれど。


僕は、気づいていなかった。

この言葉を、自然に“選んでいた”ことこそ――

本当の意味での、僕の小さな変化だったことに。

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