第51話 クラーケン解放! 突如現れた二人組の殺し屋『殺戮のライラ&バリー』!!
「あっはははは! 面白いじゃないか! もっとおやり、バリー!
あんな氷の島、ぶっ壊してやりなっ!」
見た目の容姿は妖艶なほどに美しいが鬼気迫るような迫力を全身から放つ女が、自分の後方にいる相棒に向かってけしかけると、あまりの巨体に頭が天井に閊えるため中腰に立ち上がった男が返事のつもりか一声大きく吠えた。
「ブモーッ!」
軍用兵員輸送ヘリの副操縦席に座るラテン系だと思われる絶世の美女からバリーと名指しで呼びかけられた存在は、全開にされ風が吹き込んで来る左側スライドドアから中腰になった身を乗り出し、自分の右腕と一体化した武装に装填されていたが使用済みとなったエネルギーパックを取り外した。そして床に置かれた木製ケースに収まった新しいパックを一個掴み出すと、右腕の武装に装填した。
おそらく、これが先ほど発射したオレンジ色の輝きを持つ破壊光線のエネルギー・カートリッジ…つまり弾に相当するのだろう。
「ブッモオォーッ!」
準備の出来た武装…『荷電粒子砲』を前方に広がる直径2kmにも及ぶ氷の島の中央付近に斜めに艦首を突き出した形で閉じ込められている原子力潜水艦『クラーケン』の方向に向け、「準備完了!」とでも言うかの様に牛の嘶きの様な声でバリーがひと声吠えた。
バッシューーッ!
バリーの右腕に取り付けられた『荷電粒子砲』の砲口から、爆発の様な凄まじい音を発して眩いオレンジ色の光線が放出された。
ドッカァーンッッ!
一発目の荷電粒子ビームが原潜『クラーケン』の左舷側の氷に穿った直径約20mもの大穴と反対側、つまり右舷横に二発目のビームが到達し、またしても膨大な量の氷の破片と海水を撒き散らしながら氷に更なる大穴を開けた。
「あっはははははーっ! 退屈な任務だと思ってたけど、結構面白いじゃないか! アンタもそう思うだろ? バリー! でも、クラーケンには絶対に傷付けるんじゃないよ!」
「ブモーッ!」
高らかに楽しそうな嬌声を上げるライラに対し、またしても牛の嘶きで答えたバリーが頭を動かした弾みに、彼が目深に被っていた黒いボロ布がずり落ち、隠されていた頭部が露わになった。
これは… 何という事だろうか…
ボロ布で覆われていたのは人間ではなく、額の左右から大人の前腕ほどもある逞しい二本の角を生やした水牛の頭部だったのだ。ただし、どういう訳かは不明だが左側の角は金色をした金属で作られた人工物らしかった。
それ以外では、ギョロリと動く二つの眼球や荒い鼻息と共に開閉する鼻の孔、めくれあがる唇のどれをとっても作り物のマスクではなく、どう見ても本物の水牛の頭部だった。
右腕に荷電粒子砲を備えたバリーは、ギリシャ神話に登場する牛頭人身の怪物ミノタウロスそのものだった。
ライラはほっそりとした長い指を揃えた右手を庇のように自分の額にかざし、斜めに突き刺さった巨大な原潜『クラーケン』の周辺の氷がバリーの発射した荷電粒子ビームで破壊されていくのを楽しそうに透明強化樹脂製の窓越し眺めていたが、何かを見つけたといのだろうか、美しい眉間にしわを寄せて大きな目をさらに大きく見開き、身を乗り出すようにして眼下の光景に見入った。
「ん? あれは…? それ、寄こしな!」
ライラは隣でヘリを操縦しているパイロットが使用していた双眼鏡を乱暴に引ったくると自分の目に当てた。しばらく双眼鏡を使って眼下の光景を覗いていたライラだったが、双眼鏡から目を離すと美しい顔に嬉しそうだが残忍な笑みを浮かべた表情で背後のバリーを振り返った。
ライラの背後では、牛頭の怪物バリーが今まさに5発目の荷電粒子ビームを発射するところだった。
「バリー! もういい! もう、クラーケンは氷の戒めから解放されたわ!
それよりも、面白いものを見つけたよ! 何だとお思いだい? 聞いて驚きな!
あいつだよ! 白虎だ! あの、獣人のエロ風俗探偵野郎が下にいるんだ!」
「ブモッ?」
バリーはライラの言ったことが聞こえたのか、聞こえたが信じられなかったのか、ポカンとしたマヌケな水牛の頭を斜めに傾げて美しい相棒の顔を見つめている。
「バカか、アンタは! ヤツだよ! アンタの角・手首・足首を片方ずつ奪った憎い相手じゃないか!
ヤツが今、この下にいるんだよ!」
「ブッモオオオオオーッ!」
ライラの言う事をようやく理解したミノタウロスのバリーが怒りの雄叫びを上げると、右腕に装着した発射したばかりの荷電粒子砲からエネルギーパックを引き抜き、新たなパックを装填した。そして、ヘリの開放されたスライドドアから身を乗り出し、砲口を下に向けた。
「まちな、パリーッ! 無駄ダマを使うんじゃないよ!
それに、いくら砲身をオレイカルコス(オリハルコン)製の新型に変えたからって、荷電粒子ビームを連続で発射してたら持たないじゃないか! バカ!」
自分だって面白がって喜んでいた事を棚に上げて、偉そうにライラが相棒に説教した。
「ブ…ブモゥ…」
怒り狂っていたバリーは相棒の美女ライラに叱られて頭が冷えたのか大人しくなり、『荷電粒子砲』の装着された右腕に入れていた力を抜いた。
「今日こそヤツをぶっ殺すよ、バリー!」
「ブッ! ブモオオオオーッ!」
思わぬ成り行きで自分の身体を傷つけた憎い相手に復讐出来る事に驚喜したバリーが再び雄叫びを上げた。
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突然空に現れたヘリから発射されたオレンジ色の光線が自分のいた場所からそう遠くない所に降り注いだかと思うと、凄まじいエネルギーの光線が原潜『クラーケン』を閉じ込めていた分厚い氷に一瞬で巨大な穴を開けたのをくみは目撃した。
「きゃああああ~っ!」
それまで膝をついてへたり込んでいた彼女に対しても、四方に飛び散った氷の破片と開いた穴から噴き出した大量の海水が雨あられと降り注いだ。
立ち上がったくみは『クラーケン』から遠ざかる方向へと懸命に走った。
無情にも上空を旋回しながら飛行するヘリがオレンジ色に光り、再び情け容赦のない破壊光線が照射された。
「きゃああああ~っ! 助けて! パパ! ママッ!」
ドッカーンッ!
さらにオレンジ色の光が降り注いだ。
ドッゴオォーンッ!
三発目の光線が氷に大穴を開けた時、原子力潜水艦『クラーケン』が繋ぎ止められていた氷の軛から解放された。
バッシャアアアーンッ!
全長100mあまり、水中排水量(重量)約7,000tのロサンゼルス級攻撃型原潜が拘束されていた氷から解き放たれ、重力に従って本来いるべき海水へと着水した。その凄まじい衝撃で氷の島に開いた穴から爆発の様に溢れ出た海水は、津波の様な勢いで恐怖のあまり動けずに蹲っていたくみに襲いかかった。
「もう、ダメぇ~っ!」
目を閉じて頭を抱えたまま絶叫を上げたくみを津波の様に押し寄せる海水が押し流そうとする寸前、彼女の身体がフワッと空中に浮きあがった。
くみは自分が空中に浮かんだのを感じると、息絶えた自身の身体が天使か悪魔によって天界へと運ばれて行くのだと思った。
「あぁ… 私…波に呑まれて死んだのね… 身体が浮いて…足の下を海水が流れてる…」
くみは消え入りそうな意識の中で、自分の腰に何者かの力強い腕が巻き付いて抱き上げているのを感じた。
「え…?」
彼女が上げた顔の目の前にニヤリと笑う三毛猫の顔があった。彼女が羽織っているマント状に変化した妖怪『猫又』の顔である。
「お前は死んじゃいねえよ。助かったのさ。」
三毛猫がくみに言った。
「三毛猫が人語を話してる… やっぱり私は死んだんだわ…」
くみの返事に、あきれたような顔をした三毛猫が上を見上げて言った。
「ダメだこりゃ。大将から説明してやんなよ。」
「ふふふふ… 猫又の言った通り、お前さんは助かったんだよ。」
猫又の顔のさらに上から別の声が聞こえて来た。くみには聞き覚えのある低い男の声である。
「え? この声は?」
声の方を見上げたくみの目に映ったのは、自分を見つめる優し気な青白い光を放つ二つの瞳だった。
「探偵さん?」
********
「何だい、ありゃあ?」
閉じ込められていたクラーケンが解放され、今では数百mにも渡って大穴が空いた氷の島の上空に浮かんだ魔法の絨毯の様に飛ぶ代物を指差しながらライラが素っ頓狂な甲高い声を上げた。その茶色い絨毯の様な代物をよくよく見ると、それは四角い形をした獣の毛皮だった。
「四角い毛皮だって? どこかで…? あっ! あいつは前に…」
ライラは以前そいつを目にし、戦った事もあったのを思い出した。そいつは、短距離なら四肢の間に張った薄い膜を使って飛行する獣のモモンガやムササビに似た日本の妖怪だった。
そして…かつて、空飛ぶその妖怪の背に乗り、ライラとバリーと戦った男こそ…二人の天敵とも言える獣人白虎こと風俗探偵の千寿 理だった。
「あのエロ探偵野郎! またあんな毛皮の絨毯みたいなバケモノ引っ張り出しやがって!
バリー! 無痛ガンを用意しな!」
ライラが副操縦士席から立ちあがり、バリーがいる座席を全て取り払った後部兵員席に移動した。彼女の細くしなやかな指をした右手には、太さ4~5cmで長さ40cmほどの黒い棒が握られていた。よく見ると棒状に見える持ち手の先端には、黒革の紐を蛇状に編んだ長い縄が取り付けられ幾重にも巻かれて束ねられていた。それはまさしく、英語でブルウィップ(牛追い鞭:Bullwhip)と呼ばれる一本鞭であった。これがライラが使用する武器なのだろうか?
それにしても、彼女が口にした物騒な『無痛ガン』とはいったい何の事なのか?
この二人組、ライラとバリーは自分達にとって因縁の相手らしい白虎と一戦交えるつもりらしかった。
「アタシ達の『クラーケン』解放の任務は終わった。ここからは行きがけの駄賃にエロ探偵の首をもらって行こうじゃないか。どうだい、バリー?」
「ブモオオオオーッ!」
牛頭人身の怪物バリーは相棒ライラの言葉に待ってましたとばかりに雄叫びで答えると、嬉々として『荷電粒子砲』から『無痛ガン』なるものへの交換作業を開始した。
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「お前さんが今乗ってる、この空飛ぶ絨毯みたいな毛皮はな。『野衾』っていう妖怪なのさ。モモンガやムササビみたいな妖怪だが、自由自在に空を飛べるってのが普通の獣と違うところだな。
くみ、お前はこの『野衾』に乗ってるんだぜ。」
白虎が隣に座っているくみに向かって言った。
「探偵さんは?」
くみは尻をついて座り込んでいる自分と違い、膝立ちになって前方を見つめる白虎を見上げて不安そうに尋ねた。
「俺はやる事がある。俺と原潜『クラーケン』を開放しやがったヤツらとは因縁の間柄でな。
東京に向けて核ミサイルをぶっ放しやがった『クラーケン』の野郎には、もう少しお灸をすえてやるつもりだったのに、こんなに早く解放しちまいやがって。
ちょっとばかし、あの困ったヤツらをぶっ飛ばさないと俺の気が収まらねえ。」
「そんな… 無茶だわ、あんな恐ろしい武器を持ってる人達を相手に…」
先ほどのオレンジ色の破壊光線を思い出したくみは身震いしながら恐ろしそうに言った。
「あれは『荷電粒子砲』っていうビーム兵器だ。前にもぶっ放された事があったが、その時は連続で発射出来なかった。どうやら、武装を改良したらしい。
だが、5発撃った後の砲撃が止んだところを見ると、そろそろ限界なんだろう。俺の予想じゃあ、バリーの奴は別の武装に交換してるってところだ。」
「バリー?」
「ああ、こんな事が出来る奴らと言えば、世界最強の殺し屋コンビ『殺戮のライラ&バリー』の二人組以外にゃいないんだ。」
「そんな恐ろしい人達と一人で戦うって言うの?」
白虎の話を聞いている内に、くみの顔は青ざめて来ていた。だが、そんな彼女の問いに白虎は顔にニヤニヤと笑いを浮かべながら返事をした。
「ああ、ヤツらが俺を放って置くはずも無いしね。ちょっとばかし俺なりの挨拶をしてくるよ。心配はいらないさ、あの満月が空にある限り…」
そう言った白虎は立ち上がると、くみにウインクをして見せながら妖怪『野衾』の背中からヒョイっと飛び降りた。
「きゃああっ! 探偵さん!」
慌てて悲鳴を上げたくみは野衾の端の方に這って行き、下を覗いた。
そこには、回転しながら飛行する妖怪『火車』に乗った白虎の姿があった。くみに向けて軽く右手を振る彼の左手には、見覚えのある魔槍『妖滅丸』が握られていた。
「猫又! くみを頼んだぞ!」
白虎がくみの身体を包む妖怪『猫又』に向けて叫んだ。
「あいよっ! 任せな、大将!」
くみの顔のすぐそばで今まで黙っていた猫又が、自分の主人である白虎に向けて叫び返した。
それを聞いて、もう一度くみに向けて手を振った白虎が筋斗雲に乗った孫悟空よろしく、炎を噴き出して回転しながら飛ぶ『火車』を更なる高度へ向けて上昇させた。
その姿を見送るくみが両掌を合わせて祈る様にしてつぶやいた。
「探偵さん… お願いだから、無茶はしないで。」
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ライラの顔に海上の空を吹き渡る強い風が吹き付ける。彼女は眼下の海から200mを超す高度を飛行するヘリの開け放たれたスライドドアの縁に足をかけながら立っていても、少しも恐れる様子など見られなかった。それどころか、来るべき戦闘に備え、逸る気持ちで胸が高ぶっている表情をしていた。
「ブフーッ、ブフフーッ!」
ライラのすぐそばには、武装を交換した右腕を左手で支える様に構えたバリーが鼻息も荒く、やはり戦闘を今か今かと待ちわびている様子だった。
「ふっ、ヤツが来たよ。何だか、また妙ちくりんな代物に乗って来やがった。」
ライラが嬉しそうな声を上げた。彼女は敵である白虎に遭えた事がよほど嬉しいのだろうか、まるで恋人に出会った時の様な嬉々として弾んだ声を上げていた。
「ブッモオオオオオーッ!」
一方、相棒と違ってバリーの方は憎い敵に相まみえた事を喜ぶよりも、怒り狂っている様子だった。彼は過去の経緯から、よほど白虎の事を恨みに思っているのだろう。
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「よお! 元気そうじゃねえか、バカ二人組ぃ。また性懲りもなく俺の前に現れて、せっかくお仕置に閉じ込めた『クラーケン』を開放しちまいやがって! どうしてくれるんだ?」
白虎の乗った妖怪『火車』が、ヘリに乗ったライラとバリーの眼前に浮かび上がって来た。白虎が顔にニヤニヤ笑いを浮かべて二人に向けて怒鳴った。
「それはこっちのセリフさ! アンタの方こそ、アタシ達の行く先々に現れちゃあ、仕事の邪魔をしやがって!
まあ、いいさ! ここで会ったが百年目ってね! 今度こそアンタにアタシ達に会った事を後悔させてやるよ! バリー、やっちまいな!」
ライラが一歩後ろに引き、隣のバリーに場所を譲った。
「ブモオオオオッ!」
鼻息荒く吠えたバリーが前方に浮かぶ白虎に向けて、ライラが『無痛ガン(Painless gun)』と呼んだ武装が取り付けられた右腕を突き出した。
ブイイイイイイーンッ!
モーターの甲高い回転音とともに『無痛ガン』の先端が激しく火を噴いた!
上空を飛ぶヘリと対峙する形で静止した火車をハラハラする気持ちで見上げていたくみの目に、突然ヘリの左側面から凄まじい炎が噴き出すのが映った。
「あれはっ⁉ 探偵さんっ!!」
妖怪『野衾』の背に乗るくみの絶叫が空に響き渡った。




