第52話 戦いの結末! 『幽閉』事件…終局?
「やっちまいな、バリーっ!
あんたの恨みを、ヤツに思い知らせてやれ!」
「ブッモオオオーッ!!!」
ブイイイイィーーーンッ!
牛頭人身の怪物で身長2m半を優に超す巨漢のバリーの右腕に取り付けられた『無痛ガン』が、甲高いモーターの回転音とともに断続的に火を吐き出し続けた。
まだ夜が明けず、雲に覆われた暗い夜空に弾丸の発射と同時に銃口が光る『マズル・フラッシュ』現象が途切れる事無く続いた。そして弾丸を発射すると同時に排出される真鍮製の薬莢が飛行中のヘリの内外に飛び散り、床に当たってリズミカルだが凶悪な音を立て続けた。
パラララララ!
カンカンカンカンカンカンッ!
バリーが掃射する『無痛ガン』とは、『ミニガン』の通称で知られる武器で正式名称は7.62mm電動多銃身機関銃の事である。本来は軍用のヘリや車両等に固定式武装として使用される事を前提とした機関銃であり、決して兵士が手に持って撃つための携行武器では無い。なにしろ、銃部分だけで数十kgの重量があり、給弾装置や電源を含めると100kgを超すのだ。それを、このバリーという怪物は右腕の義手に取り付けて、ほぼ片手だけで軽々とフル掃射しているのだった。彼は掃射の際の凄まじい反動を、まるで心地良い振動の様にでも感じている風にさえ見える。
『無痛ガン』から発射される弾丸は、フレキシブルに曲がる長い弾丸供給ベルトで繋がれた床に置かれた弾薬箱から補給されていた。このクーラーの室外機ほどもある大きさの弾薬箱なら、数千~数万発の弾丸が収まっているのに違いなかった。
弾丸は7.62 x 51mmのNATO弾が使用され、毎分2,000-6,000発の速度で可変式に発射される。
つまり、箱の中の弾が無くなるかガトリング銃身が焼け焦げて使用不能になるまで、複数の銃口から弾丸は吐き出され続けるのだ。こんな恐ろしい武器で狙いを定められた相手が地球上の生物なら一分と持たずに挽肉状態と化し、生存は絶望的というしかないだろう。
『無痛ガン』と呼ばれる理由は、撃たれた相手が痛みを感じる暇も無く粉々の肉塊に変えられてしまう事から、敵味方の双方から恐怖を込めて名付けられたのだ。
ブイイイイィーーーン!
パラララララ!
カンカンカンカンカンカンッ!
怪人バリーが構えて掃射する『無痛ガン』が発する音がヘリの内部に繰り返し響き渡る。その音を笑みを浮かべながら心地よく聞いていたライラの美しい顔付きが、次第に不審げな表情に変わっていった。
「止めな、バリーっ! 止めろっつってんだろ! このバカ牛っ!」
ライラがバリーを怒鳴りつけながら、相棒の頭を持っていた鞭の硬い持ち手部分で容赦なく思いっきり殴った。すると、それまで無痛ガンを撃つ陶酔感に浸っていたバリーが『無痛ガン』の掃射をストップした。
カラララララーッ…
モーターで回転を続けていたガトリング銃身が停止した。6本ある銃身のそれぞれの銃口から煙が上がり、回転を停止してからも熱を帯びた銃身は「シューシュー」と音を発していた。
「あのクソッタレ野郎を見なっ!」
ライラがそう怒鳴りながら腹立ちまぎれの八つ当たりか、もう一度持っていた鞭の柄でバリーの水牛の形をした頭を思いっ切りぶん殴った。
「ブッ、ブモーッ!」
抗議の嘶きを上げたバリーだったが、それ以上はライラに対して文句を発さず大人しくなった。彼にとっては、この妖艶で黙っていればハリウッド女優かスーパーモデルの様にしか見えない美しい相棒が、よほど恐ろしいのだろう。
ライラに命じられた通り、それまでは自分の掃射していた『無痛ガン』の銃口が発するマズルフラッシュの光と硝煙でハッキリと見えていなかった妖怪『火車』の方に目を凝らしたバリーだったが、自分の目を疑った。
「ブッ⁉」
「そうだよ、バカッ! アイツは、ああやってアンタが掃射した『無痛ガン』の弾丸を全部弾き返しやがったんだ。あのバケモノ野郎が!」
ライラとバリーの二人を驚愕させたのは、自分達の乗ったヘリと並んで飛行する『火車』に乗った白虎が長さ5mほどに伸ばした魔槍『妖滅丸』を自分の前に掲げて凄まじい速度で回転させている姿だった。その槍の回転速度はヘリコプターのローターブレードの回転どころのスピードではなく、人間の目では動きを全くとらえることなど出来ないが、常人ではない殺し屋コンビには見えるのだった。
「バケモンだよ、ヤツは! 毎分2,000-6,000発の速度で発射する銃弾を食らっちゃあ、コンクリート製の住宅だって数分も持たずに残ってるのは鉄筋だけになっちまうってのに!」
ライラが吐いて捨てる様に言い放ったが、不思議な事に口に出した言葉とは裏腹に彼女の顔は嬉しそうな表情をしている。
ライラの真っ赤なルージュを引いた形の良い唇から突き出された艶めかしいピンク色の長い舌が、なぞる様なイヤらしい動きで唇を舐め回した。
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『無痛ガン』の掃射が停止したのを見て取った白虎は、ヘリの方向に向けて高速回転させていた魔槍『妖滅丸』を回すのをやめた。
「へっ、どうしたい! もう終わりか? 遠慮しないで、いくらでも撃って来いよ。弾の無駄遣いになるだけだがな。」
顔に不敵な笑みを浮かべた白虎がヘリに乗った二人組の殺し屋に挑発するように言い放った。
「はっ! バカ言ってんじゃないよ! このエロ探偵が! バカ面してほざいてな。
バリー! アンタの右腕を、もう一度『荷電粒子砲』に換装し直しな! あのエロ探偵をチリに変えてやるんだよ!」
白虎の挑発に興奮し、鬼の様な形相をしたライラがブーツの先端でバリーの脇腹を容赦なく蹴飛ばしながら叫んだ。
「ブモーッ!」
ライラに蹴り付けられたバリーは慌てた。右手の武装を交換する作業は、そう簡単にはいかないのだ。焦れば、さらに難しくなる。バリーは暴力的な事は得意だったが、細かい作業は苦手なのだった。
「早くおしったらっ! この、薄らバカのドン牛!」
見た目こそスーパーモデルかハリウッド女優級の美女だが、性格は残忍極まりないライラが相棒を罵りながら蹴りまくった。
「ブモオーーーッ!」
3m近い体躯を誇り、実際に戦車とでも素手で格闘する膂力を持った半獣半人の怪物バリーも、この美しい相棒にはてんで頭が上がらないらしく、悲鳴の様な嘶きを上げるばかりだった。
「おいおいおい、みっともねえ内輪喧嘩は他所でやってくれ。俺はお前らと遊んでるほどヒマじゃねえんだ。
だいたい、お前らは『クラーケン』の開放には成功したんだから目的は達したはずだ。痛い目見る前にとっとと帰れよ。」
伸ばしていた魔槍『妖滅丸』を手槍程度の長さにまで縮めた白虎が、うんざりした口調で言った。
「うるさい! 原潜『クラーケン』の救出だけがアタシらの任務じゃないんだ!」
白虎に向かって腹立たしそうにライラが叫ぶ。
「じゃあ、何だってんだ?」
ライラの話に興味が湧いたのか白虎が問いかける。
「もう一つの任務ってのは、うちの組織が作った薬剤でカニの怪物と化した人間の回収だよ!」
興奮していたライラは本来なら重要機密である任務内容を思わず口走ってしまった。
「へっ、語るに落ちたな、ライラ。やっぱり、あの島が発端となった一連の『カニ事件』は、お前らの組織が絡んでた訳だ。
だが、生憎だったな、ライラ。お前らが手に入れようとしてたカニ野郎は、お前達自身が何発もぶっ放した『荷電粒子砲』で、それこそ木っ端微塵になっちまっただろうよ。ふっ、残念なこった。」
白虎がライラ達をあざ笑うように言った。彼の身体を覆う体毛を上空を吹きすさぶ風が強くなびかせた。
「へえ、そうかい… そいつはマズイ事しちまった。でもね、アンタの背中から覗いてるその赤いモノは何なんだい?」
ライラが白虎の方を左手で指差しながら言った。彼女の右手には黒皮製の鞭が握られたままだ。
「何?」
白虎にはライラの言ったのが何の事か分からなかったが、自分の背後を見ようと右側に顔を振り向けた。その時、彼の背中でコソコソと何かが動くのが視界の隅に映った。すると、それは彼の背中の左側に移動し、再び見えなくなった。
「ん?」
白虎も自分の背中に何かが潜んでいる事に気づいたが、その瞬間…吹きすさぶ上空の風とは違う強く鋭い風切り音が唸った。
ビュンッ!
おそらく、それは音速を遥かに超えるスピードで起こったのだろう。一瞬生じた唸り音に反応した白虎がすぐに体勢を戻した時には、ライラの左手が右手から繰り出した黒鞭が捕らえた赤いモノを掴んでいた。
「これさ。アンタの背中にコソコソと張り付いてたヤツは…」
真っ赤なルージュを引いた美しい唇から覗かせたピンク色の舌を艶めかしく動かして、自分の唇をイヤらしく舐め回しながらライラが言った。
さすがの白虎も電光石火の勢いでライラの右腕から繰り出された鞭の動きに反応する事が出来なかった。『神速のライラ』…彼女に付けられた異名は伊達では無かった。速さだけなら満月時の白虎に匹敵した。
「ちっ、いつの間に…」
白虎は自分の背に何かが潜んでいた事に気付かなかったのを、驚愕するとともに悔しがった。それほどまでに彼の神経はライラ達の方へ向けられていたのだろう。
「おや? こいつ…死にかけてるじゃないか?」
ライラが左手に持った赤黒い物体を見つめながら言った。彼女の手に握られていたのは10cm程の大きさをした一匹のカニだった。しかもよく観察すると、カニは身体の右半分を失い、その断面は何か強い熱で焼かれたように溶けていたため体液等は流れ出ていなかった。
「ははあん、バリーのぶっ放した荷電粒子ビームがコイツの身体の半分を焼いちまったんだね。
あははは、瀕死のカニちゃんってわけだ。コイツがアタシ達の回収すべきブツだね。ふふっ、これにてミッションコンプリートってね♡」
明るい表情で嬉しそうに笑いながらライラが言った。こうした表情だけ見ると、彼女は実に美しい。彼女が残忍極まりない殺し屋である事を知らなければ、この世の全ての男が魅了されるほどチャーミングな笑顔だった。
「ちっ! あのカニ野郎、俺の身体に取り付いてやがったのか。この俺が気付かなかったなんて…」
ライラの乗るヘリを睨み付けながら、白虎が悔しそうに言ったが、すでにどうしようも無かった。
「『クラーケン』の救出に成功したのに加えて、ちっこくなっちまってるとは言っても目標の回収達成だよ。本当なら、このままエロ探偵野郎をブチ殺してやりたいところだけど、気分がいい事だし今日のところは見逃しておいてやるよ。お楽しみは次に取っとこうかね。
行くよ、バリー! 撤退しろ!」
最後の撤退命令はヘリの操縦士に向けて叫ぶと、美貌の殺し屋ライラは白虎に向けて魅力的なウインクをして見せた。吹き付ける強い風になびく長い黒髪を抑えた彼女は、実に絵になる美しい女だった。
「バカ言ってんじゃねえぞ、ライラ! お前らみたいな外道どもを、この俺が『ハイそうですか』と見逃すとでも思ってんのか⁉」
白虎が鋭く巨大なキバを口から覗かせながら叫んだ。
ヘリのスライドドアを閉じようとしていたライラが再び白虎に目を向けた。
「アンタこそ寝ボケた事言ってんじゃないよ! バリーを見な! 『荷電粒子砲』の換装は終わってんだ!
アンタなんか灰に変えちまうのは簡単なんだよ! いや… もっと面白い目標があったねえ。
バリー! あの毛皮の絨毯に砲口を向けな!」
ライラが恐ろしい命令を下すと、相棒のバリーが嬉しそうな嘶きで応じる。
「ブモオオオーッ!」
バリーがヘリの開口部から換装し終えた『荷電粒子砲』の先端を突き出し、低空を飛行している妖怪『野衾』に向けた。『野衾』の背には白虎の身を案じるくみが乗ったままだ。
「待て! やめろ! 分かった… お前らとの決着は次回でいい! 彼女達には手を出すな!」
そう叫ぶ白虎の顔付きは真剣そのものだった。長い付き合いで『殺戮のライラ&バリー』と呼ばれる二人組の殺し屋の感情に『慈悲』や『躊躇い』などという言葉が存在しない事を彼は十分すぎるほどに知っていた。そのライラが自分から撤収を口にしたのは、原潜『クラーケン』の救出のために、すでに連続発射されていた『荷電粒子砲』の砲身が次の発射に耐えられるかどうかという現実的な理由のためだろう。一発で白虎を仕留められなければ、逆襲によって自分達が乗る武装ヘリなどはひとたまりも無く破壊されてしまう事を、ライラもまた熟知していた。
「もういい、バリー! 引き上げるよ!」
「ブッ? ブモー…」
ライラが命じるとバリーは不服そうな嘶きで応じたが、それ以上は美しい相棒に対して抵抗しなかった。バリーにしてみれば『荷電粒子砲』を再び発射したくて仕方が無かったのだ。彼の単純な頭には自分の武装が迎えている限界などという戦略的な考えは浮かばないのだった。
ガシャン!
開いていた左側スライド扉が強く閉められると、ライラとバリーの姿が見えなくなったヘリは東に向けて機首を転じ、太平洋上を飛び去って行った。
バラバラバラバラ…
二人組の殺し屋を乗せた兵員輸送用ヘリが飛び去って行き、機影が見えなくなるまで白虎は気を抜かずに目で追っていた。
「ふうううう…」
白虎はライラの言葉を素直に信じた訳ではなかったが、ヘリの姿が豆粒以下の大きさになってから、ようやく安堵の吐息をついた。魔槍『妖滅丸』を握る彼の手はジットリと汗ばんでいた。彼にとっては自分の事よりもくみの安全が一番重要なのだ。あの程度の武装ヘリなど、彼と魔槍『妖滅丸』にかかれば数秒で撃墜可能なのだ。
しかし、向こうから手を出してこない限り、今日のところは白虎は放っておくつもりだった。
ライラが約束を守るなどと信じた訳ではなかったが、白虎はくみを護るために『火車』に低空を飛行している妖怪『野衾』の傍へ寄せるように命じた。
********
「探偵さん! 良かった、あなたが無事で…」
両手を組み合わせて白虎の無事を祈り続けていたくみは、自分が乗って飛行している『野衾』の方へ近づいて来る白虎を目に涙を浮かべた喜びの表情で迎えた。白虎の安否を案じながら一人待つ身で、よほど心細かったのだろう、彼女の涙に濡れた顔は安堵と歓喜の気持ちで溢れていた。
「待たせて悪かったな。俺にとっちゃ腐れ縁の災厄コンビは行っちまったよ。ヤツらの任務は完了したみたいだから、もう戻っちゃ来ないから安心しな。」
くみを安心させるために白虎が優しい声で言った。
「探偵さん、氷の島から解放された潜水艦が海に潜って逃げちゃったみたいです。それに…カニ男はどうなったのかしら?」
くみの口から『カニの王』の事が語られる時、彼女の顔には明らかな嫌悪の表情が浮かんでいる。自分を苦しめ、愛する父の命までをも奪った存在が絶対に許せないのだろう。だからこそ、彼女にとっては『カニの王』の事が気になって仕方がないのだった。
「ああ、『クラーケン』の事なら心配しなくていい。また俺の周りに姿を現わしがったら、その時こそバラバラに解体して海の藻屑にしてやる。」
原子力潜水艦『クラーケン』と白虎は因縁浅からぬ関係なのだろう。彼が本気で言っているらしいのが、くみにも分かった。
「それに、お前さんにとって親父さんの仇のカニ野郎は、あのヘリに乗ってやがった二人組の殺し屋どもに捕まっちまったよ。奴らの目的の一つに、カニ野郎の回収自体も含まれてたらしい。
もっとも、二人組がぶっ放した『荷電粒子砲』のビームでカニ野郎の身体が半分が焼かれちまってたみたいだ。」
どうして白虎がそんな事を知っていたのかというと、彼の獣人としてのズバ抜けて優れた聴力が、ヘリの中でライラがバリーと交わした会話を残らず聞き取っていたのだった。
しかし、白虎には腑に落ちない事があった。それは、いつの間にか自分の背中に小さくなったカニの王が取り付いていたのを、自分が気付いていなかった事だった。
獣人状態と化している時の白虎は、五感の全てが地球上におけるどんな生物の能力よりも優れている筈なのだ。ましてや満月期である今なら、なおさらである。
その白虎が気付かなかったという事は… 彼の背中に取り付いていた時点で、カニの王は死んでいたのではないか? コソコソと動いて見えたのは、白虎の体毛に絡まったカニを乱暴に揺さぶった上空を吹きすさぶ風のせいだったのかもしれない。
しかも、それだけでは無かった。白虎の持つ魔槍『妖滅丸』は魔界の存在を感知し、滅し去るのを究極の使命とする特殊な槍なのだ。
その『妖滅丸』さえもが妖気を感知出来なかったカニの王は、あの時点で間違いなく、この世での生を終えていたのだと思われた。
「どんな形の終わり方であれ、それならそれでいい… くみに付きまとってたストーカーの慣れの果てだったカニの王は、もうこの世にいないんだ。」
白虎はくみに理解出来るように説明してやった。
その説明を聞いたくみの顔から不安げだった影が次第に去り、彼女は本来の明るい表情を取り戻し始めた。
その時だった。
ドッカーンッ!
すでに夜明けを迎え、白み始めていた空の東の方角で突然爆発が起こった。
「きゃっ!」
くみが小さな悲鳴を上げた。
二人がいる空域から、かなり東に離れた地点の空中で爆発が起こったのだった。
「あれは…ライラとバリーの乗ったヘリが向かった方角だ。どうやら、連中の乗ったヘリが爆発を起こしたようだな。」
「どうして、そんな事が…?」
白虎とくみは顔を見合わせて、それぞれに口にした。
「さあな、俺にも訳が分からん。ただ一つ確かなのは、ライラとバリーの二人組はあんなヘリの爆発程度じゃ死にやしないって事だけだ。奴らなら乗ってたヘリが爆破しようが、数百mの高度から落ちて海面に叩き付けられようが、平気の平左でござい…ってなもんさ。そしてまた、俺の前に厄介な雁首を並べやがるんだ。
いっそのこと、事故で死んでくれりゃスッキリするんだが、そうは問屋が卸してくれない。いつだって、ヤツらはそうなんだ。」
そう語る白虎の顔が口にしているほど腹立たしげではなく、楽しそうな表情を浮かべているのをくみは不思議な思いで見た。
「ただな…」
「え? ただ…?」
「いや、何でもない…」
くみは白虎が何か言いかけて止めたのを不思議に思いながら、美しい形の眉を少しゆがめて完全に日の出を迎えた東の方角に目をやった。眩しい朝日が彼女の目を刺したのだ。そこには、爆発を起こしたヘリの機体はすでに影も形も無く、残骸の全てが太平洋に散ってしまったようで、その空域には爆発による煙が漂っているばかりだった。
白虎がくみの前で口にしなかったのは、彼にはヘリの爆発の原因が、何故か死んだ筈のカニの王に起因するのではないかと思ったからだった。
ひょっとして… 死んだ筈のカニの王が息を吹き返し、ヘリの中で再び巨大化してバリーと取っ組み合った挙句に、ヘリの爆発炎上に繋がったのではないか… そう白虎は考えたのだった。
死ぬ筈が無いのは、ライラとバリーの二人組だけだったのではなく、完全に魔界の生物と化したカニの王もまたそうだったのではないか…?
単なる白虎の想像に過ぎないとは言っても、そんな事を、自分に関わった一連の事件がようやく終わったのだと信じ始めたくみの前で口にする訳にはいかなかった。だから彼は口を濁したのだった。
もしも、再びくみを襲いに来やがるんだったら、その時は俺が必ずこの世から消滅させてやる… 白虎は心の中で、そう固く誓った。
「帰ろうか、くみ。
お前のお袋さんが心配しているはずだ。
辛いだろうが、親父さんの事はお前さんの口から説明するんだな。」
白虎が労わりを込めた優しい口調でくみに告げた。
「ええ、パパの事は私の口からママに話します。
それが、娘としての私の義務だから…」
そう言ったくみの両眼から涙が溢れ、頬を伝ってポロポロと零れ落ちた。
くみの口にしたのが自分自身での強い決心だとは言っても、それが彼女にとってどれだけ辛くて厳しい事だろうか… そう思うと堪らなくなった白虎は、思わずくみの身体を抱きしめていた。この男は自分の身体を切り刻まれる苦痛には耐える事が出来ても、人の心が傷つくのを何よりも辛く感じてしまうのだった。
彼はくみの華奢な身体をギュッと抱きしめながら言った。
「大丈夫だ、お前さんなら出来る。ずっと辛い事を乗り越えて来たんだからな… もし、俺の力が必要な時が来たら、その時はカブキ町にある俺の事務所を訪ねて来な。
遠慮なんていらないぜ。俺がいなかったとしても、綺麗で頼りになるお姉さんが相手をしてくれる。」
「あああ… 探偵さん… 私…私…」
白虎の体毛に覆われた胸に顔を埋め、くみは白虎の身体にしがみつく様に強く抱き返した。自分が渦中にあった忌まわしき一連の事件から、ようやく解放されたのだという安心感と、これ以上頼りになる存在は無いというほどの男にしっかりと抱きしめられているという幸福感からくみは子供の様に泣きじゃくった。
白虎の乗っていた妖怪『火車』は、いつの間にか姿を消し、しっかりと抱き合った二人を乗せた妖怪『野衾』だけが陸地へ向けて太平洋上を静かに飛んだ。
くみにとっての長い夜は終わり、眩しい9月の朝日が太平洋を照らしていた。
眼下に広がる海面上には妖怪『雪女』が造り出し、怪人バリーが連続に放った『荷電粒子砲』によって破壊された氷の島の巨大な無数の破片が氷河の様に漂っている。
しかし、そこに閉じ込められていた原子力潜水艦『クラーケン』の姿は影も形も無かった。目撃したくみが言ったように、自由を取り戻し再び海中に潜航した『クラーケン』は沈黙したまま、この海域から遠ざかってしまったのだろう。沈黙したまま深い海中を移動する原子力潜水艦の位置を捕捉するのは、白虎の能力をもってしても容易い事では無かった。
地球上における全ての生命の源であり母とも言える海は、どこまでも果てしなく続き、ちっぽけな人間達の様々な思惑など全く関知しないかの様に、世界の果てに向けてゆっくりと波を送り続けていた。




