第46話 激突する海の魔物達!! 原潜『クラーケン』 VS 妖怪『大海妖』!
「くみ、あれを見てごらんよ。前方の海面上に浮かぶ彼らの原子力潜水艦が、こっちに向けて光モールス信号を送って来てる。ふふん、僕にはあれだ解読出来るのさ。」
操縦席でヘリの操縦桿を握るカニの王が自慢げに言った。彼の左隣の副操縦席に座ったくみにも、前方の静かに凪いだ海面上に満月の光に照らされて浮かぶ巨大な船の姿が見え、その背面に突き出した艦橋(?)の上部がチカチカと瞬く光を放っているのが目視で確認出来た。
「なになに…? ふむふむ、『こちらクラーケン…当原潜の艦橋後部甲板にヘリを着艦させよ…』だと。
よし、こちらからも返事の光モールス送信発信だ。『了解した… 貴艦の誘導を乞う』
これでいい。ふふふ、向こうは歓迎してくれてるぞ。あの潜水艦に乗ってしまえば、クソ白トラ探偵野郎なんか、もう怖くない。
後はあの『クラーケン』が、僕達二人を彼らの秘密基地にまで安全に連れて行ってくれるよw」
恐怖に怯えてIいたそれまでとは打って変わり、くみに向けて勝ち誇った様な態度と口調のカニの王がで鼻息荒く自慢げに言った。
「ああ、探偵さん… もう、ダメかもしれない…」
余裕を取り戻して来たカニの王とは反対に、苦悩に満ちた表情を浮かべたくみが悲し気な声でつぶやいた。
あの原潜に捕らわれて海中に潜航されてしまえば、カニの王が言った通り、いくら白虎でも追っては来れないに違いない。素人のくみにでも、それぐらいの事は理解出来た。数百mもの深度に潜る事の出来る原子力潜水艦にとって、太平洋に隠れる場所は無限にあると言っても過言では無い。いくら知覚能力に優れた白虎であっても、見つけ出す事は100%不可能だろう。
それにしても、前方の海面に浮かんでいる目標は何と大きい事だろうか… 他に比べる物の無い夜の海面に、艦の全体が露出している訳では無い事は当然だとしても、それがいかに大きな存在なのかはくみにも十分に分かった。
暗く静かな海面に浮かび出ている真っ直ぐに伸びた幅10mほどの船体部分だけでも、長さが50~60mは優にある。ドッチボールでも十分に出来そうな広さだ。確かにあの広さなら、このヘリでも余裕で着艦出来る事だろう。そして『クラーケン』と呼ばれる、あの原潜に収容されてしまえば、もう自分の運命は終わりだろう… 唯一の頼みの綱である白虎でさえ、自分を救い出す事など到底不可能になるだろう。そう思うとくみの心と身体は絶望感に震えた。
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「ふっ、バカなヤツらだ。俺にもモールス信号くらい読み取れるんだぜ。無線を傍受するより簡単だ。
だが、『クラーケン』にヘリを着艦されて中にくみを連れ込まれちまっちゃあ、いくら俺だって、ちと厄介だ。あの目障りな原潜野郎を、この海域から追い払ってやる。」
『クラーケン』からカニの王に向けて発信された光モールス信号の内容を自分でも目視で読み取った白虎は、そうつぶやくと、右手に持った魔槍『妖滅丸』を頭上に掲げ、クルクルと回転させ始めた。次第に速まった回転が目にも止まらぬ高速になった時点で白虎が大空に向けて高らかに叫んだ。
「出て来い! 妖怪『大海妖』!」
白虎がそう叫ぶや否や、高速回転する『妖滅丸』の中心から大きさにして十数cm程度の青白く燃える炎の玉がボッと飛び出したかと思うと、すぐに百数十メートル真下の海面に向けて落下していった。
ボッチャンッ!
不思議な事に水しぶきを上げて海に着水した青白い炎の玉の火はすぐには消えず、海中でボウッと燃えたままだったかと思うと、何という事だろうか… 僅か十数cm程度の大きさだった小さな炎が海中で何十倍もの大きさにまで一気に膨張したのだ。それは、さながら洗面器に張った水に一滴の墨汁を垂らした時の様なアッという間の広がり方だった。
そして、白虎が『大海妖』と呼んだ物体を覆っていた青白い炎は巨大化が止まると同時に消え去ったが、その巨大な姿は海面を通して微かに透けて見えている。真っ黒なそいつの大きさは正確には解らないが全体で60~70mもあるだろうか…? それほどにまで巨大化していたのだった。
クジラの数倍もの大きさに広がった、その真っ黒で怪しげな影が水面下で海藻が揺れ動く様にザワザワと蠢いている光景が、上空を飛行する妖怪『火車』の背に乗った白虎からも視認出来た。暗い海面よりもさらに黒く映る、その不気味で巨大な影に向けて白虎が大声で命じた。
「行け、『大海妖』! お前の力で、あのクソッたれ原潜を追い払え!」
その叫びに応じる様に、『大海妖』と呼ばれた海面下で蠢く黒く巨大な影は、その巨大な姿に似合わぬ驚くほどの速度で数km先の海上に浮かぶ原潜『クラーケン』の方角にむけて向きを変えると、暗い海面下をスーッと滑る様に高速で進んで行った。
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原子力潜水艦『クラーケン』の艦橋後部に真っ直ぐに数十m伸びた甲板部には、カニの王達の乗るヘリが暗い中でも着艦しやすいように数個の誘導灯がセットされていた。その誘導灯に囲まれた範囲内は、艦橋上部からさらに探照灯で真昼の様に明るく照らされ、誘導するために立った2名の原潜搭乗員が、ヘリに向けて手提げの誘導灯を振り動かして着艦を促していた。
「おお、あれはありがたい。あれなら夜間の難しい着艦も容易に出来そうだ。本当に至れり尽くせりの歓待ぶりだね。彼らが僕達二人の着艦を大歓迎してくれてるよw」
白虎に追い詰められていたカニの王は左隣に座るくみに顔を向けて心底嬉しそうな表情と声で言った。彼が話しかけても、くみは不安そうな青い顔をして震えているばかりで、返事など出来る状態では無さそうだった。
「心配なんていらないさ。抜群の操縦テクニックの僕なら、原潜への着艦なんてお茶の子さいさいっと♪」
鼻歌でも歌い出しそうな機嫌のよさでカニの王が右手に握った操縦桿を操った。確かに彼が言う通りスムーズにヘリは飛び、原潜に着艦するまで残り僅か数秒、甲板からの高度が約10mを切った時だった…
ドドドーンッ!!
突然大きな音が響き渡ると共に、海上に静かに浮かんでいた巨大な原潜『クラーケン』の艦体が大きく揺れた。原潜周辺の海面が大荒れに荒れ、原潜を中心に何度も大波が広がっていく。驚いたカニの王は着艦作業を止め、ヘリを上昇させた。
「な、何だ…今の衝撃は? 原潜に何かがぶつかったのか?」
『クラーケン』から高度と距離を取ったヘリから二人が見つめる中、さっきまで波が静かに凪いでいたはずの『クラーケン』周辺の海面が大きく波打ち、甲板上に立ってヘリを誘導していた2名の原潜搭乗員を激しく揺れる海面へ振り落としてしまった。
「い…いったい、何だって言うんだ? 『クラーケン』の周辺だけが大きく波立って…」
カニの王は『クラーケン』とその周辺の大揺れしている海面をヘリのライトで照らし、揺れの原因を探ろうとした。
「ひっ! あ、あれは何っ?」
それまで黙ったままライトが照らし出した光景を見つめていたくみが短い悲鳴を上げた。
「う、うわっ!」
くみと同じものを目にしたカニの王も驚愕の叫び声を上げる。
二人を驚愕させる信じられない様な光景がライトに照らし出された前方で生じていたのだ。
大荒れに荒れる海面から露出している『クラーケン』の船体に、満月の光に照らされてヌメヌメとした表面がテラテラと光った真っ黒で気味の悪い、幅が数十cmもある蛇の様に細長い筋状の物体が数本、螺旋を描くかの様にグルグルと巻き付いていたのだ。
いや、ただ巻き付いているだけでは無い… そのヌメヌメした黒光りする長大な紐状の物体は原潜の表面上でヌラヌラと蠢き、ヌルヌルとした気味の悪い動きで這い進みながら、巻き付いた『クラーケン』の船体を締め上げているのだった。その動きといい形状といい、それは明らかに人工の物質ではなく、信じられない事だったが巨大な生物の一部分であるかの様に見えた。
ミシミミシシッ! メキメキッ!
全長100mを超える原潜『クラーケン』の巨大な船体が悲鳴のような軋み音を上げた。
そもそも、数百メートルもの深度を潜る事が可能な原子力潜水艦(SSN)の船体は強い水圧に耐えるため、物理的に非常に頑丈な強度と構造で作られているのだ。しかも、『クラーケン』は『ロサンゼルス級』と呼ばれる全長100mクラスの巨大な攻撃型原潜である。その船体は潜水艦の中でも最高の強度を誇ると言えるだろう。
その『クラーケン』の頑丈な船体を軋み音が鳴るほど強力に締め上げている、この黒く長大な物質の正体は…いったい?
「きゃあああーっ! また別のが出て来た!」
くみが再び悲鳴を上げた。彼女を怯えさせたのは大揺れに揺れる海面を突き破って現れ、蛇が鎌首をもたげる様に天に向けて垂直に立ち上がり、今また新たに『クラーケン』に巻きつこうとしている、別の黒く巨大な紐状の物体だった。
「あ、あれは! しょ、触手かっ⁉」
カニの王が叫んだ。確かに彼の言った通り、その黒くヌメヌメとした表面を持つそれは、大きさこそ信じられないほど巨大なサイズだったが、タコやイカなどに代表される海中に生息する軟体動物が持つ触手そのものに見えた。それが証拠に、『クラーケン』の船体に張り付いている側の平べったい触手の表面には、大小さまざ大きさの気味の悪い吸盤がビッシリと無数に生えているのだ。中には車のタイヤほどの大きさをした吸盤もあり、その吸盤の全てがヌメヌメとした気味の悪い収縮を繰り返しながら獲物となった『クラーケン』の船体表面にピタリと貼り付き、しっかりと捕らえて離そうとしないのだった。
その驚くべき光景を上空のヘリから見ていたくみは、あまりの悍ましい悪夢の様な状況に吐き気すら覚えた。自分を拉致し、どこかへ連れ去ろうとしていた原潜『クラーケン』という敵とも言える存在に対してくみは内心で同情さえ感じたほどだった。あの海に投げ出された二人の原潜乗組員達は大丈夫なのだろうか…? 心根の優しいくみは、本気で心配しているのだった。
「ううぬ、怪物め! 全身は見えないが、ダイオウイカの様な生物なのか? いや…あれはもっとデカいぞ。僕達の乗り組むはずだった『クラーケン』を捕まえて、いったいどうするつもりなんだ…?」
隣でカニの王が唸りながらつぶやく声を聞いたくみも同じ気持ちだった。そして彼女も自分の抱いた疑問を口にした。
「私を連れ去ろうとしていた潜水艦を、偶然現れた、あの気味の悪い怪物が邪魔をしてくれたって言うの…? そんな都合のいい話があるはずが…
はっ! まさか、探偵さんが?」
くみは恐ろしい海の怪物を使って原潜『クラーケン』の邪魔をしようとしたのが、自分を助けようとする白虎なのではないかと考えたのだった。
「何ぃッ! ば、バカな! あの探偵にそんな事の出来る筈が… いや、あんな燃え盛りながら空を飛ぶ車輪妖怪を操るヤツの事だ… あり得ない話じゃない…」
最初は否定の叫び声を上げていたカニの王だったが、次第に自信を失っていったのか、その声は弱々しい調子に変わっていった。
「し、しかし…『クラーケン』があんな状態じゃあ、もう…あれに乗り込んで逃げるのは無理だ…
ぼ、僕は…いったい、どうすればいいんだ…?」
確かに目の前で展開されている信じがたい光景を見ていれば、あの巨大な怪物に捕らわれた『クラーケン』で逃げるのは絶望的だと思うのも無理は無かった。父の仇であり、憎んでも余りある敵であるカニの王と、この時ばかりはくみも同じ意見だった。
『私達の予想通り、探偵さんが放った妖怪だったら、こちらには危害を加えないだろうけど… あの潜水艦に乗っている人達はどうなるの? あれだけ大きい船なんだもの、きっと何十人も乗っているはず…』
心根の優しいくみは自分を拉致しようとしていた『クラーケン』の乗組員の事を心配しているのだった。
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「いいぞ、『大海妖』。『クラーケン』なんて海の魔物から取った大層なネーミングをしていても、本物の海の魔物には手も足も出まい。ははは、ピッタリくっつかれちまっちゃあ、原潜の武器である魚雷も対艦ミサイルも使用不能だからな。
よし、『大海妖』よ、次は『クラーケン』を航行不能にしてやるんだ。そいつのスクリューをもぎ取っちまえ!」
『大海妖』の活躍に気を良くしていた白虎は、自分が召喚した海の魔物に対し次なる指令を与えた。どういう仕組みなのかは不明だが、彼が強く念じるだけで魔槍『妖滅丸』を通して使役する妖怪に命令を伝える事が出来、妖怪にとって主である白虎の命令は絶対なのだった。
海面を割ってウネウネと蠢きながら現れた『大海妖』の持つ長い触手の一本が、自分が捕らえている『クラーケン』の最後尾にあるスクリューへと伸びていった。この怪物の恐ろしい力をもってすれば、いくら頑丈に造られているとはいっても剥き出しになった原子力潜水艦のスクリューを引き千切る事など容易だろうと思われた。
上空を飛ぶ『火車』の背に乗った白虎が眼下の海を見下ろすと、彼が命じた通りに『大海妖』が今まさに複数の触手を巻き付けて捕らえた『クラーケン』の最後尾に向けて、黒光りする長大な一本の触手をウネウネと伸ばしているところだった。
その時だ。
ピキュイィーーンッ!
ずば抜けた聴力を持つ白虎の耳が、100m以上も真下に広がる海面下で鳴り響く甲高い音を捉えた。
「何だ、あの音は?」
不審げな表情で音の発信源の方向を見た白虎だったが、そこには妖怪『大海妖』に捕らえられたままの原潜『クラーケン』の姿があった。正真正銘の海の怪物が人によって造られた原潜のスクリューをもぎ取ろうとしていた筈だった…
しかし、眼下に展開する状況は一変していた。
白虎の命令通り、『クラーケン』のスクリューをもぎ取ろうとウネウネと動く気味の悪い触手の一本を伸ばしていた『大海妖』だったが、その触手があと数mでスクリューまで達するという空中でピタリと止まった。そして、どういう訳か…触手が現れた元の位置…つまり、海中へと引き戻されていった。
それだけではない、『クラーケン』に巻き付いてグイグイと強力に締め上げ続けていた数本の触手の大小さまざまな無数の吸盤が、貼り付いていた船体表面からポロポロと剥がれていくではないか…
ピキュイィーーンッ!
また、先ほどと同じ鋭く耳障りな音が海中に鳴り響くのを、空中にいる白虎は耳にした。
「まただ。何だ、あのイヤな音は? それに、『大海妖』は一体どうしたって言うんだ? なぜ、俺の命令通りに『クラーケン』のスクリューをもぎ取らない?」
そこで、白虎の見下ろす海面上で、信じられない光景が生じていた。
今まで海上に触手部分しか見せていなかった巨大な『大海妖』の肉体部分が、大量の水しぶきを上げて海面から姿を現したのだ。
海面から垂直に持ち上がったそれは、『大海妖』の頭部なのだろうか? 滴り落ちる海水だけでなく、表面を覆っているヌルヌルした粘液状の保護膜が満月の光を反射してテラテラと光り、気味の悪い事にその黒くグニャグニャした姿は全体が不定形であるかの様に様々に形状を変え、ブルブルと激しく震えながら海面上に起き上がっていた。
その動きはまるで少しでも海中から、その身を遠ざけようとしているかの様に見えた。
いや、海中からというよりも『クラーケン』からといった方が正しいのだろう。それが証拠に、今では『クラーケン』を捕らえていた数本の触手の全てが船体を解放していた。
「あの音のせいか? あの音で『大海妖』が怯えているんだ…」
完全な勝利を目の前にして突然生じた不可解な状況に驚愕し、茫然とした白虎がつぶやいた。
主である白虎の命令に従えないほどに『大海妖』を怯えさせた音の正体とは、いったい…?
はたして、海の魔物同士の戦いはどうなるのか?




