第45話 カニの王の逃亡先の海面に浮上する『クラーケン』とは⁉
「クソッたれミサイルが向かって来やがる!
あれを喰らう訳にはいかねえっ! 火車っ! 右に旋回しろっ!」
さすがの白虎も、彼らの後を追尾して向かって来るミサイルの先端を見て悲鳴に近い声で叫んだ。
「『火車』! ジグザグに…いや、稲妻の軌道を描いて飛べ! 全速だ!」
白虎が大声で叫んだ。平安時代に生まれた日本妖怪である『火車』にとって、外来語である『ジグザグ』は通じないと気付いた白虎が慌てて言い直したが、稲妻という言葉をすぐに理解した『火車』は主の命ずるままの軌道を描きながら全速で飛行した。
それでも赤外線追尾式のミサイル『サイドワインダー』を振り切る事は出来そうに無かった。
「クソッ、ダメか!」
『火車』の背の上で振り返り、背後に迫る『サイドワインダー』を見た白虎の脳裏に、数時間前に愛車『ロシナンテ』で島へ渡る際に魚雷に追尾された記憶が浮かんだ。
「よし! イチかバチかだ! 火車、お前の車輪が放出する火炎を全部止めろ! 今すぐだ!」
何の前置きも無い突然の命令に『火車』は納得出来なかっただろうが、主人である白虎の命令は絶対だった。回転しながら車輪の周囲から|放出し続けていた火炎が一斉に止んだ。それまで真夜中の空に浮かんでいた鮮やかな花火の様だった『火車』の炎が突然消えたので、満月の月明かりだけを残した夜の世界に戻った。ただ、火車を追尾し続ける『サイドワインダー』のロケット噴射の炎を除いては…
火炎が完全に消えた今、『火車』自身の回転は続いていても飛行を続ける事は無理なのだろう。白虎を乗せながら回転する『火車』の身体はそれまでの惰性で飛び続けながらも、放物線のピーク点を過ぎた円盤投げの円盤の様に海へと落下し始めた。
「今だ、火車! 海面に向けて火球発射っ!」
白虎が叫びに応じ眼下に広がる海面を向いた火車の大顔面の口が大きく開くと一発の燃え盛る火球を吐き出した。
ボンッ!
吐き出された勢いを得た火球は、本体である『火車』よりも下に放物線軌道を描き、前方に向けて海面へと先に落下していく。
すると驚いた事に、それまで真っ直ぐに『火車』を追尾していた『サイドワインダー』が突然軌道を変えた。新たに発生した高熱原体である火球にミサイルの赤外線追尾センサーが反応したのだった。
そして、前方へと飛んで行く火球に狙いを変更した『サイドワインダー』が真っ直ぐに飛び、惰性で飛ぶだけの火球に追いつくまで瞬きする間もなかった。
ドッカ-ン!
満月だけしか照らす物のない真夜中の静かな大海原の上空に、花火以上に眩しい爆発が起こった。爆発したミサイルの破片が四方八方に飛び散り、バラバラと真下の海へと落ちていく。
「よし! やったぜ! とっさの『デコイ・フレア作戦』、見事に成功だ。火車、飛行火炎を再開しろ!」
ブオオオオオーッ!
白虎が命じるとすぐに、回転する『火車』の車輪から再び凄まじい勢いで火炎が放出された。海面へと落下しつつあった火車の身体は勢いを取り戻し、すぐに自在に飛行出来るようになった。
白虎が口にした『デコイ・フレア』とは、航空機などが赤外線誘導式のミサイルから身を守るために囮として用いる赤外線対抗装置である『フレア』の事を指す。つまり、赤外線追尾式の空対空ミサイルである『サイドワインダー』は火炎放射を止めた『火車』本体では無く、火車の発した新たな熱原体である火球を追いかけたのだった。
数時間前に海を航行中の『ロシナンテ』を追う魚雷にデコイ(囮)を追尾させたのと同じ作戦だった。それにしても、一瞬の判断でこの様な作戦を思いつく白虎の頭脳も非常に明晰だったと言えるだろう。獣人白虎は生まれながらの戦闘の天才なのだった。ただ兵器の能力に頼るだけのカニの王とは雲泥の差があった。
実際に鼻歌を歌いながら一部始終をくみと共に見ていたカニの王は、必殺のつもりで放ったミサイルまで躱されたのを目の当たりにして度肝を抜かれていた。
「そ、そんな… あんな古ぼけた妖怪風情が最新鋭兵器の空対空ミサイル躱すなんて…」
自分が何をやっても、ことごとく白虎に通じないのを知ったカニの王の顔は焦りと恐怖に歪んでいた。
「じょ、冗談じゃない。あ、あんなの相手にしてられるか。も、もう…逃げるしかない。
あ、あの地点まで逃げさえすれば、僕達二人は彼らに回収してもらえる。そういう約束なんだ…」
隣に座るくみには訳の分からない独白を口走ったカニの王は、元々向かっていた方向へと再びヘリの進路を戻した。搭載されているミサイルは一基残っていたのだが、白虎に対する恐怖心から戦闘意欲が失せてしまったカニの王は逃げに入った。ヘリの進路を陸地とは反対方向の沖合へ向けると彼は速度を上げた。
バラバラバラバラ…
満月に照らされた二人の乗るヘリは真っ暗な水平線を目指して進んでいく。
カニの王の隣に座って同じ光景を見ていたくみは、囚われの身ゆえ口にこそしなかったが、白虎の見事な戦いぶりに内心で喝采を送っていた。
それにしても… 今、カニの王が怯えながらつぶやいた『彼らに回収してもらえる…』という独白は、いったい何の事を言っているのか、くみには全く分からなかった。進行方向には満月に照らされた夜の大海原しか見えない。太平洋上を東へ向かっている様子だったが、遥か彼方の北米大陸にでも行くつもりなのだろうか? しかし、たとえ出発した時に燃料が満載だったとしても、そんな事が不可能なのは素人のくみでも分かった。
それでは、カニの王の向かおうとしている『あの地点』とは? そして、彼とくみを回収すると言う『彼ら』とはいったい…?
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妖怪『火車』の背中に乗ってヘリを追う白虎もまた、くみと同じ事を考えていた。ずば抜けた聴力を持つ白虎の耳には、ヘリの内部でカニの王とくみが交わす会話がハッキリと聞こえていたのだ。
「ヤツが向かう先に、いったい何があって誰が待つって言うんだ? この先にあるのは海だけで、都合よく島なんて存在しない筈だぞ。
この先に、ヤツが言った『彼ら』の待つ『あの場所』とやらが存在するのか俺には調べようが無い… 真夜中で悪いが聖子君を起こして、この辺の上空を周回中のスパイ衛星を使って、この海域を調査してもらうか…」
白虎がつぶやいた聖子君というのは、人間としての彼が経営する探偵事務所で雇っているただ一人の所員であり、所長である千寿 理の個人秘書でもある風祭 聖子という女性の事だった。
その探偵事務所の一秘書である女性に、いったい何が出来ると言うのだろうか?
白虎は左手首に嵌めたスマートウォッチを操作した。通話モードで呼び出した聖子のスマートフォンが、数回の呼び出し音の後に繋がった。
「はい… 所長? こんな時間に…何ですか?」
眠そうな声で応対した聖子に、白虎はここまでの経緯をかいつまんで説明し、自分の居る空域及び海域付近を遥か上空の衛星軌道にあるスパイ衛星を操って探索するように要請した。聖子は突然の訳の分からない命令を、疑問を唱えもせずに静かに聞き終えると「分かりました」とだけ短く答えた。
しかし、一介の探偵事務所長の秘書にそんな事が可能だと言うのか?
風祭 聖子という女性は、現在は『千寿探偵事務所』に努める秘書という身分だが、その素性はハッキリとしない。ただ、あらゆる分野で天才的能力を発揮する女性で、アメリカの幾つかの有名大学で幾つもの博士号を取得している。中でも彼女のIT:Information Technology分野における能力は、ずば抜けていた。
彼女は裏の世界で『電脳世界の魔女』と呼ばれて恐れられる天才ハッカーでもあったのだ。彼女にかかればアメリカや中国の様な超大国の最高機密でさえも厳重なセキュリティを突破して盗み出す事が可能だったし、望みさえすれば軍事レベルのスーパーコンピューターを乗っ取って第三次世界大戦を起こす事も出来るだろう。
それほどのスーパースキルを有する彼女には、突然の非常識な時間における上司である白虎の無茶な要望を叶える事など、いとも容易い事だった。
数分後に、聖子からの報告が入った。
「所長の居る場所から東北東へ十数キロmの地点の海域に熱源反応が在ります。熱源の正体は核分裂反応を利用した原子力エンジンを使って航行する原子力潜水艦です。現在海面まで浮上した原子力潜水艦だと思われる船舶が停泊中です。
その原潜の国籍は不明ですが、ハッキングしたスパイ衛星に記録された十数分前に該当原潜が浮上中に発した音紋の解析により、正体が判明しました。」
ここで聖子はいったん言葉を切り、白虎の反応を待つ。間を置かずに白虎が先を促す。
「で、そいつの正体は?」
「その原潜は、以前に所長の乗った『黒鉄の天馬』と戦闘を展開した事のある『クラーケン』です…」
「そうか… やはり、ヤツらが今回の『カニの王』事件に一枚噛んでいた訳か。」
聖子の報告を聞いた白虎は、今回の事件に絡む存在に心当たりがあるらしい口ぶりで言った。
それにしても、世界でも数国しか保有していない原子力潜水艦を操る敵などは圧倒的に巨大な存在ではないか。こちらも獣人化する非常識な探偵ではあっても、相手が桁違いに巨大な組織とあっては、彼に一体何が出来ると言うのか?
「で、所長? 今回も『黒鉄の翼』を発進させますか? 『ロシナンテ』と合体した『黒鉄の天馬』を使えば、今回も撃退出来るのでは?」
聖子の心配そうな問いかけに白虎は落ち着いた声で答えた。
「いや、いい。今回は『妖滅丸』を使って、退治とまではいかないにしても『クラーケン』を驚かしてやる事にするよ。」
そもそも二人が交わす意味不明と言える会話の中にあった、カニの王が向かう先の海面に浮上したという『クラーケン』とは、どういった存在なのか?
『クラーケン』とは、米国に本拠を置き世界一の規模を誇る軍需企業の『マクガイバー社(MacGyver)』の裏の顔とされ、世界中に戦争と死を配布する組織だと言われたり『死の商人』などと呼ばれていながら、実態がハッキリとしない闇の組織『クトニウス機関』に所属する攻撃型原子力潜水艦(SSN)の呼称の事である。
日本国民で事実を知る者はごく一部に限られているが、かつて東京の首相官邸に向けて核ミサイルが発射された事がある。もちろん、現在の東京が無事である事から分かる様に、この恐るべき核テロ事件は日本と正義を愛する者達の必死の努力の末、首都壊滅が未然に阻止されたのである。
この事件に関しては日本とアメリカの両政府により完全に闇に葬り去られ、事実が公に発表される事は無かったが、結果として日本国領海内における別の場所で実際に生じた核爆発によって太平洋上に存在した無人の孤島が一つ地球上から消滅してしまった。
この事件に関して、白虎である風俗探偵こと千寿 理は関係していないが、彼は事の一切を承知していた。彼の旧友で、今なお腐れ縁の続くある人物が重要な役割を担ったのだ。その人物と千寿とは、幾つもの命を賭けた事件を共に潜り抜けて来た間柄なのである。千寿は、彼からこの超極秘事項とされる重要国家機密を聞かされていたのだ。
なお、この日本国内において生じた三番目の核爆発という未曾有の大事件に関しては、筆者の著した別の物語で語られているため、ここでのこれ以上の説明は省く事とする。
話が脇に逸れてしまったが、この日本国の首都東京を壊滅させようとした憎んでも余りある闇の組織『クトニウス機関』に所属する原子力潜水艦『クラーケン』が、カニの王が逃走する方面における海上に浮上したと言うのだ。これは偶然なのか、はたまたカニの王がつぶやいた「あ、あの地点まで逃げさえすれば、僕達二人は彼らに回収してもらえる。そういう約束なんだ…」という話にあった『彼ら』という言葉の指す者達と、原潜『クラーケン』という存在が合致しているというのだろうか…?
先ほどの風祭 聖子との会話の中でつぶやいた白虎の口ぶりから察するに、事ここに至って彼には、この一連のカニの王事件の全貌が見えて来た様であった。
「所長は今、『ロシナンテ』に乗っていないようですが?」
聖子が無線を通して白虎に問いかけて来た。彼女には千寿の愛車『ロシナンテ』の位置が車に搭載されているGPS(全地球測位システム)発信機によって把握出来ているのだ。それが千寿が左腕に嵌めたスマートウオッチの現在位置と一致しないので不審に思って訊ねた訳だった。
「ああ、ロシナンテは置いて来た。俺は今、『妖滅丸』で召喚した妖怪『火車』の背中に乗って、この事件の依頼者と彼女を拉致した敵を追ってる。」
「ええ⁉ いったい、何が起こってるんですか? 所長は昨日、旧友のコーヒー店を訪ねると言ってブラっと出かけられたはずじゃあ…?」
先ほどまで寝ていて叩き起こされた聖子には、何が何だか分からなくて当然だった。
「すまんすまん… 帰ったら事の顛末をちゃんと説明するから、今は勘弁してくれ。」
苦笑いしながら、白虎が聖子に言った。
「さっきも言ったが、今回は『妖滅丸』で『クラーケン』を撃退してやる。」
「本当に大丈夫なんですか? 妖怪だけで最新鋭の原子力潜水艦を相手にするなんて…」
天才科学者という別の顔も持つ聖子は、妖怪の存在を認めてはいるものの、信頼性という点で今一信じ切れないのだった。なので、彼女は心配そうな口調で白虎に問うているのだ。
「ははは。聖子君、妖怪を馬鹿にするもんじゃないぜ。かく言う俺だって獣人白虎なんだからな。まあ、俺の事が心配だったら、スパイ衛星からの映像で様子を見てるんだな。」
「ええ、もちろんそうします。」
聖子がキッパリとした口調で上司である白虎に言った。
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「よし、前方約10kmの海面に光点が現れたぞ。緯度経度共にドンピシャの位置だ。あれが彼らに間違いない。」
カニの王が自分の目の前の液晶モニターに映し出されたレーダー画面に見入って、安堵したような声でつぶやいた。
それまでは白虎の出現で有頂天になっていたくみの眉間にしわが寄る。
「さっきからあなたの言ってる『彼ら』って、いったい誰の事なの?」
本音を言えば、くみは隣りにいるサイコパスの怪物と口など利きたくは無かったが、カニの王が自分や白虎の利益に反する事を画策しているのならば無理をしてでも知っておかねばならないと、勇気を振り絞って訊ねてみた。
「ふふふ、知りたいかい? 教えてあげるよ。彼らってのは秘密の組織さ。と言っても詳しくは僕も知らないんだけど、さっき爆破した僕の島とその周辺の海域を何かの実験に使う代わりに、僕に様々な武器を進呈してくれたんだ。もちろん、この武装ヘリもその内の一つさ。」
カニの王が自慢そうに話すのを聞いたくみは愕然とした。
「その実験って… あの人食いガニ達や、あなたが怪物化した事と関係があるんじゃ…?」
「そうなのかな? 僕にはよく分からないけど、そうだとしても別にいいんじゃない?」
平然とした表情で子供の様に無邪気に語るカニの王を見て、くみはゾッとした。
『この男… 天然のバカな上に、その組織に自分が利用された事を何も理解していないんだわ。このバカと、その連中のせいでパパを含めて大勢の人の命が…』
くみの目にまた大量の涙が溢れ出して来た。今度は、今回の一連の事件で大勢の犠牲を出したのが全て目の前にいるバカな男のせいだと改めて知った事への無念の涙だった。
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「ところで聖子君、もう少しすれば夜明けになる。日本の領海内に、国籍不明の原潜『クラーケン』が浮上すれば国内は大騒ぎになる。ヤツについての対策を…」
「ご安心を、所長。もう、すでに対策は打ってあります。自衛隊及び国内の米軍基地関係はもちろんの事、各国の偵察衛星に対してあの海域には何事も無く平穏無事である旨の偽情報を流してあります。『クラーケン』自身も同様の手を打ってはいるでしょうが、念のため私の方も『Mother』を使って情報工作済みです。日本国周辺の露・中・朝国及び韓国からもあの海域でこれから生じる事の情報は完全に隠蔽されています。
ですので、所長がどれだけ妖怪を使役して大暴れしようと、誰からも知られる心配には及びませんので、ご安心ください。ふあぁ~あ…失礼。」
最後に聖子の可愛いあくびを聞いた白虎は安心した。
「何事にも抜かりのない優秀な秘書を持った俺は果報者だな。俺はいつも、君のおかげで気兼ねなく大暴れする事が出来るんだ。本当に感謝してるよ、聖子君。」
白虎は言葉通りに聖子に対して心底感謝していた。
「ただ、所長。くれぐれも日本領海内で『クラーケン』を破壊する事だけは止めて下さいね。そうなると、流石に私の情報操作程度では手に負えなくなりますから。」
聖子は最後に息子に対する母親の様にピシャリとたしなめるのを忘れなかった。
「ははは、了解した。流石の俺でも計画も無しに一人でヤツらと事を構える事はしないさ。撃退程度に留めておくよ。それでは、これで通信を終える。」
「健闘を祈ります、所長。」
その言葉を最後に二人は通信を終えた。
白虎を乗せた『火車』は先を飛行するヘリを追って同じ速度で飛んだ。
「夜明けまでが勝負だな。
ふふふ、『クラーケン』…海の魔物…か。静かに暗い海中を潜航する原潜には面白いネーミングだ。
だがな、本物の『海の魔物』に出会った時にヤツらはどんな顔をするんだろうな…? はははは、ぜひ見てみたいもんだぜ。」
満月に照らされた白虎の顔には、見る者をゾッとさせる恐ろしい笑みが浮かんでいた。
「よし、前方に彼らの原潜が見えて来たぞ。」
「げんせん…?」
「ははは、原子力潜水艦の事だよ、くみ。」
笑いながら説明するカニの王の言葉に、くみは息を呑んで前方の海面に目を凝らした。まだ遠かったが、確かに前方の海面上に何かが浮かんでいた。




