第44話 大空中戦!! 妖怪『火車』VS 武装ヘリ!
「この辺でいいかな?」
隣に座るくみの方に薄ら笑いを浮かべた顔を向けたカニの王が楽しそうな声で告げた。
くみは自分に向けられた気味の悪い笑顔を見て、全身に怖気が立つのを覚えた。
くみは、カニの王が操縦するヘリコプターの副操縦席に無理矢理座らされていた。
後ろ手に手首を縛った状態だとシートに座りにくいため、今は身体の前で両手首を縛られ、シートベルトで座席に身体と共に固定されていた。
カニの王は運転席に座ってヘリを操縦していた。彼は人間の形態をした右腕だけで全ての操作を器用に行っている。逆にカニの形態だった彼の八本の脚はどうなっているかと思えば、表面は外骨格の状態を留めたままだったが、その内の二本の脚だけが人間と同じ形状に変形して、足で操作する操縦用ラダー・ペダルを器用に操っていた。どうやら、ある程度なら彼は自分の意志で肉体の部分的な形状変化を行なう事が可能らしかった。
「うへへへへ、今から遠隔操作でヤツのいる島を爆破するよ~んw それ、ポチっとな。」
「やめてえーっ!」
右手に持つ起爆スイッチを隣に座るくみに見せびらかす様にして顔の前に掲げていたカニの王が、彼女の必死の懇願など無視してボタンらしき突起を親指で押した。カチッ!
ドッガガガーンッ!
「きゃあっ!」
ヘリの後方で凄まじい爆発音がした。すでに数百m離れた空域を飛行していたヘリにまで音に一瞬遅れて爆風が達し、操縦パネルの計器が乱れを示すと共に機体が激しく揺れるのをくみは感じた。
機体後部に取り付けられた後方監視カメラによる島の映像が二人の間に設置されてある液晶モニターに映し出されているが、その画面に映る島の中央辺りで爆発が起こる瞬間が上手く捉えられていた。
そのリアルで生々しい映像を見たくみは、気分が悪くなって思わず目を逸らした。
「ダメだよ、くみ。目を開いてよく見るんだ、僕達の愛の巣だった館の最後をね。あの中で僕達は、毎夜痴態の限りを尽くして激しく愛し合ったんだからねw 君はベッドの上で夥しい量の愛液を垂れ流しながら快楽の叫びを上げてたじゃないか。思い出すなあ…うひひひひ。」
卑猥な言葉でくみを嬲るカニの王は、さらに彼女に島の状態をよく見せようというのか、その場で空中静止すると機体を反転させてヘリの機首を島の方に向けた。
ボッカーンッ! ドッガガガーンッ!!
島の中央で、さらに数回の爆発が続いた。
「ふん、武器庫の火薬に誘爆したみたいだねw 残念だけど、君との思い出深い僕の屋敷は跡形も無くふっとんじゃう…かな。」
「探偵さん…」
ショックで動揺を隠せないくみは、自分の顔を両手で塞ぎたかった。自分の目を覆ってしまいたかった… だが、両手を縛られた彼女にはそれが出来ない。身をよじって顔を背けようとしたくみの頭を横からカニの王が伸ばした右手が押さえつけ、力ずくで前方の光景を見させようとする。
「う、うう…」
頭を押さえつけられたくみが、せめてもと目を閉じようとした時だった…
「あ! あれは?」
目を閉じるどころかくみは大きく目を見開き、シートベルトに固定された身体を乗り出す様にして強化ガラス越しに広がる前方の光景に見入った。
「ん?」
くみに対する嫌がらせに夢中になっていたカニの王が、急変した相手の態度に気付き、彼女が見入っている視線の先を自分でも見た。
「な、何だ…アレは?」
今度はカニの王が驚く番だった。カニの王の人間の形状を残したままの右目が大きく見開かれた。
それにしても、島の方向に爆発以上に二人を驚かす何が見えると言うのか?
二人の前方に見える島は今も武器庫の誘爆が続いていた。『カニの館』だった建物の残骸は炎上し、爆発と共に建物の一部だった火のついた破片が四方に飛び散っていた。幾つもの破片が、島からかなり離れた海の沖合まで飛んで着水している。
その中の一つだと思われる火のついた破片が、ヘリに向かってグングンと近付いて来ているのだった。それは、重力による落下を起こす事も無く巡航高度で飛ぶヘリに向けて真っ直ぐに飛来し続けた。しかも、その燃え盛る炎は向き合う風によって消える事も無いのだった。
「近づいて来る… 炎の塊が…」
そうつぶやくくみの声は震えていたが、それは恐怖などでは無く、不思議と感動の響きが感じられた。
「あ、あの炎の塊は何で落ちないんだ…?」
カニの王の声もくみ同様に震えていたが、こちらには驚愕と恐怖の響きしか感じられなかった。
二人の注目する中、向かって来る炎の塊との距離は100mを切った。遮る物の全く無い空では、もう目視で確認出来る程の距離である。
驚いた事に、それは夜の空を水平方向に回転しながら飛行していた。それを取り囲む炎が回転する様に右から左へと流れて行く事から判別が可能だった。
「UFO(未確認飛行物体)?」
カニの王が、その飛行物体を見て震える声でつぶやいた。
「いいえ、そんなんじゃない。あの上に、人が乗っているわ。」
まるで、その人物が誰なのかすでに分かっているかの様に微笑みながら、くみが言った。
「何だと⁉ い…いったい、誰が乗ってるって言うんだ!」
カニの王が悲鳴に近い声を上げた。だが彼にも薄々分かっていたのだろう。そんな事の出来る存在に他には心当たりが無いのだ。
「探偵さん…」
くみが答えをつぶやく中、人影を乗せて回転しながら飛ぶ物体が二人の乗るヘリにさらに近付いて来た。
30mほどの距離を隔てた空域に達したところで燃え盛る飛行物体は、まるでカニの王達の乗るヘリに対峙するかの様に、同じ高度で空中静止した。
その距離まで近付くと、物体の上に腕組みをして立っている人物の姿形が目視でも判別出来た。
「よ~おっ! 待たせたか~?」
30m程の距離を隔てていても、空を吹き渡る風の音やヘリのローター音にもかき消されない大音量の声が、くみとカニの王の元へ届いた。
「やっぱり、探偵さんなのね…」
くみの美しい顔はボロボロと零れる涙と満面の笑顔でグシャグシャになっていた。
「あのクソ野郎… あの爆発で死なないまでも、なぜピンピンしてるんだ? そ、それに…ヤツの乗ってるアレは、いったい何なんだよっ⁉」
カニの王の発する声は恐怖を通り越し、発狂寸前の響きを帯びていた。
その時だった。くみはヘリのローター音や強風などの轟音から耳を保護し、機内での会話を明瞭に聞き取るためのヘッドセットをカニの王から付けさせられていたのだが、そのヘッドセットを通してカニの王の声では無く聞き覚えのある落ち着いた低い声が、突然彼女の耳に聞こえて来たのだった。
『あーあー、聞こえるか? こちら白虎。またの名を、人呼んで風俗探偵の千寿 理だ。』
それはくみにとって懐かしく、愛した父と同じ位に頼りがいのある、聞いていて耳に心地よい声だった。
「探偵さん!」
くみの口から、|推『お』しのアイドルを目にした若い女性ファンの様なはしゃいだ声が迸った。
『くみ、心配かけたな。この通り、俺は大丈夫だ。そっちの声は、ずば抜けた俺の聴力で問題なく聞こえてるぜ。それに俺の声は、そっちのヘリの無線周波数に合わせてもぐり込んだから聞こえてるだろ?
やい、カニ野郎! 俺が木っ端微塵になって無くて残念だったな。お前は俺がどうやって助かったか、それと俺の足元のUFOが気になって仕方が無いんだろうが、かわいそうだから教えてやるぜ。
俺が乗っているコイツの名は「火車」。日本古来の妖怪で俺の忠実な僕だ。お前が海に投げ捨てた魔槍「妖滅丸」で、この世に呼び出したのさ。
この「妖滅丸」はその名が示す通り、妖怪や魔物を滅する事の出来る槍。そして、この世から滅し去った魔物を自分の内なる亜空間に封じ込めるんだ。次に「妖滅丸』」の中から、その封じた魔物を呼び出した時には、そいつは魔槍の持ち主の忠実な僕となって主の命に従う。そんな仕組みって訳さ。
お前も妖滅丸で滅して俺の僕にしてやろうか? カニの王さんよお。』
カニの王とくみがヘリの操縦席から見つめる中、彼が『火車』と呼んだ文字通りに燃えながら回転する車輪に乗った白虎が、右手に彼が説明した魔槍『妖滅丸』を握り、左手首に嵌めた現代の情報端末であるスマートウォッチに向かって話していた。彼の話す声に混じって、吹き過ぎる風や火車が回転しながら吹き出す炎の燃え盛る音をスマートウォッチのマイクが拾い、いやが上にも臨場感が増していた。
そのスマートウォッチの機能を使ってヘリの無線通信をハッキングし、彼は二人に向けて話しかけているのだった。
「くっそうっ! 黙って聞いてりゃ、好き勝手な事ほざきやがって! 何が妖怪だ! 何が魔槍だ!
王様を舐めるな! このカニの王が、目にもの見せてやる!」
白虎のバカにした物言いに憤ったカニの王は、武装ヘリの静止飛行状態を解き、『火車』に機首方向を向けたまま機体を急上昇させた。
「これでも喰らえ! このクソ虫野郎がっ!」
カチッ!
カニの王が操縦桿の先端に付いていた樹脂製のカバーを右親指で押し上げ、中にあったボタンを押す。
ヴィイイイーンッ!
電動モーターの回転音が唸り始めると、ヘリの機体下部に取り付けられていたM197-20㎜機関砲が火を吹いた。M197はアメリカ陸軍のガンシップに搭載される電動式3砲身ガトリング砲だ。1分間に650発もの20㎜機関砲弾を発射する事が可能だった。
白虎の乗った『火車』に向けて20㎜機関砲弾が雨の様に降り注いだ。
「ヤバいぞ、火車! 右旋回で躱せ!」
ホバリング状態を解いた『火車』が高速で右に旋回した。だが、音速の3倍もの初速を持った機関砲弾が容赦なく火車を追う。
火車は主である白虎を護るため、彼の乗った側をヘリから遠ざける様に自分の身体を傾けて飛んだ。そのため、必然的に自分の顔面が付いた側をヘリに向ける事になる。
バスバスバスッ!
「ぎゃあああーっ!」
妖怪『火車』の身体である木製の車輪部に数発の20mm機関砲弾が着弾し、空中に木端を散らした。その内の一発は火車の大顔面の右頬の肉を抉り取っていた。
「火車ぁーっ!」
「ぐわああああぁーっ!」
怒り狂った火車は自分の背に白虎を乗せていた事を忘れたかの様に身体を垂直に近く起こし、武装ヘリに赤い大顔面を向けて耳まで開くほどに大きく口を開いた。
ゴオオオオオーッ!
火車はヘリに向けて、大きく広げた口から凄まじい勢いで火炎を放射した。
「うわあっ!」
「きゃああーっ!」
火車からの怒りの火炎放射に驚いたカニの王は、すぐさまM197-20㎜機関砲による攻撃を止め、機体を上昇させた。その判断が一瞬遅れていたなら、武装ヘリは火車の吐き出した火炎に包まれていた事だろう。
「バカっ! やめろ、火車っ! あのヘリにはくみも乗ってるんだぞ!」
火車が垂直近く車輪型の身体を立てたため、顔面と裏側の車軸にぶら下がった白虎が叫んだ。
白虎の叫び声に我に返った火車は火炎放射を止めて口を閉じた。
「申し訳ござらぬ、主よ…」
火車は大顔面を下にして再び身体を水平に戻し、心底申し訳なさそうに主である白虎に侘びた。火車の右頬に開けられた穴からはボタボタと血が滴り落ちていた。
「分かればいい。少しヘリから距離を開けろ。」
「承知した」
火車は高速で回転しながら飛行し、白虎の命令通りヘリの居る空域から距離を置いた。
「俺こそ済まなかったな、火車… 平安時代生まれのお前は、あんな武装ヘリと戦った事なんて無いんだからな。」
しゃがみ込んだ白虎が自分の乗った火車の車軸部分を労わる様にポンポンと優しく叩きながら言った。
「ああ、恐れ多い… 過ぎたる労わりの言葉…」
今度は火車の両目から涙が零れ落ちた。
「よし、火車よ。作戦変更だ。お前の身体を、俺が落ちない程度に俺の居る側をヘリに向けて傾けて飛行するんだ。」
「承知致した」
火車は白虎の命令通り、武装ヘリから白虎の身体が見えやすい角度に自分の身体を傾けながら、ヘリの周りを旋回する軌道で飛行した。
しかし、これでは当然の事ながら白虎の身体がヘリから丸見えになる。いったい白虎は何を考えているのか?
「はっはあ! ヤツら気でも狂ったか? これで白トラ野郎に狙いを付けやすくなった!」
カニの王は常に火車の方に機体前方を向けて飛行しながら、再びM197-20㎜機関砲の発射ボタンを押した。
「やめてえーっ!」
ブイィーンッ!
くみの悲鳴など構う事無く、カニの王は無慈悲にボタンを押し続けた。M197の電動三連ガトリング砲身が高速で回転し、フルメタルジャケットの20㎜徹甲弾が容赦なく火車と白虎に向けて発射された。
「オラオラオラオラオラアーッ!」
奇妙な雄叫びを上げながら、白虎は両手に持った魔槍『妖滅丸』を超高速で回転させていた。柄の長さを十数mに伸ばした『妖滅丸』は白虎と火車の身体をスッポリと傘の様に覆って回転し続けた。それはまるでバリアーの様に白虎と火車を砲弾の雨から護り続けた。
ガガガガガガガガガッ!
この距離なら厚さ10㎜の鉄板をも貫通するほどの威力を持つ筈のM197の20㎜機関砲弾が、高速回転する『妖滅丸』の防護壁によって、ことごとく別の方向へと弾き返されていく。その瞬間に火花が散り、発生した煙が火車の周辺に漂った。
「どうだあ? クソッたれ野郎め、蜂の巣になったか?」
楽しそうな声を上げたカニの王はM197の発砲を中止すると、目を大きく開いて火車の方を見た。
「ああ、探偵さん…」
くみは絶望的な声を上げた。
しばらくはM197の砲身が発した熱による陽炎と三連ガトリング砲の銃口から吐き出した硝煙でヘリの前方が霞み、ヘリの操縦席から前方の様子が見えなかった。しばらくすると煙が晴れ、二人の視界に入ったのは…
「げっ!」
「探偵さん!」
二人は同時に驚愕の声を上げた。彼らの前方には、車輪から炎を噴き出して回転しながら静止飛行する火車と、その上にすっくと立つ白虎の姿があったのだ。
「あ、あの槍でM197の20㎜機関砲弾を全て弾き返したっていうのか…?」
カニの王の目は、白虎の右手に握られた『妖滅丸』にくぎ付けになった。あまりにも高速で繰り広げられた前方の光景は、『妖滅丸』が20㎜機関砲弾を弾き返した際に生じた煙に覆われて二人の目には視認出来なかったのだ。
しばらくの間、操縦席に座ったカニの王は目の前の光景が信じられずに、大口を開いて茫然としていた。隣の副操縦席では、白虎の無事な姿を見たくみが感動に震えていた。
『へへへ、まだやるつもりか? もったい無え、弾の無駄遣いだぜ。
いくら撃ったって、俺がこの『妖滅丸』を使って全弾弾き返してやるからな。』
無線を通じて白虎の嘲笑う声を聴いたカニの王は、ようやく茫然自失の状態から立ち直り、歯ぎしりして悔しがった。
「くっそうっ! どうするか見てろ!」
カニの王は短く吠えた後、くみが見ている前で自分の座席の前にある幾つかのスイッチを操作した。
「ヤツに、ミサイルの『サイドワインダー』をぶち込んでやる!」
隣で上ずった声で叫ぶカニの王の声を聞いたくみは仰天した。元々がサイコパスだったカニの王は、すでに平常心を失っていた。
彼は白虎の乗る妖怪『火車』に向けて、ヘリに搭載された空対空ミサイルを発射しようと言うのだった。
カニの王が口にした『サイドワインダー』とは、アメリカ合衆国で開発され現在でも西側諸国で主要武装として使用されている短距離タイプの空対空ミサイルの呼び名で、アメリカ軍で与えられた制式符号は『AIM-9』の事を指す。
『サイドワインダー(ヨコバイガラガラヘビ)』の通称は、発射後のミサイルが独特の蛇行した軌跡を描きながら飛行する様子が由来で名付けられた。そして、もう一つの名前の由来とも言えるのが『サイドワインダー』が標的の発する赤外線を探知して攻撃する事である。これは実際の生物としてのガラガラヘビが獲物や敵の体温を察知して捕食や逃避に利用するのと同じなのだ。
赤外線…つまり、空対空ミサイルの『サイドワインダー』は標的となる敵の航空機等が発する熱を追尾するのだ。
この戦いにおける標的となる相手は、白虎を乗せて飛行する『火車』である。車輪から吹き出す炎で回転しながら飛ぶ『火車』は、赤外線追尾型の空対空ミサイル『サイドワインダー』にとって、これ以上無いほどの格好の標的だと言えた。一度狙いを付けられたら逃げ切る事は不可能に違いなかった。
今、カニの王の目の前にある液晶モニターに『火車』が映し出されている。その画面に緑色の十字型をしたミサイルの照準ポインターが現れ、自動で動きながら『火車』に狙いを付けていく。
「ロックオン!」
機械の合成音声が告げると共に画面上の照準ポインターが緑色から赤へと変化し、赤い文字で「lock on」と表示された。
『サイドワインダー』の照準が白虎の乗った『火車』に定められたのだ。
「いっひひひひ! 今度こそ終わりにしてやる。王様のありがたい『サイドワインダー』を喰らえ!」
「やめてえーっ!」
狂人と化したかのような高笑いを上げたカニの王は、静止を求めて必死に叫ぶくみの声に耳を貸す事も無く、右親指で操縦桿の先に付いた発射ボタンを押した。
バッシューッ!
前方数十mの空域で静止飛行を続けてヘリの様子を窺っていた『火車』に向けて、一基の空対空ミサイル『サイドワインダー』が発射された。
発射されたミサイルは、すぐさま『火車』の放出する炎の熱源を捉え、正確無比に襲いかかって行った。
「ヤバい! 野郎、こっちに向けてミサイル発射しやがった!」
さすがの白虎も身体中の毛を逆立てて叫んだ。
「クソッ! この空の上じゃ逃げ場が無え!」




