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第41話 白虎の危機!! エレベーターの攻防!

「あの不死身のバケモノであるヤツの事だ、エレベーターシャフトをよじ登ってでも僕達を追って来るに違いないぞ。どうすればいい…?」

 上昇するエレベーターキャビンの中で右手に捕らえたくみ(・・)の身体をイヤらしく(まさぐ)りながらも、内心でカニの王は考えていた。

 そして何か思いついたのか、ニヤリと笑みを浮かべた彼は、くみ(・・)の恐怖に震える身体をイヤらしい目つきで見下ろした。

 

 

「いひひひひ、あんなヤツに構ってられるか。僕は忙しいんだよ。」

 上昇中のエレベーターのキャビン内で、嫌がるくみ(・・)を力づくで抱き寄せたカニの王は、顔と言わず首すじと言わず無理矢理に彼女の白い素肌(すはだ)に舌を()わせていた。

「イヤっ! やめて!」

 この世で一番嫌悪する相手からのおぞましい行為に、両手を後ろ手に縛られたくみ(・・)は身をよじらせて必死に抵抗するが圧倒的な怪物の力の前では無力に等しかった。

 くみ(・・)の抵抗する姿が嗜虐(しぎゃく)心をくすぐるらしい。しばらくカニの王はくみ(・・)への嫌がらせを続けていたが、エレベーターの上昇が止まったのを機にイヤらしい行為も中断した。

「さあ、着いた。早く下りるんだよ。このキャビンに乗ったままだとヤツにとどめを刺せないからねw」

 何を言っているのかくみ(・・)には分からなかったが、強制的にエレベーターの外に連れ出された。

「ここは…?」

 そこは浜に面した林の一角だった。目の前には満月に照らされた白浜が広がり、その向こうには(おだ)やかな波の立つ海原(うなばら)が見えていた。そして、さらにくみ(・・)が白浜を見渡すと、探偵と二人で島まで海を航行して来た『ロシナンテ』が駐車されているのが視界の(すみ)に入った。つまり、彼女は地下を移動して島に到着した場所近くまで戻って来た事になる。

 そして、くみ(・・)が海の反対側の陸地側を見回すと、少し離れた場所に林を切り開いた地面にアスファルト舗装がされて造られた200㎡程の広さの区画があり、そこには防水シーツを(かぶ)せられた一機のヘリコプターが駐機されていた。つまり、ここはヘリポートなのだろう。そのヘリの横には駐機場を兼ねた整備工場までが建てられていた。こんな島の中で、これほど立派な設備にお目にかかるとは思っていなかったくみ(・・)は、今の自分が置かれた状況を束の間忘れて驚いていた。

「こんな所にヘリコプターが…?」

 くみ(・・)のつぶやきを聞いたカニ男が、エレベーターの(そば)でゴソゴソと何かの作業をしていた手を止めて振り返った。

「そうさ、ここは孤島なんだよ。陸地との連絡には船以外にヘリも使うんだ。当然じゃないか。」

 カニの王がくみ(・・)を小馬鹿にした様な口調で言った。

 だが、くみ(・・)はそんな自分に対する失礼な物言いよりも、エレベーターの扉を開いたままカニの王がゴソゴソと何かの作業を行なっている事の方が気になった。

「あなた、いったい…何してるの?」

「これかい? 白虎(びゃっこ)は必ず僕達を追ってエレベーターシャフト内をよじ登って来る。そのヤツの頭上にエレベーター・キャビンを落としてやったらどうなるかな…って思ってさw うひひひひ」

 カニの王が左手のハサミをこれ見よがしにチョキチョキと開閉あったするのを見せつけながら楽しそうに言うのを聞いたくみ(・・)()(さお)になった。

 今、エレベーター・キャビンは二人が降りた状態から少し高さを下げられ、キャビンを()り下げて上昇下降させるためのメインロープがカニの王の目の前に()き出しになっていた。もちろん、メインロープは頑丈(がんじょう)な鋼製のワイヤーで作られているので、簡単に切る事などは出来ないだろう。しかし、カニの王の左手のハサミは鋼鉄でも容易(たやす)く切断出来る事をくみ(・・)は知っていた。

 「そ、そんな恐ろしい事やめて!」

 自分の身の危険も(かえり)みず何とかして恐ろしい(たくら)みを阻止(そし)しようと、くみ(・・)無謀(むぼう)にもカニの王の背中に飛びかかった。

「やめなさい!」

 甲高い叫び声を上げながら、縛られたままの両手でくみ(・・)が必死にカニの王の左腕にしがみ付いた。彼女はカニの王がエレベーターへの細工(さいく)に夢中になっている間に、後ろ手に縛られた両手首の間から苦心して何とか自分の両脚を抜いたのだ。だから今、彼女の両手は縛られているとは言え、身体の前面にあった。

 カニの王の恐ろしい行為を何とかして阻止(そし)しようとくみ(・・)は必死だった。まだ手首を縛られたままだが、彼女はカニの王の左腕を必死で押さえようとした

「はっ! 邪魔だ!」

 カニの王は自分の左腕に懸命にしがみ付き、ぶら下がっているくみ(・・)をたった一振りしただけで軽々(かるがる)と振り払った。

「きゃあっ!」

 くみ(・・)の身体は数m離れた白浜の砂の上まで振り飛ばされると、勢い余ってゴロゴロと転がった。

「う、ううっ…」

 白砂に背中から勢いよく着地したため痛みで息が出来ないままのくみ(・・)が見ている前で、今まさに嬉々(きき)とした表情を満面に浮かべたカニの王がエレベーター・キャビンを吊るすメインロープをハサミで切断しようとしていた。

「あばよ、白トラ君! ひゃはははははっ!」

ジョキンッ!

 けたたましい笑い声と共に鋼製のワイヤーロープがカニの王のハサミで切断された途端(とたん)、エレベータの開いた扉から見えていたキャビンが姿を消した。その1tを超す自重で真下へと落下していったのだ。

「ああっ! 探偵さあああーんっ!」

 くみ(・・)が砂の上に(ころ)がったまま絶叫(ぜっきょう)した。

 

 

 

     ********



 

 白虎は今、エレベーター・シャフトのコンクリート壁面に両手両足の鋭い爪を交互に突き立てて壁をよじ登っていた。

 彼は出発点である地下のエレベーター最下層からすでに十数m上となる壁面を登っていた。地上までの高さはビルの高さに換算すると恐らく10階分くらいだろうか。現在の彼がいる位置は頂上までの半分を超えた辺りで、ビルで言うと6階分の高さだろうか。垂直にそそり立つコンクリート壁には(つか)手掛(てがか)りや足掛(あしがか)かりなどほとんど無かった。そんな壁を命綱も無しに両手両足の指先に生えた爪だけを頼りによじ登っているのだ。

 しかし、白虎の壁を登る速度に衰えが見える事は無かった。満月である今夜は、身体中に無尽蔵(むじんぞう)のエネルギーが(みなぎ)っている彼は全く疲れを知らなかった。

「あと少しだ。待ってろよ、くみ(・・)。」

 もどかしそうに呟きながら、白虎が上を見上げた時だった。

ガァーッ!

 何かがすごい勢いで足元を落下していった。

 光の()さない真っ暗なシャフト内にあっても、暗闇を物ともしない白虎の青白く光る目は落下物をハッキリと(とら)えた。それは吊るしていたと思われるワイヤーロープを切断された平べったい直方体の形状をした金属製の重りだった。

「あれは、カウンターウェイト⁉ ちいっ!」

 白虎の口走ったカウンターウェイトとは『釣合おもり』とも呼ばれ、エレベーターキャビンとの釣り合いを取るための重りの事で、この重りを用いる事でキャビンを上下させる駆動系の負荷を少なくする事が出来る。つまり、このカウンターウェイトが落下して行ったという事は、次に落下するのは…

「うおおおっ! キャビンが落ちて来る!」

 もう考えている余裕は無かった。さすがの白虎も一瞬顔が()(さお)になりはしたが、それでも彼は野獣の本能で動いた。その位置で動くのをやめた白虎は右腕を除いた左腕と両脚の爪先を、それまでに無いほどの深さまでコンクリート壁に打ち込んだ。白虎の左腕は手首まで、両脚は足首までコンクリート壁に突き刺さった。そして、残る右腕を指先を広げた状態で頭上に(かか)げた白虎は全身の筋肉に力を込めて衝撃に備えた。

「うおおおおおおおおおおおおーっ!!」

ガッシイイィーッ!

ガガガガガガーッ!

 恐ろしい衝突音がした後も数m落下し続けただろうか、ブレーキ代わりに壁に打ち込んでいた白虎の左腕と両脚がコンクリート壁に垂直に三本の長い溝を穿(うが)った後、ようやくキャビンの落下が止まった。えぐり取られた大量のコンクリートの破片がバラバラと落下していった。

 何と… 驚いた事に白虎は落下して来る1tは優に超えるエレベーターキャビンを右腕一本で受け止め、コンクリート壁に打ち込んだ左腕と両脚の三点をブレーキにする事で、それ以上のキャビンの落下を止めてしまったのだ。

 その衝撃の(すさ)まじさは1tの重量だけにとどまらず、キャビンの重量に重力による加速度が加わる事で数倍にも増したはずだった。それでもまだ生きているのだから、脅威的な身体能力と生命力を備えた怪物としか言いようがなかっただった。

「ぷっはあ… さすがに今のは俺も(あせ)ったぜ。あのカニ野郎、なんちゅう事をしやがるんだ…クソッたれが!

 この俺様じゃなかったら、キャビンに押しつぶされたペラペラの『のしいか』で一巻の終わりになってた所だぜ。いやあ、あぶねえあぶねえ…」

 ため息交じりにボヤいた白虎は、次第に冷静になって来ると自分の窮地(きゅうち)がまだ終わっていない事に気付いた。

「ん? 待てよ。おいおいおい… このキャビン、一体どうしたらいいんだ? このままじゃ身動き取れねえじゃねえか…」

 白虎はエレベーターキャビンの落下を見事に止めた事で、自分の身動きを自ら封じてしまったのだった。

「今の俺… ひょっとして、ヤバいんじゃねえか…?」

 さすがの白虎も万事休すか? カニの王にギブアップして、くみ(・・)を救出を(あきら)めてしまうのか…?

 だが、白虎の表情に諦めの色は少しも浮かんでいなかった。それどころか、不敵な笑みを浮かべていたのだ。この男…気でも狂ってしまったのだろうか?


「…なんてなw

 正義のヒーローは、これしきのピンチに、へこたれやしねえのさ。満月の今回は使わずじまいかと思ってたが、この際そうも言ってられねえみたいだ。秘密兵器を登場させるぜ!

 出て来い! 魔槍(まそう)妖滅丸(ようめつまる)』!」

 白虎が叫ぶと同時に、彼の右耳の穴から何かがポンと飛び出した。飛び出して来たそれは、長さ数mmの小さくて細い棒状のもの(・・)だった。睫毛(まつげ)や鼻毛を少し太くした様な正体不明のその棒は、どう見ても鼻息でも飛ばされそうな存在にしか見えなかった。

「伸びろ、『妖滅丸(ようめつまる)』! このキャビンを持ち上げろ!」

 意味不明の白虎の掛け声と共に『妖滅丸(ようめつまる)』と呼ばれた針の先の様に小さくて細い棒全体が突然青白く(まぶ)しい輝きを発したかと思うと、見る見るうちに巨大化し始めたではないか?

 魔槍(まそう)と呼ばれたその棒が『(やり)』を意味するのなら『妖滅丸(ようめつまる)』は、まさしく槍の如き太さを持つ1m程の長さにまで巨大化した。なるほど、それは確かに一方に鋭い切っ先の槍の穂先(ほさき)を備えた頑丈(がんじょう)そうな()短槍(たんそう)と呼べる代物(しろもの)だった。

 そう思った次の瞬間、再び青白い輝きを発した『妖滅丸(ようめつまる)』の鋭い穂先が、白虎が右腕一本で支えるエレベーターキャビンの底に突き刺さると同時に、もう一方の先端が真っ暗な地下目指(めざ)してぐんぐん伸び始めた。

 十数m以上も下に位置するエレベーターシャフトの最下部に突き当たる音が響くと共に、下の方で火花が散ったのが(かす)かに見て取れた。

「よし、『妖滅丸(ようめつまる)』! そいつをそのまま、上まで持ち上げろ!」

ぐううーん!

 『妖滅丸(ようめつまる)』は白虎の命じるままに伸び続け、1tを越すエレベーターキャビンを軽々と持ち上げていく。地下深くに留めた()の先を(ささ)えとして、槍全体がキャビンを支えたままグングン上まで際限なく伸びていった。

 これではまるで、物語『西遊記(さいゆうき)』に登場する『孫悟空(そんごくう)』が持っていたと言う『如意棒(にょいぼう)』ではないか…

 これが、本来徒手空拳(としゅくうけん)を得意とする獣人白虎が意のままに操る唯一無双の武器、伸縮自在の如意魔槍(にょいまそう)妖滅丸(ようめつまる)』の持つ秘密の一つだった。

 

 

 

     ********




ドドーンッ!

 エレベーターシャフトの真っ暗な穴の下の方から二度目の大きな音が、カニの王とくみ(・・)の耳に衝撃による振動と共に聞こえて来た。

 一度目に二人が聞いた音はメインロープを切断した事により、バランスを取るための釣合い重りの役目を果たしていたカウンターウェイトがエレベーターシャフトの底面にぶち当たった音だろう。二度目に聞こえた今の音こそ、白虎を巻き込んで落下していったエレベーターキャビンが底に激突した音に違いなかった。

 地上にいる二人には、音と振動だけが白虎の無残(むざん)な死を物語っている様に感じ取ったのだった。


「うっ、うううぅ… 何てひどい…

 探偵さんが… エレベーターの下敷きに…」

 砂浜の上に両脚を投げ出し、手首で縛られたままの両手を顔に当てて泣きむせぶくみ(・・)の上に無情とも言えるほどに美しい満月の光が()(そそ)いでいた。

「うひひひひひ… あのウザいヤツも、今度こそスリッパで(たた)(つぶ)されたゴキブリみたいにぺっちゃんこになって死んだだろう。いい気味だ。」

 白虎にとどめを刺したと有頂天(うちょうてん)になったカニの王が、悲しみに泣き(くず)れるくみ(・・)執拗(しつよう)に言葉で(なぶ)っている時だった。


ドッガガガーンッ!!

 地上に突き出したエレベーターシャフトの頂上部を覆い隠していたカモフラージュ用の草木や土砂が、中から突然起こった爆発の様な勢いで空に向かって吹っ飛んだ! そして何という事だろうか、その下から飛び出して来たのは、エレベーターキャビンだった。

 悲しみに沈んでいたくみ(・・)も彼女を甚振(いたぶ)っていたカニの王も、二人同時に心臓が止まらんばかりに驚愕した。


「いやっははあーっ! 囚われの美しい姫君との約束通り! この神獣白虎、魔槍(まそう)妖滅丸(ようめつまる)』と共に只今見参(けんざん)!」

 エレベーターキャビンを持ち上げながら伸びる黒い棒にしっかりと(つか)まり、夜空に響き渡る大音声で呼ばわりながらくみ(・・)とカニの王の前に現れたのは(まぎ)れも無く、白虎その人だった。

「し、信じられない…」

 まるで二人で練習したかの様に、くみ(・・)とカニの王は同時に異口同音に呟いていた。

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