第39話 浄化の青白き光と炎…
モニターに映し出された白虎の身体には夥しい数の小さなカニ達が群がり、そこに立っているのが誰なのか、いや…何だったのかさえ、もう判別も付かなくなっていた。
それはもう、ウジャウジャと蠢く無数の小さなカニ達で出来た人間大の塔にしか見えなかった…
「ああっ! そ、そんな… 探偵さんが… ひどい… う、うううぅ…」
くみはモニターに映し出された白虎の姿を見て呻き声を上げた。喉奥から漏れ出る嗚咽を押さえるために口に手を当てたい所だったが、彼女の両手は後ろ手に縛られていた。それ以上辛くてモニターを見ていられなくなったくみは顔を伏せた。
「おおっと! 顔を上げてヤツの無様な姿をよく見るんだ、くみ!」
素早くのくみの傍に身を寄せたカニの王が、顔を伏せた彼女の髪を右手でむんずと掴んで乱暴に上を向かせ、無理矢理モニター画面に彼女の顔をねじ向けた。
「ほら、目を開けてモニターに映ったヤツの姿をよく見るんだ。見ないと君の両目を僕のハサミでくり抜いちゃうよぅw
ほらほら、見ないと損だよ。僕の可愛い子ガニ達に食われるヤツの憐れな末路をねぇ♪ ひゃひゃひゃひゃ!」
心底楽しそうに笑うカニの王が右手の指を使い、くみの右目をこじ開けた。そして左手のハサミを彼女の震える喉元に突き付ける。くみは白虎の無残な姿を見たくは無かったが、カニの王は許そうとはしなかった。
「ちゃんと見ろつってんだろ!」
くみは固く閉じていた目を開いて見た。それはカニの王に強要されたからでは無く、探偵が地下にまで来た原因は自分に有ったからだ。自分が探偵である千寿に依頼さえしなかったなら、彼がこんな危険な目に遭う事は無かったはずだ。
責任感の強いくみは、自分には探偵の姿を見届ける義務がある…そう思わずにはいられなかったのだ。
「探偵さん、ごめんなさい… 私があなたに仕事を依頼したせいで… 本当にごめんなさい…」
モニターを見つめるくみの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「そうだよ、それでいい。王である僕に逆らったヤツがどんな最期を遂げるのか、王妃となる君はよく見ておくんだ。うひひひひひひ」
カニの王は残虐で不快な笑い声を上げながら勝ち誇ったようにくみの顔を見つめた。すると、悲しみに打ちひしがれながらモニター画面を見つめていたくみの顔が驚きの表情に変わった。
「ん? 何だ?」
くみの表情の変化に不穏なモノを感じ取ったカニの王が、彼女が凝視しているモニターに慌てて自分の目を戻した。
「うおっ! な、何だ、あれは⁉」
モニター画面を見たカニの王が驚愕して叫んだ。
「あ… あれは…?」
この時ばかりは、くみも憎いカニの王と同じ反応を示す驚きの声を上げた。
いったい、モニターに映し出された画面の中に見た二人がモノとは…?
真の闇である地下空間に光など存在しない。指令室にいるカニの王達がモニター上で観ているのは、超高感度な赤外線カメラで捉えられたライブ動画を高性能コンピュータによりノイズ除去や高精細化が施されて構成された鮮明なリアルタイム映像なのだった。しかもさらに驚いた事には赤外線カメラで撮影された映像特有の白黒だけで表現された動画では無く、肉眼で見たのと同じ色彩でコンピューター処理化されてモニター上に映し出されているのだ。
その映像が今、異変を映し出していた。
夥しい数のカニ達の群れに覆い尽くされた白虎の身体が、カニで出来た人間の大きさをした塔と化している事は先に述べた。もちろん、小さなカニ達は止まっている訳では無い。白虎の全身を我先に喰らい尽くそうと絶えず動き回っていた。その様子はカニの塔の表面がザワザワと蠢き続けている事で、なおさら見る者に不気味な印象を与えている訳だが、その密集した無数のカニ達の僅かな隙間から青白い光が漏れ見え始めたのだ。
白虎の身体を埋め尽くしたカニ達の小さな小さな隙間から漏れ出た何条もの細い青白い光の筋が、真っ暗な地下空間に放射線状に走っていた。カニ達の動きと共に、何本もの光の筋はカニの塔の表面を踊る様に動いていく。
それは画面上のノイズや機器の不調などでは無く、実際にカメラに捉えられる物理現象として、現実にカニの塔の内部から青白い光が放出されているのだった。
いや、それだけでは無い… 放出される光と共にカニの塔と化した夥しい数のカニ達の身体から、白い煙が上がり始めていた。
「あ、青白い光と一緒に、カニの塔から煙が…?」
映像に見入っていたくみが驚きの声を上げた。
「何だ⁉ いったい、何が起こっている…?」
カニの王も呆然とした表情で口走った。何が起こっているか分からないのは当然なのだが、カニの王は自分の背筋を不快な何かが這い回る様なイヤな感覚を味わっていた。
「あの光… 私、見た事がある! 怪物化したパパの身体を焼いた光と同じだわ!
そうよ! 探偵さんを覆ったカニ達が、魔物を焼く清浄な光で内側から焼かれているんだわ!」
くみの上げた声には驚きでは無く、歓喜の響きが溢れていた。
「そ、そんなバカなっ⁉ 僕の子ガニ達まで⁉」
くみとは逆に、カニの王が上げた叫びは恐怖に満ちていた。彼とて、自分が怪物化させたくみの父親が、青白い輝きを発する白虎の牙と爪によって消滅し去った事実を忘れた訳では無かった。
自分の分身とも言える存在だったくみの父親を消し去る事の出来る青白い光…カメラを通したモニター越しでも、カニの塔の内側から発する光が次第に輝きを増していく事がはっきりと分かった。
そして、カニの塔を構成していたカニ達が輝きを増していく光に焼かれ白い煙と共に蒸発していく光景までが、高精細な映像としてにモニター上にハッキリと映し出されていた。
「ああっ⁉ あれはっ?」
くみが悲鳴の様な甲高い声を上げた。
彼女が悲鳴を上げたのも無理は無かった。モニター上には、さらに驚くべき光景が映し出されていたのだ。
「うっ!」
カニの王は息を呑んだだけで声を上げる事も出来ない様子だった。
彼らをそれほど驚かせた光景とは、崩壊しつつあるカニの塔の上部…つまり白虎の頭部に当たる部分から勢いよく青白い炎が噴出し始めたのだ。それは色こそ光と同じで青白かったが、火炎放射器が発する炎のように激しく噴出し続けている。その青白い炎の周辺はカニ達が焼かれ、内部に閉じ込めらていた白虎の頭部が現れていた。
業火のような青白い炎は、その白虎が大きく開いた口から吐き出されているのだ。白虎は身体全体から青白光を放ちながら、口からは青白い炎を穿き続けた。
ついさっきまで真の闇に包まれていた地下空間全体が、青白い輝きで隅々まで照らし出されていた。
すでに白虎の身体を覆っていたカニ達は全て青白い光に焼かれて消滅していた。それとともに白虎が全身から発していた青白い光は輝きを減じていく。ただ、口から放射し続ける炎はさらに勢いを増していく。
白虎が身体と頭の向きを変えながら、地下空間の床や壁、天井などを口から吐き出し続ける青白い炎の火炎放射で全て舐める様に焼いていく。彼は部屋中を埋め尽くしていた膨大な量のカニ達全てを焼き尽くすつもりの様だ。
「すごい… 綺麗な炎が忌まわしいカニ達を焼いていく…」
くみの感動を込めた声でつぶやいた。確かにそれは感動的な光景だった。
白虎はカニ達だけを焼いているのではなく、カニ達が食っていた憐れな犠牲者達の遺体までを青白い炎で浄化しようとしているのだ。
数分後…
白虎が火炎放射を止めた地下空間は再び暗さを取り戻していた。不思議な事に、映像を映し出していたカメラは炎の影響を受けてはいない様子だった。まるで、あの激しい炎は夥しい数のカニ達と遺体だけを焼くためだけに吐き出されたみたいに、カメラの様な電子機器そのものには何の影響も与えてはいなかったのだ。それが証拠に、ポツリと一人たたずむ白虎の姿をしっかりと捉えてハッキリ映し出していた。
人間の姿に戻った彼は両手を合わせて合掌し、何かを拝むような姿勢を取っていた。
「きっと探偵さんは、自分が浄化した犠牲者達を弔っているんだわ。彼らの冥福を祈ってあげているのよ。」
そうつぶやいたくみの目からは、感動の涙がポロポロとこぼれていた。
「そうよ… あんなに優しい探偵さんの正体が恐ろしい獣人なんかのはずが無いわ。あの人は神の使い、神獣なんだわ!」
くみは自分の言葉に確信を込める様に力強く言った。
ギリギリギリ…
突然聞こえて来たのが何の音かと、くみは音のした方を見た。それはカニの王が悔しそうに噛みしめる口が発した歯ぎしりの音だった。言葉も無く歯ぎしりするだけの彼の身体はブルブルと震えていた。
モニターに映し出されていた探偵が拝んでいた姿勢を解き、ゆっくりとカメラの方に身体を向けると、彼は突き出した右手の人差し指を自分を映すカメラに真っ直ぐに向けた。
そして、ニヤッと笑うと彼は言った。
「待ってろよ、すぐに行くからな。」
彼は絶対に来る…
くみは何の疑いも持たずに信じた。




