おいてけぼりの錬金術師③
「さて、エルフの皆々様にお集まりいただいたのには理由があります」
イドの故郷に戻りイアンナを愛でた後、里長に話を持っていく。
里長は涙しながら頷いたので、問題はないという判断。
里長としても、手ごわい相手との戦いを求めていたかららしい。先日の招兵の時も参加できなかったことを何度も何度もグチグチグチグチ言ってきてたので、ある意味意趣返しができたとも言える。
ガヤガヤと騒がしいエルフ達から注目を浴びつつ、次の言葉を紡ぐ。
「オレは個人でダンジョンを管理している。そこをエルフ達に解放しようと思っている」
「「「 うおおおおおおおおおおおお!! 」」」
「ダンジョンだ!」
「戦いだ!」
「祭りだ!」
「ライトロード万歳!」
「流石イドリアルの旦那だぜ!」
もっとうるさくなった。
次を話そうとしても進まない。
困った顔で里長に視線を送ると、彼は肩をすくめるだけだ。
なかなか収まらないので、彼は手を軽く振ってオレに魔法をかけてくれた。
「これから言う注意事項を守る事が条件だ。里長とも話し合ったし、里長からも条件をだされた。その上で合意したエルフだけが使えるダンジョンという事にする」
かけてくれたのは声の拡張魔法だ。全体を通して声が通るようになる。
「まず里のというか世界樹の守りが第一なのは言うまでもないだろう。だから里からダンジョンに行ける人数を制限する。これはすべての里に順守してもらう」
オレは約束事を書いた紙を手に、それを読み上げる。
「当然だな」
「ああ。世界樹の守りが一番のお役目だ」
世界樹自体が途方もない魔力の塊であり、その大きさも巨大だ。
エルフの里はその下にある為、年がら年中夜の様に薄暗い。まあ世界樹の葉の一部がキラキラ光っているので、作物が育たないという訳ではないが。
「次にダンジョンには単独で突入しないこと、最低でも5人。出来ればそれ以上の人員でパーティを組んで突入すること」
一人では何かあった時に対応できないからだ。
ダンジョンである以上、死傷者はどうしても出てしまう。だが単独行動をさせない事を約束させれば被害は抑えられるはずだ。
ダンジョン内でパーティがバラけて行動する可能性もあるが、それで死傷者が出ても約束を守らない人間まで守る必要はない。
「次に指定階層を決めた上でダンジョンに入る事。また、ダンジョン内に突入する際にそれをダンジョンの管理を行う担当者に提出する事」
これはダンジョン計画書と呼ぶことにした。どのくらいの階層にどのくらいの日程入っているか、それを前もって計画を立てた上でダンジョン内に入る事。
これはいつまでも戻ってこないエルフが発生した時に、救出を出すか出さないかの目安にするためだ。
「戦闘に関してはこの世界でエルフの上をいくものはいないと、オレは確信している。計画書通りに行動できず、同胞に救出されるような間抜けが出ない事を祈る」
「それは自己責任では?」
「自己責任だ。なので救出隊が結成されるような同胞には1年間のダンジョン立ち入りの禁止をペナルティとする。戦闘時に味方の足を引っ張る人間に罰が必要だろう?」
「「「 確かに 」」」
里長も同意してくれた事だ。同胞に戦いの場を用意するのは喜ばしい事だし、その戦いの場で命を落とすのも仕方のない事だと。ただ彼らが命をかけるべき戦いは世界樹の防衛時の戦いであり、ダンジョンアタックの時ではない。
「そして70歳以下のエルフはダンジョンへの立ち入りは不可。100歳以下のエルフだけでダンジョンに入るのも禁止だ。半数は100歳以上のエルフの同伴を必要する事とする」
「「「 ええー 」」」
この不満があがるのは子供達だ。
しかし子供に無茶はさせられない。仕方ない事だと思う。
「今後問題が起きるようなら更に約束事を増やすと思うので、注意して使うようにしてくれ。ダンジョンは腕試しの場、そして腕を磨く場であって、命を賭けて戦う場所ではないと心に止めておいてほしい」
「「「 おう! 」」」
それともう一つ言う事がある。
「これまで世界樹の里では手に入らなかった素材や食材なんかも入手できるよう。そうなると、それらを使った武具や料理も注目を浴びる。それらの品の依頼等も出るようになるだろう」
ダンジョン、というよりも戦いの場を求めていたエルフ達がうずうずと体を震わせている。
彼らは強すぎて敵があまりいない。
魔王軍の時もその物量と一部の強い悪魔によって押されていた面があったが、この世界最高戦力はエルフなのである。
彼らは世界樹を守り、世界樹の恩恵によって本当のエルフになれるらしい。詳しいシステムはわからないが。
そんな世界樹の力の源である天界へのダンジョンと冥界へのダンジョン。それらをエルフ達が攻略することはない。
世界樹の一部であり、それらがないと世界樹の力が衰えてしまうからだ。
「近日中に受付窓口のついた入り口を作成しよう。そうなったらそのダンジョンで存分に力を振るって欲しい。まあ完全攻略だけはしないようにしてくれればいい」
先日オレ達の屋敷を作ってくれたドワーフ達に依頼を掛けておいた。彼らには冒険者ギルドのような施設を作って貰うつもりだ。
そしてダンジョンの管理も冒険者ギルドを模倣するつもりである。
「ついでにオレからの依頼品も持ってきてくれ、いくつか欲しい物があるんだ。ダンジョンに潜る際には頼む」
「「「 うおおおおおおおおおおおお!! 」」」
過去最高クラスのエルフの雄たけびが聞こえてきた。
その勢いに思わずたじろいでしまう。
とにかくこれでエルフ達の戦力をあてに、湖のダンジョンの魔物の素材の回収ができるようになる。
今までイドや栞達に頼んでいた素材集めが加速度的にあがるだろう。
消耗品関係の作成はジジイに頼んだし、あとは世界の壁に開けた穴の拡大と維持が研究のテーマになりそうだ。
「探知魔法起動するよー」
「頼む」
勇者召喚の魔法陣の中に含まれていた勇者の素質を持ってる人間を探す術式。
これは有用なものである。
ただ、ジジイがその魔法陣を見た時に気付いたのだ。
『栞の方が優秀じゃね?』
た、確かに!
ということでジジイの作成した魔力液をエネルギー源に、オレが改造した空間歪曲装置を使って空間に穴を開け、そこの穴へ栞の探知魔法を放っているところである。
「むーん、反応ないなぁ」
「まあ仕方ないさ。世界の壁の内側から別の世界を調べようとしているんだから、すぐに見つかるとは思っていないよ」
椅子に座り、頭にコードのついたヘルメットをかぶった栞が足を組んで唸っている。
空間歪曲装置、と正式に呼ぶようになったこの装置のおかげで、時間的に言うと大体10分程度の時間、穴を開ける事ができるようになった。
大きさはノートパソコンの画面サイズくらいだから人が出入りできるような代物ではない。
その穴にリレーのバトンのような形の探知魔法の無線受信装置を何個も放出。
その受信装置をこの世界の外にたくさん放出して、それらを経由して栞の探知魔法の探索範囲をどんどん広げていっている。
もっとも、砂漠に落とした米粒を探す様な作業だとオレは思っている。
「みんなが使っていた装備から魔力の波長を探してはいるんだけど」
「元の世界に戻った際に、女神クリア様の加護がなくなっているらしいからな。元々みんなが持っていた魔力は大きくないだろうから……」
「カイカイあたりなら魔力をもう一度そだてるんだーとか言いそうなんだけどね」
「実際にやってるだろうな……」
ただ、あれはクリア様から加護を貰っていたからこそ手に入れた力だ。
オレや栞、エイミーもクリア様の加護が未だにあるからここまでの能力を手に入れている、それが一般の人間レベルまで下がっているんだ。簡単に見つかるとは思っていない。
「むーん、もっと出力あげない?」
「危ないからあげない」
「大丈夫だって」
「だーめ」
探知魔法とはいえ、ここまで広範囲を調べるとなると大量の魔力を消費する。
しかも情報収集の魔法は、その情報がダイレクトに脳へ伝わるらしいのだ。危険極まりない。
大丈夫からと文句をいう栞の前にオレは腰を落として、その手を握る。
「本当に危ないんだ。無理はさせたくないからさ」
「……うん、わかった」
それでも難しい顔をしながら、栞は瞳を閉じて一息。
集中している。
この作業を開始して、もう3日目だ。
探知魔法の中継地点もいくつ放出したか分からない。可能な限り範囲に広げるべく、ロケットみたいなのに取り付けて射出したりもした。
ただ、この異世界どうしの広さがどれだけ離れているのか。
そもそも物理的な広さで調べる事が可能なのかがまだ確証を得ていない。
不特定多数の魔力を感じ取る事ができていると、栞が言ってくれたので彼女に仕事を任せ続けている。
「ん、ん? あれ?」
「どした。何かわかったか?」
「んー、と。なんだろう……」
栞がじっとオレを見つめる。
「何?」
「みんなの気配は感じられないけど……」
歯切れの悪い、栞。
「あのね、みっちーを、感じるんだ」
「はい?」




