旧校舎の怪談
次の日。ほとんどと言っていいほど眠れなかった僕は、毎日のように来る三嶋さんへの対応が荒くなってないか心配だった。
確かにやかましい部分もあるが、静かすぎるのも退屈なくらい。
それにだって、不機嫌になると悪戯っ子に変化するから。
「ふわぁ〜……ん〜、眠い」
「ユキちゃんが欠伸なんて珍し……まさか!? そ、そそそんなことなんて!? 私を置いていかないでおくれよー!」
「……なんの話?」
「惚けないで! 他の女の子のこと考えてたんでしょ!?」
「それは────」
ない、と完全なる否定にはならなかった。
ましてや否定しまえばいいのに言葉が出なかった。
──────遡ること二時間前。
樹はというと僕が少し眠っていた間に書き置きを残して、居なくなっていた。
『先に行っている。────P.S.後で話を聞く』
……とはいえ、散々僕が騒いでいたのにも関わらず気づかなかったなんて後で覚えてろ樹。
「千乃、怒ってる?」
「怒ってる……うん、たぶん怒ってる」
見知らぬ女の子に怒鳴り声を上げるほどストレスが溜まっているわけでも、血圧が上がっているわけでもない。
「それよりも、何で君は僕の家にいるの?」
「どうして?」
「……聞き方が悪かったかな。どうして、知らない男の家に上がり込んでるの? しかも初対面の」
「えっ?」
「えっ? って……」
────まさか、昨日の夜の音は……この女の子?
俄には信じ難い。それ以上に情報が少ない上での確信は身を滅ぼしかねない、ってある人から言われてる。
それにそもそも、僕の名前を何故知っているのかだけど。
「千乃? どうしたの? お腹空いた?」
「……なんでもない」
「わかった」
どこか掴めない空気を触っている気分だ。
能天気、天然……ふわふわしてるというよりはミステリアスのほうが似合う。
突然現れた相手に名前を呼ばれて戸惑うほど僕もまだ幼いってことなのかな。
「とりあえず、僕は学校に行かないといけないから。適当に冷蔵庫にあるもの食べて……僕が帰るまで家から出ないで。万が一何かあったら……あと君の名前は?」
「……那月」
「那月、さんね。じゃあ僕は学校行くから」
学校のカバンを手に玄関のドアノブを左手で引こうとすると不意に袖をグイッと掴まれる。
振り返ると何か言いたそうな顔の那月さんの姿。
「ど、どうしたの?」
「さん、はいらない。那月でいい」
「そ、そうなんだ……わかった」
正直言ってまだ安心などしていなかった。
昨日の今日ということもある。
そんな初対面な相手と名前を呼び合うのは些かなものか。
「千乃、大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
「あとこれ、忘れ物」
僕の左手に握らせるように渡してきたのは、黒い携帯。
落とし主からの電話かと思ったが、違ったみたいだから放課後交番に……でも、勘違いされたらごめん被る。
とりあえずカバンの中に入れておこう。
「行ってらっしゃい、千乃」
「……行ってきます、那月」
何者なのかわからない。
ただ微笑む那月の姿にまだまだ疑いは晴れない。
────だけど、不思議と心地良い響きのように頭の中で木霊する。
『今宵、あなたは運命の人に出会うでしょう』
あの手紙の内容が本当なら────。
……ない。絶対ない。吊り橋効果もいいところだ。
────そして、今に至る。
「どんな子? どんな女の子なの!?」
「い、いや、好きってわけじゃ……」
「えっ? ……もしかしてまだ話しかけてすらいないわけ?」
「一応、話はするよ。でも……」
あまり公言することではないと思った。
那月という女の子と昨日の夜の出来事。
ちゃんと信憑性がなければ誰も信じないのだから。
♢
放課後。隣のクラスにいる樹に昨日の音のことを一部伏せて話した。
すると樹は場所を変えようと図書室へ向かった。
「その話が本当なら、たぶん『うんめーさん』かもしれないな」
「はぁ? どういうこと?」
「昨日、同級生の話をしたろ? 実はな……その次の日、旧校舎で見つかったんだよ。しかも、酷く衰弱した状態で全身何かに噛まれた跡があったらしいんだ」
噛まれた、跡? それがなんの関係が?
「ネズミとかそういう類じゃない……どこか人の噛み跡に似てるらしくて、遅れてたらまずかったなんて」
人の……!? 旧校舎は一年生しか使わなくなっているが、それ以外は閉鎖されてるはず。
話を進めていくと見つかったのはその同級生以外にもいたらしいが……どれも、骨しか残ってなかった。そう、樹は語った。
「で、みんな共通してんのが白い手紙を貰ってるらしいんだよ」
「……つまり、『うんめーさん』だと」
コクリと頷く樹に言葉が詰まった。
それが本当だとしたら、僕は手紙を受け取ってしまってることになる。
「その『うんめーさん』について何かないか?」
「何かねー、うーん……強いて言うならあの話くらいか」
「あの話?」
「これは、あくまでも噂話なんだが……」
旧校舎と新校舎に分けられる何十年も前……失踪事件が相次いで起きたんだ。
しかも、狙われたのは二年生の女子だけ。
当時は今ほど医療機器も揃ってなかったから犯人を見つけられなかったらしくて、犯人の痕跡すらわからなかったらしい。
けど、一つだけ共通してる部分があったんだ。
────────全員、手紙を貰ってるんだよ。
「……なるほどねぇ」
「僕も狙われているわけか」
「うん……って誰!?」
いつの間にか隣で話を聞いていた三嶋さん。
チラッと見えた図書室の机に勉強道具が置いてありしかも、プリントが二、三枚ちらほら伺えた。
「ユキちゃんが面白い話してたから、つい」
「面白い話じゃない。僕の命に関わる問題だよ」
「えっ!?」
「お前……なんでそのこと言わなかった」
樹……オカルト好きな君がそこまで熱い目を。
「こんな可愛い子なら紹介してくれよ!」
「ダメじゃん……はぁ」
落ち着かない二人をなんとか宥めるのにとても時間がかかってしまった。