手紙・後編
────約束よ、ユキ
優しくて、暖かくて。
学校のテストで一番を取ったときも。
徒競走で一番を取ったときも。
怪我をして泣いたときも、お姉ちゃんが撫でてくれた。
とても嬉しくて、心がぽかぽか暖かいもので包まれていって……なのに……。
なんで居なくなっちゃったの、お姉ちゃん。
♢
午後十一時。テーブルを挟んで相向かいにある一人用のソファーでどうやら寝ていたらしい。
樹も反対側のソファーに寝転がるように眠ってしまったらしく気持ち良さそうに寝ている。
「こんなところで寝たら、風邪引くよ?」
二階にある自分の部屋から持ってきた毛布を寝ている樹の肩にかける。
さて、僕もお風呂に入って寝よう……ん?
……着信音? 僕のスマホはカバンの中で電源を切っているし、樹の中でもなければ────否。
少し違和感を感じたものがあった。
クマのぬいぐるみ。現在はテーブルの上に座っている体勢でこちらと目が合う。……まさかね。
恐る恐るクマのぬいぐるみを持ち上げてみると、初めて触ったときに感じた重みと同様に微かにバイブレーションに似た振動が伝わってくる。
────気のせいだとしても、この際だからはっきりとしておこう。
クマのぬいぐるみの周囲を探っていると背中のファスナーに気づいた。
ゆっくりと上から下へ降ろしていくと、中には綿毛がびっしりと詰められているのに対して薄らと光を放っている黒いものがあった。
その中身をゆっくり指先から掴み引き抜いてみると、それは所謂ガラケーという折り畳み式の黒い携帯。
見た目は少し汚れていて所々錆びていて、誰からなのか見てみると非通知と表示されている。
プルルルッ、プルルルッ!
なぜクマのぬいぐるみなのか? 疑問と不審が残る。
このまま放置しても────。
プルルルッ、プルルルッ!
────だが、未だに携帯のバイブレーションは止まらない。むしろ……出るまで鳴らし続けられる気がする。
電話に出てみる? そのままにする?
もしかしたら、間違い電話の可能性だってあるわけだから。
応答ボタンを押してゆっくりと右耳に当てる。
「も、もしもし……」
ザザザッ、ザザーッ────
聞こえてきたのは波に似たノイズ音。
暫く待っても出ないようなら、切ってしまおう。
そう思っていざ電話を切ろうとした刹那、遠くから人の声が聞こえてきた。
微かに聞こえるその声に耳を澄ませると…………
『────助けて、たすけて、たすけっ────』
ツー、ツー、ツー、ツー……
酷く怯えていた声だけが脳裏に響く。
声の相手もわからない。わかるのは「助けて」という男らしき声。
それにもしかしたら、このぬいぐるみを渡した人は僕を知っている人物で、さっきの声の人は今────。
「そ、そんなこと、ない……はず……なのに」
────でも、それを断言できるの?
では、誰がこのぬいぐるみを? 何の意味で?
────ピンポーン!
反射的に身体が跳ねる。心臓が飛び出してしまいそうになるほどドキドキと心音を上げていく。
額から滲み出てくる汗と足元から次第に冷えてきて、冷たい空気が背中を撫でる。
真正面の樹は眠ったまま。インターホンには気付いている様子はない。
このまま無視して過ごすか? 応答するか?
ピンポーン! ピンポーン!
二回続けて響くインターホン。肝心なときに眠っている樹に対して半ば怒りを覚えるも、大半が未知の恐怖に埋め尽くされていく。
「ね、ねぇ、樹、起きて、起きてよ!」
何度揺さぶっても反応がない樹。
行くしかない、のかな。
心臓の音が耳元で聞こえるんじゃないか、と思うほどドキンッドキンッ! と響いていてそのせいか呼吸も荒くなっている。
震える膝をなんとか支えながら玄関まで辿り着く。
なんとか左手でドアノブの鍵に触れようと伸ばす。
ガシャンガシャン! ガシャンガシャン!
「ひいっ!?」
玄関の扉をこじ開けようとドアノブを左右に回しては前後に揺さぶる。
物凄い形相で、揺さぶられるその度に玄関の扉が悲鳴を上げる。
最早、腰から力が抜けてしまい立ち上がる気力すらない。
「た、たたた助けて! たすけて、たすけてよ! ねぇ、樹! 聞こえないの!? 起きてよっ!!」
返答は当然あるわけもなかった。
ましてや、慌てて駆け寄ってくる足音も響かない。
ガシャンガシャン! ガシャンガシャ……ガチャ
開いた? 今、開いた音がした?
ギィッ……とゆっくり開かれる扉に一歩も動けない身体。
目元から溢れてくる涙、もがくように空振る足に力は入らない。
迫りくる恐怖の何かに目線も逸らせない。
お願い、お願い、お願いお願いお願い!!
扉が開いた刹那、青白い光に包まれて────
♢
……の…………き、の…………
だ、れ……な、の…………?
……お……き…………や……く……
ゆっくりと瞼を開いていくと、次第に視界がクリアになる。
目線の先には僕の右手を誰かの右手が握っていて、上へと目線を上げていくと知らない顔があった。
頰に触れる毛先はサラサラで透き通るような白い肌色、アメジストに似た紫苑色の瞳をまじまじと見つめてしまう。
表情は影になっていてよく見えないはずなのに、僕にはその表情が悲しそうに見えた。
「……千乃、大丈夫?」
「……ぇ?」
「大丈夫なの? 熱とか、ないよね?」
だんだんと顔が近づいてきて……うわぁぁぁ!?
「だ、大丈夫だから!」
「ホント? あまり無茶はダメだからね」
はぁ、はぁ、別の意味でドキドキ……っ!?
そういえばさっきのは!?
「──鍵が、閉まってる」
あの物凄い音やインターホンの音がまるで夢だったかのように、平然と立ち塞いでいる玄関の扉。
理由や真相はともかくとして、何事もなかったというのは不幸中の幸い。
けど、この女の子は一体……誰なんだ?




