手紙・前編
キーンコーン、カーンコーン
放課後のチャイムが鳴り響く。
部活動に向かう人、勉学に励む人、そのまま帰路に沿って行く人。僕はその三番目である。
カバンを持って教室の扉を潜っていくと突如、背後からのしかかるように重たくなった。
「ユキちゃん、私は今とてもピンチです」
「……また補習?」
「……イェース、ザッツライトだよ」
はぁ、と何度目かのため息。
三嶋さんのほうに振り向くといつも通りのニコニコ笑顔を浮かべている。
「……ちなみに何の教科ですか?」
「えへへっ……数学と化学と……」
図書室へ行く用事ができてしまった僕は終始、笑っている三嶋さんにまたため息を吐いた。
♢
午後六時頃、部活動帰りの生徒が帰るときに勉強は終わった。
お互いに帰る道は違うため電車登校の三嶋さんは急いで走り去ってしまった。その元気をどうして勉強に当てないのか不明である。
図書室は玄関から見て左奥のためそんな遠くない。
ゆっくりとした足取りで下駄箱までの道のりを歩いていく。
「もう誰もいないのかな……?」
階段の前から左右を見渡すが、人がいる気配もない。
(……さっさと帰って早めに寝ようかな)
下駄箱を開けると中からひらりと何かが床に落ちた。
屈んでそれを拾い上げると一通の手紙だった。
差出人は……不明。ホコリが被ってないことからまだそんなに時間はかかってない。
「……開けてみよう」
封を開けると、
『今宵、あなたは運命の人に出会うでしょう』
そのたった一文だけが書かれていて他には何も書かれてなどいなかった。どこぞの悪戯か、新しいいじめか。
いずれにしろ、こんな手紙を誰かが入れたのは間違いない。
「……帰ろう」
なんだかやけに肌寒く感じる。
誰かに見られている感覚に近い……何かだ。
手紙をポケットに突っ込んでそのまま早足で自宅へと帰っていった。
♢
制服のままエプロンをかけて夕飯の支度をする。
一人だけの家でそんなに食べないため、軽い料理しか作らない。……鮭のムニエルにしようかな。
ピンポーン!
不意に家のインターホンが鳴った。
時刻は七時半。訪問セールスが来るわけでもないこんな夜、ご近所の回覧板か何かか。
ドアスコープで外の様子を覗いてみると、誰かの手によって持ち上げられているクマのぬいぐるみだった。
「……どちらさまですか?」
「私、森のクマさん! ちょっと家を追い出されてしまったの!」
クマが流暢に話せるわけがない。
しかも、家を追い出されたって森からか?
大体こんなことを考えるのはあいつしかいない。
「また追い出されたの? 樹」
「そうなんだよ! 人が六時過ぎたからって締め出すなんてあり得なくない!?」
「とにかく外で騒がれるのは面倒だから入って」
ドアの鍵を開けるや否やスタスタと入ってきた。
うちと同じ学校の制服で僕より十センチ上の身長、体格差があるため間近だと高く見える。
「千乃〜、聞いてくれよ〜」
若干のボサボサな頭にやや吊り目の瞳の男。
隣の2年B組にいる腐れ縁、神崎樹。
両親は共に教師で将来的に後を追って欲しいためか日頃から厳しく、塾以外で門限を過ぎると追い出されるらしく……なので毎回、僕の家に来る。
「はぁ、今度は何してて遅れたの?」
「ふふん、聞いて驚けよ……ついにあの噂が本当だって証明できたんだ!」
ちなみに樹が毎回、追い出される理由はほとんどオカルト関係である。
親には内緒でグッズやらおまじないなど非科学的なことを探しては証明して見せたいなど。
僕も幼い頃、付き合わされた。強引に。
「あの噂って?」
「知らないのか? 『うんめーさん』だよ」
「……ああ〜、それか」
「知ってるなら話が早い! 同級生のやつがもらったんだよ」
クマのぬいぐるみを僕の方に正面で座らせる樹。
できればテーブルの上に置いて欲しくないのだが。
とりあえずご飯炊けてるか見ないと。
「でな、内容は忘れたんだけど確か……白い手紙で本人の身に起きることを予言してくれたそうなんだ」
「予言ねぇ〜」
「……ん? あれ、でもあいつ……あの時すごい怯えてたんだよ。なんかまたもらったって」
「ラブレターとかと間違えたんじゃない?」
「いやいや、それは本人は絶対ないって。そしたら、いきなり手紙を破かれてよ……惜しいことされた」
もらった本人にしかわからない内容だったのかもしれないし、そこは不明だがあまり深く考えないでおこう。
「……ん? そういえば」
ポケットの中に……あった。
「手紙って、これ?」
「そうそう、そんな風な手紙……手紙っ!?」
獲物を捕らえた猫のような素早さで手から奪い取るとものすごい勢いで肩を掴まれた。
「いつもらった!? 教えてくれよ〜!」
「放課後だよ。下駄箱開けたら入ってた」
「マジか!? 俺も欲しかったなぁ」
アイドルを追いかけるファン並に顔が崩れているように見える樹。
「そんな欲しかったならあげるよ?」
「いや! 俺は俺自身でもらう!」
「……そうか。わかった。そろそろ、夕飯を並べたいから、ぬいぐるみをどかしてくれ」
「あとな、このクマのぬいぐるみはお前にだよ」
「本気? 僕、そういう趣味ないよ?」
「違う違う! お前に渡してくれってさっき」
テーブルの方に足を運んでヒョイっとクマのぬいぐるみを持ち上げる。
……普通のぬいぐるみにしては重たいな。
「それよりさ、お腹空いたぜ」
「はぁ、わかったから。少しぐらい手伝ってくれ」
「おうよ!」
少々、炊きすぎてしまったご飯をペロリと平らげる樹を横目に僕はクマのぬいぐるみを眺めた。