夏休み
七月下旬。あの事件以来、左足首の怪我が未だ治らないでいる。
捻挫にも等しいこの怪我は骨まで行っていれば危うい状態だったかもしれない。
そんなこともあり最寄りの病院へはさすがに時間もかかるため、電車で行くことに。
服装は青いセーラー服に白いリボン、お馴染みの黒のストッキングを履いて。
那月は終始、心配していたけど真冬さんに止められた。
♢
あの無人駅から乗って二つ目の駅で降りる。
この二つ目の駅は有人ということもあり購買やコンビニがあって、北口と南口に分かれている。
最寄りの病院は南口へ真っ直ぐ進み、左手の曲がり角を進む。二つ目の横断歩道をさらに渡る。
そこから左へ歩いて五分の先に見えてきた『真水診療所』と書かれた看板。
スライドドアの入り口を通り、壁に飾られた時計を確認すると偶然にも予約した時間ぴったり。
「すみません、予約した久遠ですが」
「はい。少々お待ちください。先に保険証と診察券をお預かりします」
「お願いします」
診察券と保険証を渡して、受付の人から返却されるとそのまま右のスライドドアを通る。
診察室は左の二つある扉のスライドドア近くにあって近くの椅子が待合所になる。
────あれ? 今回は人がいる。
実を言うとこの『真水診療所』は滅多に混まないことで有名らしく、夕方か土日でない限り受診する人はあまりいない。
そのためゆっくり来たのだけど。
僕の学校の制服と同じ……見た感じとしては、三年生?
なんというかスラっとしていて、背筋も伸ばしているカッコいい印象を受ける。
「初めまして、になるかな。そんな驚かないで欲しい、年下と話すのには慣れていなくて」
「なるほど?」
「私は君と同じ学校に通う生徒会長をしている者だ、表舞台には立たない雑用係みたいなものさ。夏休みということもあって、とある噂を探している」
「噂、ですか?」
「あぁ、この町で最近また噂になってきているもので……『黒兎』というのをご存知かい?」
そういう種類の兎がいるのは知っている。
この町で誰かが放し飼いでもしている、もしくは逃げ出したペットか。
「いや、わかりませんね」
「『黒兎』というのはこの町に実在した医者の異名さ。知らないなら、それでいい」
その医者に対しての異名だけなら、知っている人間だけに留まるはずだけど。
この町となると、相当のことをした人に違いない。
「好かれていなかったんですか?」
「あまりね。馴染めなかった、なんて生易しい世界じゃない……なんせ」
トントンッ ガチャリ!
「久遠さん、久遠千乃さ〜ん。診察室へどうぞ」
「すみません、話の途中で。失礼します」
「気にしないでくれ。それと……左足首。早く治ることを祈るよ」
約三十分後。無事、新しい包帯に巻き直してもらったはいいけれどあと何回通うことやら。
運動はできないけど、多少は身体を動かしたい。
『真水診療所』を出ると、少し大きめのコンビニ袋を手にぶら下げたさっきの生徒会長が入り口前で立っていた。
「やあ、少しお茶でも飲まないかな?」
現在の時間が十一時半、次の電車は十二時半。
待ち時間ということもあって、バス停近くのベンチに腰掛ける。
「緑茶でよかったかな。個人的に炭酸飲料水は好まないから買わないんだ。もしかして、ブラックコーヒーとかがよかった?」
「いえ、緑茶で大丈夫です。コーヒーは飲めないので」
「……可愛いね。君、男でもこんな可愛いお人形さんみたいな子は初めてだ」
「よく初見で僕が男だって、わかりましたね。それに診察室前で待っているときも」
『左足首、早く治ることを祈るよ』
男だとわかったのもそう、さっきの怪我をしている部分なんてわからないはずなのに。
「そうだね……男と女の違いは肩から胸にかけての左右、胴体が狭いほうが女で逆に広いほうが男。これはあくまでも私の考えだ、気にしないで欲しい。左足首の件は、自然としているようで立ち上がり方、歩き方共に庇っているように見えた……それと」
「それと?」
「先も言った通り、お人形のように細く白い生足を隠す黒のストッキング。ぴっちりというわけでもなく緩すぎず……ちょっと、いいところに行かない?」
「……怒りますよ?」
「おっと、怖い怖い。可愛いものは愛でる、それが一番だ」
でも、改めて見るとカッコいい女性。
背筋まで伸びた黒髪にキリッとした釣り目。
僕も背を伸ばせばこうなるかな。
そしたら、お姉ちゃんのように……。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は真水千紗、生徒会長だ。畏まらなくていい」
「久遠千乃です」
「知っている。一応、こう見えて全校生徒の名前は覚えているつもりだ」
中身はともかくとしてカッコいい人……なのかもしれない。
「久遠君。一つお願いが……」
「千乃!」
背後から怒鳴るような声で僕の名前を叫ばれた。
振り返るように見上げると、如何に不機嫌かがわかるほど顔に出ている那月が立っていた。
夏の制服を身に纏い、手提げバックを携えて。
「千乃、これ以上の長居は不要。帰ろう」
「那月、待ってよ。真水さんからのお話、まだ終わってないよ」
「聞く必要なんてない。それに……まだ千乃は足を怪我してることを忘れないで」
「聞く必要ないだなんて」
「いや、いいんだ。強引に誘おうとした私が悪い。君は確か……立花さん、だったかな、立花那月さん。悪かったね」
「いえ、別に。千乃、行こう」
「ごめんなさい、真水さん。またお会いできた時に」
「あぁ、また出会ったときにシフォンケーキかショコラをお茶と一緒に奢らせてくれ」
終始、笑顔で話してくれた真水さんに軽くお辞儀をすると那月を追いかける。
左足を引きずりながらも、必死で駅のほうへと向かう。
「那月! 待って!」
はぁ、はぁ……歩きづらいうえに走りにくい状態で追いかけるのは少し大変。
スタスタと歩いていく那月に追いつくのも、やっとと言える。
「……千乃」
「那月、さっきの発言は失礼だよ? 年上の人に聞く必要ないなんて、怒られなくて済んだけど。もし、真冬さんみたいに怖い人だったら……」
「……また、あの人の話」
「え?」
「……私じゃない、お姉ちゃんの話ばかりッ! どうして、どうしてなの!? ……答えてよ」
情緒不安定とも見て取れる今の那月。
私じゃない、お姉ちゃんの話ばかり……?
何を言ってるの? 那月。
僕にとってお姉ちゃんは──────
アレ、お姉ちゃんって……
「千乃!? ダメ、思い出しちゃダメ!」
「な、つき────」
僕は、ダレ、なの──────教えて、お姉ちゃん。




