本当の意味
六月中旬の四日目、放課後。
左足首の治療に専念すべきなのだけど、このまま待っているのは嫌だったため僕一人であの祠へ。
時刻は……午後五時半。
あまり時間をかけてしまうとたぶん、皆に気づかれてしまう。それは勿論、那月にも。
「────ユキちゃん先輩!」
後方から声が聞こえてきた。
背後を振り返ると湊さんが息を切らながらもこっちに向かって来ていた。
「ユキちゃん先輩。一人で行くつもりっすね?」
「……うん。なんというかここまで来たのに何もしないなんてのは嫌だって思った。止めないといけないと思った」
あの巫女さんはきっと神楽鈴を探してる。
だから、あのとき『見つけた』と言って僕をツタに絡ませた。
決定打になるかわからないけどこれ以上、苦しませちゃいけない気がする。
「そういうと思って、はい! これ!」
「ありがとう、湊さ……ん!?」
カバンから取り出したのは水の入ったペットボトルと、拳銃……!?
「ちょ、ちょっと! ど、どこでそんなの、というか危ないから僕が持つよ!?」
「え? ……あ〜、これは拳銃じゃなくてモデルガンですよ、ほら」
湊さんが拳銃、もといモデルガンのセーフティを外して地面に向け引き金を引く。
パァンッ! という音が響き、地面にはB.B弾が一つ転がっていた。
……どうやら、本当にモデルガンらしい。
「演劇部の子から借りてきたんすよ。あまり使ってないから意味ないかもだけどって」
「でも、撃つなら撃つって前もって言ってくれないと……もし、見回り中の警察官に見つかったら」
「だって、ユキちゃん先輩が心配だから」
怒る気力もなくなるくらいの素直な優しさ。
大事な後輩が僕のために動いてくれた。
それだけでも十分、僕が動く理由になる。
カバンの中にモデルガンをしまい、改めてトンネルのほうを向く。
何回目かどうかは最早どうだっていい。
この暗い道の先を行けばあの巫女さんと鉢合わせる。……必ず止めないと。
カバンから手に持った懐中電灯の明かりを頼りにトンネルの中を進んでいく。
足元のゴミを避けつつ、より奥へと進んでいけば見えてきた境内。
場所は変わってないとはいえ、より不気味さを増している。
「ユキちゃん先輩、あれ……」
湊さんが指差した方向、手水舎のほうへ明かりを照らすと周りを囲むように木のツタが巻きついていた。
それ故に、手水舎の龍の口から溢れていた水は見事に枯れ果てている。
その足元には、赤い花弁のようなものが散らばっていて見覚えがある……椿の花弁だ。
他を探るため、懐中電灯と手探りで周りを探索するとすぐに湊さんに呼ばれる。
足首が痛まない程度に駆け寄ると湊さんはお守り場の裏側に位置する場所に立っていた。
「なんすか、これは」
お守り場から見て裏側は小さい広場としても使えるぐらいに広く、その隅っこに大きな椿の木があった。
未だ蕾の状態のが多いとも言えるが、まるでその色は血のように赤黒く。
吸い上げた水分の色に応じて変わるというのを聞いたこもある。ということは……。
目線を下にずらすとその疑問は解決した。
木のツタに絡まった人の衣服が地面に無数に落ちている。
制服、私服、その中には僕と同じ学校に通っていただろう誰かのカバンも伺えることから容易に想像できてしまった。
「あんまり見ないほうがいいよ」
「……うっぷ……大丈夫っす、これくらい」
僕も人に対して随分と慣れたものだと自分を見下ろす。
本当ならもっと別の場所で出会えたはずなのに、巻き込んでしまった僕が言えたことではないが。
『み つ け た ぁぁァぁぁ』
スーッと制服の袖から吹き抜ける悪寒。
左足首の痛みが蘇るように強くなる。
急いでその場から逃げるように境内へ逃げる。
「湊さん! この鈴を、僕が合図したら鳴らして!」
「わ、わかりましたっす!」
お守り場の裏の広場からピキッ、ピキッと音を鳴らし出す建物。
懐中電灯に照らされてゆっくりとその姿が露わになる。
長く伸びた黒髪は生えかけの枝で、顔の半分である右側は一輪の椿が丸々、剥き出しになっている。
右手には大きな木のツタ、足元は木の根がうねうねと地面を這うように蠢いてる。
まさに今、目の前にいるのが『乙女椿』で間違いないと言えるかもしれない。
すぐにカバンからモデルガンを取り出して、前方に向けて引き金を引く。
パァンッ!
ピタッと張り付くような感覚でおでこに当たるも、すぐに地面に落ちてしまう。
「湊さん!」
「はいっす!」
────リィンッ リィンッ
パァンッ!
鈴の音に掻き消された弾丸は、剥き出しの椿の花に勢いよく当たる。
『痛ァァぁぁぁィイッ!!』
どうやら、効果抜群のようだ。
お姉ちゃんが昔言っていた通り、ほんの少しだけ邪気を払うのが鈴なら神楽鈴の音ならもっと効果があるのではと。
パァンッ!
────リィンッ リィンッ
三度目の発砲音が周囲に鳴り響く。
……だけど、さすがに三度目となると相手もバカじゃない。
器用に木のツタで弾くと、こちらを鋭利な視線で睨む。
「湊さん! 僕が投げたら一緒に水をかけて!」
「了解っすよ!」
カバンから素早く粗塩を取り出すと木のツタと足元に上手くかかるようにばら撒く。
その直後に湊さんが水のペットボトルを勢いよくかける。
最初こそわからなかったらしいが、次第に『乙女椿』の身体から水分がみるみる失われる。
相手が植物の類ならきっと効くはずだから。
鈴の音で邪気を払い、植物としての弱点を突いて弱らせた……問題はこの後。
『乙女椿』には何が有効なんだ?
モデルガン、だと痛めつけて終わる。
ライター、だと苦しませてしまう。
他には……あれか!
湊さんに頼み、袋に入ったあれを取り出してもらうと『乙女椿』の前まで持ってく。
両手で持ったそれを見た『乙女椿』の動きが止まる。
湊さんも察してくれたのか、神楽鈴を前に出す。
「これはあなたがなくしたものです」
「今度はなくさないようにするっすよ」
『ワタシが、探して、た、もの』
僕が渡したのは、恋愛成就の割符。
たぶん、鈴と一緒に探していたのは男……ではなく、男と約束していたこの割符のこと、だったんだろう。
『……ありがとう、ございます』
スーッと溶けるように『乙女椿』は割符を受け取ると笑顔を浮かべて消えた。
♢
無事、『乙女椿』の事が済んだ僕たちを待っていたのは真冬さんと那月。
思い出すだけで怖いのが、一日中にこんなあるなんて。
数日後、あの場所へ行くと僕が最初に見た取り壊された神社と祠……その真横には小さな蕾の花
『乙女神社』が取り壊された本当の理由。
それは────お守り場の裏にある椿の木で男性の死体が数多く発見されたから。
死体からは椿油粕が検出されたが、犯人は特定出来なかったそう。
恋をしたその男性のためにと一途だったからあんな姿になってまで探していた。
健気で純粋すぎるが故の過ちなんて、誰にも理解されないだろう。
小さく手を合わせて、その場を後にした。
♢
────いかが、だったでしょうか?
第二章『紅の乙女椿』。
え? 理解しづらかった?
それは大変なことですとも。
では、ここで答え合わせを。
シロツメクサの花言葉は……復讐。
そして、椿の花言葉は気取らない優しさ。
────え? 椿だけなんか違う?
いえいえ、そんなことは……ふふっ。
では、特別に一つだけヒントを。
椿の花言葉は二つあり、一つは気取らない優しさ。
もう一つは『罪を犯す女』。
これはあくまでも余談ですが、『乙女椿』が犯した罪は決して許されることではありません。
────でも、『乙女椿』を改心させる出来事が起きてその相手のために鈴を持ち出してしまい天罰を受けたのだとしたら────。
それは恋する乙女のみぞ知る、なんて。




