奥山さん、退散する
皆さんこんにちは奥山です。僕は今魔王城の中にある社員食堂に来ています。
低価格で味がいい、レストラン泣かせの社員食堂として魔界では有名なんですよ。
「うーん、今日は何食べようかなぁ。煮込みハンバーグ美味しそうだな。あ、でも今日の日替わり定食アジフライなんだ!これは悩んじゃうぞ。」
「奥山さん、私だったらこういう場合生姜焼き定食を選んでサイドメニューに刺身をチョイスするわ!」
「あの…当たり前のように話しかけてきてますけど、なんでいるんですかフランソワ様?」
「なんか今日はたくさん人がいるところでご飯を食べたい気分だったから。あ、心配しないで。扉の鍵は壊さずピッキングで開けたから。」
…もう今度から鍵をかけるのやめようかな、必要ないよねこれ?
「うーん、よし決まった!私はハンバーグ定食にタケノコの土佐煮と納豆を付けるわ!」
「じゃあ僕は…サバの味噌煮定食にポテトサラダの小鉢をつけます。」
あぁ、僕の癒しのランチタイムが…
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社員食堂は魔王城の中にある施設の中でも指折りの広さを持っていて昼時には大勢の魔物が来るのですが席が埋まることはなく、すぐに座れて快適に食事を楽しむことが出来るのです。普段なら…普段なら楽しめるんですよ?
「部屋で静かに食事を楽しむのもいいけど、やっぱり賑やかな場所で食べるご飯も格別ね!」
「フランソワ様、お願いですから騒ぎは起こさないでくださいね?ちゃんと食事を楽しみましょうね?」
「分かってるわよ奥山さん。いい?食というのはただ真剣に美味い料理を味わうことで常日頃から抱えている悩みやしがらみを忘れることが出来るの。そんな幸福な時間を私がないがしろにするわけでないじゃない!」
「そんな僕の幸福な時間を現在進行形でご自分が犯していることにお気づきでない?」
「さぁ食べましょう奥山さん。料理が冷めたら勿体無いわ。」
「頼む…何も起きないでくれ…いただきます。」
食事前の合掌にこんなに祈りを込めたのは今日が初めてです。
あぁ、こんな状況でも味噌煮は美味しいですね。確かに心が癒される感じがします。
「お?よう奥山!今日は人質の嬢ちゃんと一緒なのか?」
「あ、雪次さんどうも。いやぁこれはなんというか…まぁそうです。」
「お、おう大丈夫か?隣座るぞ?」
僕の隣に座ったのはイエティの雪次さん。魔王城では清掃員をされていて、よく食堂で一緒にご飯を食べているんです。
「いやぁ今日はなんだかチキン南蛮定食が食べたくなって…嬢ちゃん、どうかしたか?」
「チキン南蛮…美味しそうね…」
「フランソワ様駄目ですよ!これは雪次さんの料理なんですからね?」
フランソワ様はいつの間にか定食と小鉢料理を食べ終え、雪次さんのチキン南蛮を獣の目で見つめています。
てか食べるの早いな!あれだけ力説しておいてちゃんと味わったのかこの人!
「別に奪おうなんて思ってないわ。私がもう一品頼めばいいんだから!じゃあ私チキン南蛮頼んでくる!」
そう言い残し、フランソワ様は料理受け渡し口の方へ走って行きました。
「すげえなあの子。あれだけ食ってまだ入んのか。」
「すいません雪次さん、お昼時なのに騒がしくしちゃって。後で注意しておきますから。」
「いやぁ、全然迷惑じゃねぇよ。可愛くていいじゃねぇか。本当の迷惑ってのはあいつのことだよ。」
「あいつ?」
「そろそろ来ると思うぜ?…ほら来た、入口のところ見てみろ。」
雪次さんに言われ、入口の方を見てみるとそこには土色の肌をし、頭や腕に魚のヒレのようなものが生えている巨人が立っていました。
「あぁ九練さんですか。確かにあの人は…」
「だろ?グレンデルの九練。身体がデカくて喧嘩が得意だからってデケェ面してよ、食堂じゃ大声で話すわ、列で順番抜かしをするわ、料理を残すわでみんな迷惑してんだよ。」
「でも強く言えないんですよね。怖いですし、魔王様に報告するほどかと言われればそうでもないような気もするし。」
「まぁ、触らぬ神に何とやらだ。ここはひとまず我慢だな。」
なんだか嫌ですね、ルールを守らない人を直接注意できないって。すごくモヤモヤしますよ。今受け渡し口の列の人たちもきっと…受け渡し口?
「あ!ま、まずい!今あそこには!」
「ん?どうしたおくや…」
『おいチビ!そこを退け!オイラは腹が減ってるんだ!』
僕の予感は的中したようです。九練さんが列に並んでいたとある人物に向けて怒号を飛ばしています。
「何を言っているのかしら巨人さん?あなたはさっきここに入ってきたんじゃない。なら列の最後尾に並びなさいよ!」
『なんでオイラが並ばなきゃならねぇんだ!早く飯が食いてぇんだ!どけって言ってんだよ!』
「おいおい奥山、あれ嬢ちゃんじゃねぇか?!」
「最悪だ…は、早く止めに行かないと!」
九練さんに話しかけるのは怖いですがこのままでは食堂とここにいる人達のランチタイムが危ない!
「あなた人に対するモノの頼み方を知らないの?非常識極まりないわ。そんな大きな頭してるのに脳みそは大したことないのかしら。」
『なん、だと…このクソガキィ!てめぇ調子こいてんじゃねぇぞ、オイラに殺されてぇのか!』
「す、すいません九練さん!フランソワ様がとんだご無礼を!」
「おい九練、嬢ちゃんも腹が減ってたんだ許してやってくれねぇか?」
『奥山に雪次か。なるほどその女はてめぇらの連れなんだな?』
「そんなところです。フランソワ様は食堂で食べることが少ないからテンションが上がっちゃったみたいで。」
『ほーう、だがだからってオイラが許してやる理由にはなんねえ、今かーなり腹が立ってるんでなぁ!』
や、やばい…超怖い…
「ねぇ奥山さん、何をこんなやつに頭下げてるのよ。この人は自分勝手なことをした上で自分が被害者みたいに振る舞ってんのよ?クソ腹立つじゃない!」
「ちょ、フランソワ様?」
『てめぇ…』
「何か間違ったこと言ったかしら?あなたがここに来て何か正しいと言えることを1つでもした?ルールを守らなかった挙句せっかくみんなが楽しみにしてたランチタイムを台無しにしたのよ!あなた最っ低よ!」
「…そうだ。」
フランソワ様が九練さんに対して説教をすると静まり返った社員の中から声が聞こえました。
「フランソワちゃんのいう通りだ!いっつも自分勝手にしやがって!」
「ここはみんなが食事する場所なのよ!あなただけのものじゃないんだから!」
「いいぞフランソワさん!やっちまえ!」
最初は誰かが発した小さな言葉が瞬く間に伝播し食堂中からフランソワ様を応援する声があがりました。
『う、うるせえぞてめぇら!』
「これがみんなの心の声よ。このみんなの気持ちを代表して私が言わせてもらうわ。食堂で食事するのならルールを守りなさい!それが守れないのなら今すぐここから出て行って!」
ウォォォォォォ!!
食堂中からフランソワ様に大歓声が飛ばされます。
「な、何だこれ?」
「はは!あの嬢ちゃんすげぇじゃねぇか奥山!なんだかスッキリしたぜ!」
『うるせぇ、うるせぇうるせぇうるせぇ!よくもオイラをコケにしてくれたな!ぶっ殺してやる!』
「あらいいわよ?じゃあ勝負しましょうか?ここであなたが勝ったらもう誰も文句は言わない、もし負けたら今後一切食堂の使用を禁止する、どう?」
『グハハハ!おいチビ、お前オイラに勝てると思ってんのか?てめぇとオイラじゃサイズが違うんだよぉぉぉ!』
目を血走らせた九練さんはその巨木のような腕を振り上げ、岩のように握りしめた拳でフランソワ様めがけてストレートを繰り出して来ました。
「フランソワ様!」
「嬢ちゃん!」
「離れてなさい奥山さん、雪次さん!必殺!…瞬獄殺フランソワアレンジバージョン!」
何が起きたかははっきりと分かりませんが、九練さんのパンチをジャンプで躱した後、その腕に乗って駆け上がり、九練さんの顔面に打撃を叩き込んだ…のでしょう。
動きが余りにも速すぎて目で追えず、その代わり数十発分の打撃音が辺りに響き渡りました。
ドゴゴゴゴゴゴゴオォン!
『グェッ…そ、そんなバカな…』
ズゥゥウン…
九練さんはその場で崩れ落ち、ピクリとも動かなくなりました。し、死んでないよね?
「「ウォォォォォォ!すげぇよフランソワ!!!」」
「「フランソワ!フランソワ!」」
「おいおいマジか…あの九練の野郎をノシちまったぜ…おい奥山!あの嬢ちゃん何者だ?!」
「えーと、あ、アニヲタ?格ゲーヲタ?何なんでしょうね…」
食堂はもうフランソワ様コールが治らないお祭り騒ぎになっちゃってます。なんだろう…これでいいのかな?
「はぁ、動いたらお腹空いちゃったわ。おばちゃんチキン南蛮定食にアジフライとメンチカツつけて!あと小鉢でほうれん草のおひたしとトマトの酢漬けね!」
「おいフランソワさん、俺に奢らせてくれ!超スッキリしたぜ!」
「いやいやここはアタシが払うわ!フランソワちゃんすごくかっこよかったわよ!」
「いいわよ奢ってくれなくて、その代わりみんなで食べましょ!食事は楽しく美味しく賑やかに、ね?」
「「おおおおおお!!」」
「あ、フランソワ様。僕食べ終わったんで先に帰ってますね?雪次さんもお疲れ様でした。」
「あ、あぁ。お前冷めてんなぁ。」
フランソワ様、あなたはどこぞの名探偵ばりに出かけたところで騒ぎを起こしてしまうのですね…まぁ知ってたんですけど。
でもこの雰囲気に少しでも慣れるのが怖いので今日は退散させてもらうとしましょう。




