私のオネエな婚約者
あの後すぐに騎士団が現れ、後のことを任せると、エルシーリア様の魔法で揃って移動した。
移動した先は、サルディネロ公爵邸の一室。各々が腰を落ち着けたところで、話が始まった。
「さて、まずは此度のことじゃが―――お主を囮として使ったこと、申し訳なく思う」
口火を切ったエルシーリア様は、そう言って私に頭を下げた。ぐっと唇を噛みしめる。フロレンシア様が共犯でないと分かった時点で、薄々感づいていたことではあった。
それでも、私に一国の王族を責めるようなことはできない。こうしてエルシーリア様が頭を下げてくださるのだって、非公式の場だからだ。何より私は、謝られるよりも、真実が知りたかった。
「クロエ嬢が魔法具を使ったことに気づいてから、すぐフロレンシアの元へ向かい、様子を伺ってはいたのじゃが。助けるのが寸前になってしまい、怖い思いをさせたのう。マルシアルも、わらわの騎士の不手際で、不要な怪我をさせてしまったな。すまぬ」
「……顔を上げてください、エルシーリア様。すべて、話してくださいますか?」
「うむ、約束しよう」
エルシーリア様が顔を上げる。全員の顔を見回した。
「1人足りぬようじゃが……ああ、ちょうど来たようじゃな」
言葉通り、扉がノックされて、1人の女性が入室してきた。その顔を見て、私は思わず目を見張った。
「お、お母様!?」
目が合ったお母様は、私に向かって申し訳無さそうに微笑んだ。
「遅くなって申し訳ございません。カルラ・バルデート、参りました」
「うむ。そこに腰掛けると良い」
指し示されたのは、フロレンシア様の隣の席。お母様は1つ頷くとその席に腰を下ろした。全員が着席したのを確認し、今度こそエルシーリア様が口を開く。
「まずリナリア嬢、そなたを囮にすることは、わらわとフロレンシア、カルラとで取り決めた。マルシアルは何も知らなかったのじゃ、責めるでないぞ」
言われ、黙って頷いた。私が囮だと知った時、マルシアルは何も知らないんだろうということは予想がついた。マルシアルは意地が悪いけれど、私が危険になるようなことは賛成しない―――そう信頼できる程度には、奴のことを知っているつもりだ。
まあ、お母様の名前まで挙がるとは予想外だったけれど。確かに、フロレンシア様と仲が良い母が何も知らないはずはない。
「―――私は納得できないわ」
そこで待ったをかけたのは、マルシアルだった。
「何故リナリアなの。他の誰かではダメな理由があったのかしら?」
「まあ、他の誰かでは駄目だということは、ないじゃろうな」
「だったら、なぜ」
「1番適していたからよ」
マルシアルの視線がフロレンシア様へと向く。フロレンシア様はいつもの笑みを湛えていた。
「ブランケル家が密輸に手を染めているという情報は掴んでいたわ。でも確たる証拠はまだだった。そこで一人娘のクロエ様を使おうと決めたのだけど、何やらあの子ったらうちのマルシアルに懸想をしているっていうじゃない? だから、あなた達に協力してもらったのよ」
「一方的なこれを、果たして協力というのかしらね。それも、クロエ様が私に懸想をしていたから、ですって?」
「そうね。あなたが夜会やら舞踏会やらであんな態度を取っているからのぼせ上がるのよ」
言われ、マルシアルはぐっと押し黙る。反論を飲み込んだようだ。私としても、ああいう場でのマルシアルの態度は癇に障っていたので、フロレンシア様を拍手で讃えたい気持ちになった。
「ごめんなさいねぇ、リナリア」
お母様が入室したところから申し訳無さそうにしていたのは、このためだったのか。私を見て眉を下げているお母様に、大丈夫よと手を伸ばしかけて―――次の一言に、ぴしりと固まった。
「だって、あなたとルシーったらとぉってもじれったくて。我慢できなかったのよぉ」
「…………はい?」
「このままじゃ、いつまで経っても結婚しないんじゃないかしらって、フロレンシアと気を揉んでいたの。あなたにもルシーにも、色々言ったでしょう?」
そう言ってお母様が小首をかしげる。確かに最近、色々と言われた。婚約者が変えられるだとか、他の相手はいるのかとか、結婚はいつだとか。それらはすべて、私達を炊きつけるために仕組んだことだったのか!
ちらりとマルシアルを盗み見ると、私と同じような顔をしていたので、あっちはあっちで色々と言われていたのだろう。思わずため息が出た。
「それでもあなたたちはまだじれったかったから、一石投じることにしたのよ」
「そこで投じられたのが、わらわというわけじゃ」
マルシアルにアプローチする女性、すなわちエルシーリア様が現れて、更には私とマルシアルが距離を置かされて。そこで、クロエ様が何かしらの行動に出るのを狙ったという。
「でも、なぜエルシーリア様なの?」
「魔法具云々できな臭いのは本当だったし、魔法のことならラセナを置いて右に出る国はないもの」
つまり、相手役に魔法に強い国の女性を使うことで、魔法具密輸の検挙も楽に進めようとしたのだろう。
「わらわとしても、魔法に関わることとあっては見てみぬふりはできぬし、何かあっても西方諸国では太刀打ちできぬじゃろう。要請に応じてやってきたというわけじゃ。婿探しも本当じゃがの? なんなら、マルシアルをそのまま連れて行ってもよいと思っておった」
「我が君」
「……はいはい、分かっておるわ。戯れじゃ戯れ」
ぎくりと体を強張らせた私を、エルシーリア様がニヤニヤと見つめる。お母様たちの生暖かい視線も感じた。い、居たたまれない……!
「まあ、最後はわらわも随分驚かされたがの?」
言いながら、エルシーリア様がフロレンシア様とお母様を見遣る。2人はそれはそれはいい笑顔を浮かべた。
「クロエ嬢が、これほど早く行動に出るとは……ましてや、移転の魔法具を持っているなど、わらわは知らなかった。図ったな?」
「図っただなんて、そんな。ねえ?」
「ええ。ちょっと、他の方にも協力していただいただけですわ」
「やはりか。さしずめわらわのお師匠じゃろうが」
じとりと睨めつけられても、2人はなんのその。その心臓の強さがいっそ羨ましいくらいだ。
「クロエ様の行動が早かったのは、わたくしたちのせいではないのですよ? そこの愚息が、予想外に彼女を煽るものだから。早まってしまったのよ」
フロレンシア様がマルシアルを横目で見る。奴はばつが悪そうに肩をすくめた。どうやら心当たりがあるらしい。一体何をして煽ったのだ、まったく。
「それだけではない。マルシアルの件にしてもそうじゃ。最初の計画では、彼奴は取り押さえの場に連れて行く筈ではなかったじゃろう」
「ええ、それもまあ、少しタイミングを合わさせていただきましたわ」
「馬車移動を勧めてきたのはそのためか。わらわたちが3人まとまって行動する時間を、長く作るために」
私にはさっぱり分からない会話だが、他の面々では通じているのだろう。マルシアルは珍しく頭を抱えている。これまた思い当たる出来事があるのだろう。
「申し訳ございません、エルシーリア様。ですがこうでもしてマルシアルの見せ場を作らないと、いつまで経ってもこの2人がまとまらなさそうだったものですから」
確かに、それは否めない。仕様のない子たち、とでも言いたげなフロレンシア様の吐息に、ただただ身を縮めた。
今回の一連の件で、私はマルシアルへと気持ちを自覚した。けれど今日のような出来事がないと、その気持ちを伝えるのはまた随分先になっていただろう。自分の素直じゃない性格はよく理解している。
「いつまでも踏みとどまってる貴女たちを近づけるためにも、ちょっと荒業を使わせてもらいましたのよ?」
「ちょっとの荒業、で済むのかしらね……」
マルシアルが遠くを見、ぼやいている。全くの同感だった。
全ては母親同士が組んで巻き起こした騒動だったのだ。魔法具の密輸を暴き、ついでに私達をまとめるため。他国の王族すらも巻き込んで。
「ところでお母様、なぜお母様たちは、エルシーリア様とお知り合いに?」
エルシーリア様は旦那様探しに気まぐれに訪れたのではなくて、本当の狙いは魔法具の密輸の取り締まりだとすると、どうしてその要請ができたのか。ラセナとは遠く離れており、国交すらままならない状況であるのに。
不思議に思う私の言葉に返事をしたのは、フロレンシア様だった。
「わたくし、元『蜜蜂』なの」
まるで、今日の天気を告げるかのように、何も特別なことなどない様子でフロレンシア様が言った。『蜜蜂』とはなんだろうか。本当に花を渡り歩いて蜜を集めるあの蜂のことを指すのではないだろう。
疑問に思ったのは私だけのようで、マルシアルは口に含んでいた紅茶で咽そうになっていた。珍しいことに、動揺しているらしい。
「は、母上……『蜜蜂』だったのですか」
マルシアルの声が震えている。フロレンシア様が笑顔を返した。
「『蜜蜂』って?」
「……この国の諜報員をそう呼ぶのよ。国と国を行き来し、様々な場所に現れて情報を盗み取る存在。誰が『蜜蜂』なのか、その素性も構成も何もかも、現国王陛下しか知らないのよ。あの人、なんでもかんでも知ってるなとは思ったけど、まさかそうだとは………」
「ちょ、諜報員」
「あくまでも元、ですわよ。元」
言いながら、フロレンシア様は優雅に紅茶をすすっている。
ま、まさか目の前の女性がそんなことに携わっていたとは。息子のマルシアルすら今の今まで知らなかったとは、なんという重たい秘密だろう。
確かに、フロレンシア様は元王女だ。外交などで国外に出る機会も多く、怪しまれずに様々な場所にいけただろう。捉えられたところで、他国の王女という地位があれば下手な処分はなされない。この素晴らしく頭の切れる女性がヘマをするとも思えないけれど。
王族の女性が『蜜蜂』に成り得るのなら、アデルミラ様ももしかして……などと一瞬考え、頭を振った。ま、まさかね。病弱で他国に療養に行っていたという彼女が、そんなまさかね。他国に嫁いでしまったけれど、まさか、ね―――恐ろしくなってきた。考えるのを止めよう。
ぶるりと身震いしてから、もう一度目の前のフロレンシア様を見ると、それはそれは愉快そうな笑みを浮かべていた。
「あなたは何もかも優れた息子だと評されるけれど、世の中にはね、まだまだあなたの及ばぬ世界がたぁくさんあるのよ、マルシアル?」
私でも分かる、完敗だ。
マルシアルは目元を手で覆い、深く深く息を吐いた。マルシアルをここまで言い負かすことができるなんて、本当にこの方だけは敵に回さないでおこう。絶対に。
おほほほほ、というフロレンシア様の高笑いが、部屋に響きわたっていた。
*****
話を全て聞き終えた後、私はマルシアルの自室へと招かれていた。お母様と一緒に帰ろうとしたところを止められたのだ。
生暖かく見守られながら、ずるずるとマルシアルに引きずられてきてしまった。あのお母様たちの視線、耐えられない。耐えられないけれど、衆目の前であんなことをしてしまっては、暫くはどうにかやりすごすしかないのだろう。本っ当に、失敗した。
マルシアルはといえば、先程フロレンシア様に完敗していたときの暗さはどこへやら。憂鬱な気分の私とは違い、至極楽しそうに口の端を上げていた。嫌な予感のする笑みだ。
「とりあえず、リナリア、そのドレスは早く着替えるわよ」
言うが早いか、マルシアルの手がドレスの背にかかる。
ちょ、ちょっとまて何をする気だ!
「や、ちょ、何するのよ!」
「何って、脱がすのよ。埃臭いし、お風呂に入って香油も塗って……ああ、髪の手入れをさぼったわね? まったくもう、いつもより荒れてるわよ」
ぶつくさいいながら、手は楽しげに動いている。脱がされてたまるかと必死で胸元をおさえ、少しでも距離を取ろうと後退した。じりじりとマルシアルが追ってくる。
2人きりになってすぐにこれか!
「こんな痣まで作って……」
言いながら、マルシアルが私の腕を掴む。視線の先には先ほどクロエ様につけられた火傷の痕があった。隠そうと腕を引くが、反対に引き寄せられてしまう。
マルシアルは顔をしかめてその傷を見ていたが、何を思ったのか、徐ろにそこに口付けた。
「ぎゃっ!」
「色気のない声ねえ」
呆れたように言われ、カッとなる。
「本っ当に、こんなときまで煩いわね!」
「ふぅん? でも、こんな私が好きなんでしょう?」
そう言われては何も言えず、ぐっと押し黙った。頬が熱くなっているのが分かる。きっと頭のてっぺんまで真っ赤だろう。
マルシアルは押し黙る私の顎を掴むと、顔を無理やり上に向けた。睨みつける私に、マルシアルの唇が落ちてくる。
なんどもなんども注がれる口付けの雨を拒めないのは、悔しいことに―――こんな奴のことが、好き、だからだ。
やっとで離れた奴の顔を至近距離でまた睨みつける。マルシアルはにやにやと笑うのみだった。抱きしめられ、またもや手が怪しげに動く。こ、これ以上は本当にまずい!
「そ、そういえば! 私、あんたにまだ言われたことないわ!」
なんとかして手を止めようと、私はマルシアルの体を押しやりながら声を上げた。
「何を?」
「す…………好き、って……」
「え、何? 聞こえなかったわ」
「聞こえてるでしょうがっ!」
マルシアルはくすくす笑う。と、急に真顔になって、深い青の瞳で私を射抜いた。
「愛してる」
「…………へ……」
予期せぬ言葉に、思わず間抜けな声が出た。マルシアルはころりと破顔し、けらけらと笑い出す。
「ああー可愛い」
「か、かわいい!?」
可愛いなんてことも初めて言われた。真っ赤になりながらも、これを逃したら2度と聞けないかもしれないと、勇気をだしてマルシアルを見上げた。
「………………ほ、本当?」
「さあ、どうかしら?」
な、な、なんて奴! 人がちょっと頑張るとこれだ!
だが、ムッとして口を開きかけた私の唇は、またもやマルシアルの唇で塞がれた。
「―――本当よ。好き。だーいすき。愛してるわ」
マルシアルはそう言って、顔中真っ赤な私の前で、にやりと笑ったのだった。
本当に忌々しい―――私のオネエな婚約者!
これにて本編は完結です。
2人のその後や小ネタ、謎が残っているラセナ国組の話など、ぼちぼち番外編を更新するかも知れませんが、ひとまず完結表記とさせていただきます。
お付き合いいただき、ありがとうございました!!