下
「ほらぁ、お風呂はいんなきゃだめだぞ~?まてぇ~」
「きゃ~ぅ。ぼく、まらあちょぶ~」
「だめだぞ~ぱぱとお風呂はいろうな~?」
「やぁ、ままぁ!」
「あらあら、駄目ねぇふたりとも。」
キッチンから「やさしいお母さん」が子どもと父親を見まもり、リビングではきゃぁきゃぁと楽しそうな笑い声が響く。
どこにでもある、なんということもない、幸福な家族の風景。
ちょっとくさいかもしれないが私はこういうのもいいかなっと思う。
そう。あと7・8年して旦那をハントした暁にはぜひこのような家庭を築きたい。
間違ってもうちのようなむさくるしい光景ではなく………
「ちび、風呂の時間だ。」
「あ、あ、あ、ああぁぁぁっ!くるなぁぁぁっ」
「こら、どうして逃げるんだちび。パパにさからっちゃだめなんだぞ。」
「お、お、お前なんかしらねぇ!こっちくんなぁぁっ」
「我侭はだめだぞ。早くこっちこい。」
「いやぁぁぁっ!!」
「……はぁ。お父さん、私が入れるから。」
キッチン、なんてしゃれたもんじゃなく普通の台所から顔をだした私はリビングで鬼ごっこを始めた二人の仲介に入った。
途端、上機嫌な父と、がたぶた震えつつも眼力を弱めない猫耳男が反対の声をあげるがそれは無視する。
あ、ちなみに「ちび」とはこの猫耳男のことである。
彼の名誉の為に補足するが彼は決してチビではない。むしろ平均男性よりは背丈が高い。
が、うちの父曰くあまねく『ペット』はすべて「ちび」なのだそうだ。反論してもどうせ聞き流すだろうから何もいってない。
「樹。おとーさんもちびで遊びたい。」
「お、俺はだれとも……ひぃ!」
父は口をとがらせ、ちびは口を開いたと思ったら閉じた。
おそらく父のせいだと思うが、そんなにおびえなくても……ねぇ?
さりげなくちびをかばう様に父の前に出る。
「お父さん。『ちび』は私のプレゼントなんでしょ?」
「……………。」
「ひややっこ用意したから、酒でものんで待っててよ。ね?」
「………………樹。」
「ん?」
珍しく渋る親父に私は疑問符を浮かべる。
なんだろう?そんなにちびが気に入ったのか、父。
「そんな風に無防備にしてた、らっ!」
「………つぅっ!」
ひゅぅっと俺の真横に、ナイフが飛んだ。
刹那、聞こえる鈍い手ごたえの音と、背後の押し殺した悲鳴。
もちろん投げたのは、父。そしてナイフの先は、
「ちびはまだ調教されてないから。危ないだろう?」
腕からだらだらと、血をながすちび。
「………そうだね。でもその前に手当てしなきゃ。」
ていうか、一番危ないのはアンタでしょ!絶対アンタ!
……とか、思いつつ私は常時リビングルームにある救急セットを手にとった。
渋る父を先に風呂に追いやり(ちびがおびえるから)、手当てに専念する。
と、いっても普段怪我をしない私がやるものだから至極原始的だ。つまり止血のみだ。
震えのとまったちびはじぃっとそれを見ながらぼんやり呟いた。
「あいつ、なんなんだよ……」
「私の父親。んで、君のご主人様。」
「そんなこときいてんじゃねぇっ!」
がしゃぁぁんっと手にする包帯以外の救急セットが床におちる。
あ~ぁ、そんな暴れたら。
「お父さん、戻ってくるよ?」
「!!?」
ぴたっとちびの動きが止まった。
よほど親父が怖いらしい。まぁ、さっきのみたらわからなくもない。
「いいこにしてたら、死ぬことはないから。」
たぶん。保証はしないけど。
後半の部分は呑みこんでちびに告げる。
ちびは悔しそうに唇をかみしめ、空いてる指で異形の耳をいじくった。
「くそっ、なんで俺がこんな目に……」
「それはまぁ……君を売った人が原因じゃない?」
「売られてなんかっ!」
「え、自分で買われにいったの?」
「…っ!俺がそんなことするわけねぇだろ!なめてんのかっ」
あれ?違ったかな、父が『モノ』呼ばわりしてたからてっきりどっかの商品かと思ったのだけど。
そういやこの子はどこから来たのだろう?新種のキメラ?それともどっかの土地から引っ張ってきた?今さらの疑問に首をかしげていると、ぎりっと間近から歯軋りの音がした。
みれば今にも噛み殺したそうな視線でちびが私をにらんでいる。
「……ふっ。」
こ、こえー……ふつーにこわいよ、こいつ。
怖すぎて思わず笑いがもれる。
公私(そもそもどうやって金作ってくるか謎)問わずナイフ投げまくる父親と、超絶怪しい&怖い猫耳男。ねぇ、この二年間平平凡凡な生活を送っていた私に何してほしーの。何すれば納得するの。
怖くて、泣きそうで、泣けなくて、情けなくて笑える。
「あ~もう、駄目駄目じゃん。」
「あぁん?」
ぼそりとつぶやいた私の言葉に、ちびがドスのきいた声で応えた。
や、いいから。これ、独り言だから。
……―ま、とりあえず。
「そんな怒らないで。お父さんもまたそのうち旅にでるだろうし。逃げたいならそのときにでも逃げなよ。ね?」
にっこり精一杯の笑みでちびにそういってやった。
うん、そうだ。それまでの我慢だ、私。それまではせいぜいちびのことを(未来の旦那との)子育ての予行演習だとでも思って頑張ろう。……父的にはペットらしいけど。ペットは無理。人道的判断力あるから、私。良心残ってるから。
「………………。」
むっと口をとがらせてちびは黙り込む。
不満だけど、一応納得、ってところだろうか。それとも他になにかいいたいのか。
う~ん、猫耳男の考えることはイマイチわかんないな……興味ないしな。
や!こんな心意気じゃだめだっ。せっかく面倒みると決めたのだから、今度ひ○こクラブでもかってくるか。
そうこう考えているうちに手当ても終わって私は救急箱片手に立ち上がった。
さぁて、夕飯の後片付けでも……ん?
ぐいっと服の裾をひっぱられて歩みがとまった。
つかんでいたのは、もちろんちび。
「え、なに?」
「………べ、べつに」
「は?」
「………べつに、たのんだわけじゃねーけど。」
「うん?」
「手当て。」
「ああ。」
「た、たのんだわけじゃねーけど……でも。」
「でも?」
「…………かんしゃして、やらねーことも、ねぇ。」
「…………は?」
「そ、それだけ!」
言い切るとぱっと服の裾をはなしてちびはそっぽむいた。
でも耳まで赤いから、恥ずかしがってるのは容易に知れて。
え、何コレ。え?
もしかしてこれが世に言うツンデレ??
「ぼ、ぼけっとしてないであっちいけよ、樹!」
軽く尻を蹴られてたたらを踏んだ。
「うん。」と応えつつもそういえば初めて名前呼ばれたことに気づく。
え、なにこいつ。チョロい。
そして軽く思考が停止しつつも完璧な家事をこなした私は、やっぱり最高の主婦になれるだろうと現実逃避がてらそう思った。
主人公の優先順位は父>>>越えられない壁>>>その他です。
でもそれ以外は常識人なんだよ!
あと旦那は出会うものじゃなく狩るもの。でも年齢=彼氏いない歴です。残念。