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第一章 1

 嫌い。

 降り立った駅で零す言葉はいつも同じ。


 一ヶ月前、新緑が香るすがすがしい季節に初めてこの土地に越してきてからずっと、この場所が、ここに住む人々が、そして今ここにいる自分が、美希は嫌いで堪らなかった。

 急に決まったという父の転勤。本来ならば、父だけ単身赴任すればよかったのに、転勤先が母の実家とは市が違うものの、同県だった事から話は変わった。

 引っ越しと転校を余儀なくされて、じっくりと編入先を決める間もない。5月という中途半端な時期も相まって、結局はカトリック精神の濃い女子高へ、強引に編入が決められていた。


 仲の良い友達、自由な校風、定期の範囲で気軽に行ける渋谷や原宿。


 当たり前だと疑いもせず享受していた日常は呆気なく失われ、その代わりと広がったのは、路面電車の走る田舎臭い街並み、ひざ丈の中学時代にもはいた事ない長さのスカートに聖書だった。

 髪を染めてはいけない、前髪を作ったら眉上で揃えなければいけない、肩につく長さは三つ編みにしなければいけない。

 教師の目の届く範囲だけでいいのかもしれないけれど、髪型だけでもうんざりする程に盛り込まれた「いけない」の文字を涼しい顔をして守っているクラスメイト達が、美希にはダサい人形にしか見えなかった。


 編入した当時の、アッシュがかった明るい茶髪を地毛だと言い張り、長い髪はギリギリ肩に触れるか触れないかの長さまで切ったものの、決して編んだりなどしない。そんな美希の態度は、より美希を「東京から来た事を自慢している我が儘で嫌な女」像を確立し、美希がクラスで孤立するのにさして時間は必要なかった。


 美希の方も、気の合わない友達などいらない、というスタンスを行動の端々で示し、孤立は深まるのみ。そんな孤独感も、この学校のあり得ない話や田舎ぶりを東京にいる友人に話せば、日に何度もメールが届き、その誰しもが美希の行動は正しいと、応援していると言ってくれた。


 けれど、時が経つにつれ、美希だけが知らない都会の日常は増えていき、離れてしまった友人にとっての美希という存在は、ゆっくりと、しかし留まる事なく優先順位を下げていく。友人達が疎遠になった理由もまた、ここに来たからだと結論を出せば、美希の「嫌い」は益々膨れ上がり、早くこの場所から逃れて東京へ戻る事だけを考えるようになった。


 一番確実なのは、東京の大学へ行くこと。ただ、学校での内申は期待できない以上、それなりの偏差値ではきっと県内の大学へ行けと諭される。


 であるならば、最低でも名の通った大学を目指さないと東京に帰るなど到底かなわない。


 出した答えを実現するために、本気で通訳の仕事がしたいから東京の大学へ行きたいのだと親に頼み込めば、市内で最大手の予備校に通わせてもらえるようになった。問われるまでもなく帰宅部であっても、日によっては一度家に戻る時間もない時もある。


 ただでさえ着たくないのに、集中して勉強する場所でとてもあのダサい制服でなんかいられないと、美希は前の学校のスカートと薄い青色のシャツを着て予備校の授業に出席するようにした。


 転校も中途半端な時期なら、さらに一ヶ月が経っている予備校の入学時期も当然同じ状況であり、予備校内でもすでにグループと呼べるものが出来上がっている。その中には、同じ学校で同じクラスの名目上のみのクラスメイトもいて、前の学校の制服を着ている美希に険のある視線を寄越していた。


 予備校に通い始めて二週間が過ぎた頃、2コマ授業の休み時間に夏期講習の案内が配られる。


 それが、きっかけだった。


 「ねえねえ、夏期講習も参加するの?」


 不意に美希の元に届いた男の声。携帯に落としていた目線を上げると、このクラスで何人かが着ている学ランが映った。


 「……今もらったばっかりだし、まだ決めてない」


 ほんの数か月前ならしなかったであろう素っ気ない、会話の続かない返事に、美希の中でどんどん自分が無くなっていく感覚が広がってくる。


 「あー、そうだよね。ほら、若槻さんさ、ここに通いだしたの最近だから、どの授業がおすすめとかどの講師が人気あるかとか知らないかなと思って。俺、1年から通ってるからよかったらなんでも聞いて」


 屈託ない笑顔と、久しぶりに呼ばれた名前。この二つは、強張った美希の心に染み入るには十分だった。




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