第二十三話 即席のドリームチーム
グラグラと沸き立つマグマの熱気が顔を焼くように容赦なく降り注ぐ。死星天大祭・第三の闘場『岩漿陸橋塔』の間である。空中には無数の梯子がかけられ、そのうちの多くは死闘の激しさを物語るようにぽっきりと折れていたり、獣に食い散らかされたかのように無残にひしゃげている。
そして、唯一浮かんだ台座のような岩石の上には、全身に空いた穴から血を噴きだしながら、最後の力を振り絞るようにして腕の中で笑みを浮かべる男がいた。
「死ぬな鉄斎!!気張らんかぁ!!」
激を飛ばすのは若き日の権藤資隆。信じられぬものを見ているかのような、受け入れがたい現実に直面しているかのような必死の形相。その腕に抱かれるのは、今まさに死闘を制したばかりの練魂塾二号生、美作鉄斎である。
権藤の腕の中で、鉄斎の一陣の風のような爽やかなる面貌が、青白く、硬いものへと移ろいでいく。もはや動かす事も難しくなった筋肉を無理矢理動かし笑みを作る。
「....ふふ、相変わらず無茶を言う。だが....そうだな。こんな男前失っちまったら、国の損失だからな....」
「なら絶対に死ぬんじゃねぇ!!気合じゃ気合!!」
激を飛ばし鼓舞するのは、果たして腕の中で命を散らそうとしている美作鉄斎へ向けてのものなのか。それとも、地獄の日々を共に潜り抜けてきた友の死を認めたくない、自分の為のものなのか。
鉄斎を抱きかかえる腕が血で濡れる。肉体から物体へ、先ほどまで温かかった体が石のように冷たくなっていく。そして、笑みが止まった。鋼のような筋肉に覆われた身体から、だらりと力が抜けた。
享年二十一歳。錬魂塾二号生最強の男、踏鞴流剛体術 伝承者「美作鉄斎」死星天大祭・岩漿陸橋塔にて死す。
◇◇◇
懐かしい夢を見た気がした。血と錆と、汗の匂いのする記憶。
在りし日の青春。同年代が愛だの恋だのとうつつを抜かし、振り返ってみればしょうもない事が人生最大の試練のように思えるような、青臭く揺れる時期。そんなキラキラとしたものとは程遠い地獄のような青春。
「....ぬ、んぐぅ.....」
肺に溜まった熱い空気を吐き出すように権藤は漏らした。 鼻腔をくすぐるのは先ほどまで夢に見ていた焦げた肉の匂いでも、錆びた鉄の匂いでもない。 鼻をツンと突く薬草の香りと、ふわりとした柔らかな花の香りだった。
「....はっ!!」
矢の雨、オウゼル、瀕死のティルク、そして決闘。
気を失うまでの出来事が奔流となって駆け巡る。今がいつなのか、事がどうなったのか、絡まりあった糸のように記憶がもつれ合い権藤の脳内に混沌とした渦が巻き起こる。
反射的に飛び起きて拳を握ろうとした権藤だったが、その瞬間に走った全身に鉛を詰めこんだのかとでもいうような倦怠感と節々の痛みに、思わず顔をしかめた。
「驚いたな、もう意識を取り戻すとは」
未だ混乱の中にいる権藤へ向けて涼やかな声が掛けられた。女の声。言い方はラフだがどこか気品を感じさせるそんな声だ。はて?こんな声音をした女などこのチンケな村にいただろうか?
まだ薄靄のかかる頭を必死に働かせて辺りを見回すと、どうやら自分はベッドにいるようだ。それでいてここは誰ぞの家らしく、カントの村の村長の家よりも幾分かは裕福そうに見て取れる。
「あまり動くなよ?少年を治療したときも言ったが、低位魔法故な」
「お前は....確かフードの....」
「エルフのリリアンだ。仔細は先頃、騎乗スキルを持つ青年から聞いた。勇敢だな」
「....何人も死んだがな」
「それでも、お前がいなければ皆殺しだったろう。誇れ」
「他の奴らは?」
「出来る範囲は何とかな」
「....そうか、恩にきる」
"出来る範囲は"ならば出来ない範囲の村人も
それなりにいたのだろう。だがそれでも、このリリアンという女は尽力してくれたようだ。その顔にほんのりと浮かぶ気だるげな様子が何も言わずとも語っている。
おそらく、この女にとって村人の治療など何の利益も無かっただろう。彼女の身に纏う薄っすらと光を放っている上質そうなローブを血で汚しても気にする素振りも無い所が、金への執着を感じさせなかった。つまりは善意。見捨てられなかったのだ。権藤の漢気とはまた違う、力を持たぬ弱き者が悪意の前に踏み躙られる事に対する嫌悪感。それに対して何もしないという選択に。
そんな人間に対して表せる最大限の謝意。権藤は椅子に座ってゆっくりと茶を啜っているリリアンの前にバタリと倒れた。
「お、おい!どうした!?」
「俺の世界での礼だ。金も何も持ってねぇ俺には、こうやって頭を下げることしかできねぇ....ありがとう」
土下座。謝罪や感謝を示す姿勢として言わずとしれたものである。しかしそれは現代日本においての話だ。異世界人であるリリアンにはそれが感謝を示す姿勢だと言われてもただただ困惑するばかりである。
「そういうものなのか?とにかくベッドに戻ってくれ。治療をした相手が地面に這いつくばる姿を見るのは余り気持ちのいいものではない。....だが、気持ちは伝わった」
温かさのある声だった。先刻は冷徹な声だと思ったのも、一刻の猶予も許さない状況への焦りと、この惨状を引き起こした悪への怒りがこもっていたせいなのであろう。この、夏山にサラサラと流れる小川のような声が本来のものなのかもしれない。そうして二言三言と交わしている内にもう一人、この部屋へとやって来た。
「ゴンドウ殿!目を覚されましたか!」
トノイである。歓喜と希望に満ちた顔で駆け寄るその目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。無理もなかろう、絶望に沈んでいた村を救う為に決死の覚悟で駆け抜け、何の得もないのに命を懸けて戦ってくれた男が目を覚ましたのだ。何度も様子を見に来る度に目を閉じたままの権藤の姿を見る事がどれだけ心細かったか、どれだけ不安だったか。立ち込めていた暗雲がようやく晴れたのである。
「わりぃなトノイ。随分と心配させちまったみたいでよ。このベッドが中々の寝心地でなぁ、思ったより熟睡しちまったぜ」
ぐるぐると肩を回しおどけた様子でジョークをかます。まるで、もう心配はいらない。全て万事快調問題無しだと励ますように、どこまでも不器用な気遣いだった。トノイの顔にも柔らかな笑みが戻る。
「....ふふ、村長のベッドですから、私の家のものよりは遥かに良いでしょう」
トノイの言葉に権藤は「違いない」と短く笑った。その笑みには、先ほどまで夢に見ていた血生臭さや、オウゼルとの死闘の余韻は微塵もない。
だが、リリアンは見た。トノイと笑い合う権藤の、その大きな掌が微かに震えているのを。先の少年を治療したときもそう、この男は他人の為に命を燃やし、怒り、笑う。なんと不器用で奇特な男だろうか。流れ聞いた噂もどうやら嘘ではないのかも知れない。
そうして、いくつかの言葉を交わした後の平和な空気を切り替えるように、リリアンがコホンと一つ咳払いをした。この後を考えればすぐにでもしなければならない話をするために。
「賊どもと決闘をすると聞いたが、三人必要だそうだな?」
リリアンの問い掛けにトノイの顔が再び暗くなる。何しろ戦える人間は権藤しかいないというのに、その権藤とて未だ手負いの状態。自分一人で三人を相手にすると権藤は息巻いているが、オウゼルの口ぶりからすると手練を用意しているに違いない。それを二人も相手にしてからオウゼルと戦うなど、いくら権藤といえど無謀もいいところ。トノイの眉間に深い皺が刻まれる。
「私も協力しよう。多少は魔法の心得も武術の心得もある」
予想外の一言にトノイも権藤も鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔で顔を見合わせる。
「おいおい、そいつは有難いが俺もこの村の連中も大した謝礼は出せないぞ?」
「それはお互い様だろう?お前こそ、何の得もなく二つ返事で引き受けたと言うじゃないか。何より、天より与えられたスキルを無法に使うなど、許せるものではない」
リリアンの顔は相変わらず涼やかであったが、薄い色をした茶の入ったカップを持つ手に静かに力が込められる。
「では後一人。私も戦いたい思いはひとしおですが、先の矢の雨で村の馬も賊の乗ってきた馬も戦える状態ではありません」
トノイの顔に悔しさが滲む。権藤、そしてリリアン。外部から現れた者たちに頼る事しかできない己の不甲斐なさに。開眼したスキルを振るう事が出来ない状況に。
その時、ドアが開かれた。
「ならば俺が出よう」
地を這うような低く落ち着いた男の声がした。まるで幾度も修羅場を生き抜いて来たかのような声がした。この村に似つかわしくない、血と戦場の気配を纏う声がした。体に対して低い鴨居をくぐり現れた男。一体だれなのか!?いや、我々はこの男を既に知っている!
「な!?お前はドルドイ!?」
そう!現れたのは誰もが予想していなかった人物。カントの村において権藤と激闘を繰り広げた男、王国戦士団団長・ドルドイであった!




