第二十二話 フードの女
「お、女ぁ!?」
先ほどまで石粒ほどの瑕疵でもあれば殴り殺さんばかりの視線をぶつけていた権藤は、フードの下から現れた顔に素っ頓狂な声を上げた。
この中世のような文明レベルの世界において女と男の役割ははっきりと分かれているものだ。それは人類誕生以来数億年もの間に渡って種の存続と繁栄という面で大成功を収めたシステム。『男は狩りに女は家に』である。
技術や社会制度が発展し、本来ならば生き残れないような弱い個体も生き永らえさせ、おおよそ命の危険がないような現代日本ならばいざ知らず、徴税官が権力を振りかざし盗賊団が跋扈するような社会では、より原始的なシステムに回帰していくのは必然であろう。
故に、権藤のような大男に物怖じせずに要求を通し、力を行使するのだからてっきり男であろう。そう思っていた。 しかし、そのフードの下から現れたのは、権藤の手のひらにすっぽりと収まるのではないかと思うような小さな顔。 それを彩るカチューシャのように編み込まれた美しい金の髪は、それ自体が宝飾品なのではないかと思わせるほどのものであった。 これまで見てきたこの世界の人間の顔がジャガイモだとするのならば、天上の美とはかく言うものなのであろう。 そう思わせるに十分な美貌をもつ女の顔であった。
「そこの男、さっきからうるさいぞ。それと、人に向けて指を指すのは不快だからやめてくれ」
ため息を吐き、先ほどから驚いたり怒鳴ったり騒々しいリアクションをとる権藤に冷たい眼差しを向けてマナーを説く。 怪我人のうめき声が鳴り響く野戦病院の如き状況でなんとマイペースな女であろうか。
もしも今目の前にいる人間が男であれば詰め寄ったり、皮肉か嫌味の一つでも言うところだが、女とあってはそうもいかない。この権藤資隆という男の信条として「女子供は守るもの」なのだから、振り上げた拳の行き場をすっかり失ってしまったのだ。
「ゴンドウ殿、この方が先ほど使われたのは治癒魔法です!私も初めて見ましたが、まさに奇跡の技としか言いようがありません」
行き場を失い悶々とした感情に捕らわれている権藤の横で、初めてみる魔法に些か興奮した様子のトノイが声をかける。
その一言にハッとした。 祈りを軽蔑する自分が思わず神に縋ってまで望んだ友の命。それが救われたのかも知れないのだ。
「ティルクは助かったのか?」
「ひとまずはな。低位魔法だから完治ではない。絶対安静だ」
予断は許さない。が、少なくとも先ほどまでティルクを連れ去ろうとしていた死神の手は振りほどくことができた。その事実だけで十分だった。 目の前の女は得体のしれない来訪者であるが、友の命の恩人となった。この恩人に報いる為には果たして何をしたら良いのだろうか? 金もなければ宝石だのといった謝礼になるようなものもない。一体どうしたらよいのだろうか。 権藤がそのように逡巡していると、小さな声がした。
「……ゴンドウ」
死の淵をさまよい、まさに先ほどまで三途の川を目の前にしたティルクの声だった。まだ顔は青白く体も自由に動かせないのか、全身からぐったりと力が抜けて人形のように横たわっている。それでも生きている。その顔には生きる方へと向かう意志が沸々と沸き立っているのを感じる。 朦朧とした意識の中で、その瞳はしっかりと生命の脈動を放っている。 権藤はゆっくりと、まだまだ冷たいティルクの体を優しく抱きしめた。
錬魂塾の数多の試練の中で、横たわる友を抱きかかえた事はこれまで何度あっただろうか。一度や二度ではない。その中には誇りと共に散っていった者もいた、卑劣な策略にかかり散るものもいた。
死星天大祭で戦死した、美作鉄斎の死を受け止めきれずに涙を流していた塾生たちに向かって、塾長・大江実篤が放った言葉が頭を過った。
「男が涙を流して良い時は三つある。生まれた時、親が死んだとき、そして、友の命が助かった時。....今は泣く時ではない」
この冷血漢がと掴みかかったのも遠い昔。今ならば分かる。塾長がなにを伝えたかったのかが。
命を懸けて戦った友の死にメソメソと泣くのは死者を辱める行いである。友が戦い死んだならそれを讃えて笑って見送ってやるのが男の礼儀。だから、今はその時じゃあない。こいつは「ティルク」は死んでいない。
権藤の腕の中で安心したように微かに笑みを浮かべる少年の頬にぽたりと熱い雫がこぼれた。
「馬鹿野郎が、だから危ねえって言っただろ」
粗野な悪態のような言葉とは裏腹に、温かさと優しさが込められていた。
かつて救えなかった友。冷たくなったまま二度と目を開ける事の無かった戦友。しかし今、腕の中に横たわる小さな体には、ほんのりと温かい体温が戻り始めていた。
そして、権藤の意識はそこでぷっつりと途切れた。この世界に転移してきてから怒涛のような出来事の連続。それに加えてドルドイ、オウゼルという強敵達との遭遇。そしてティルクの死を回避できたことで、張りつめていた緊張の糸がついに限界を迎えたのだった。
ぐらりと倒れかけた体をトノイが慌てて支える。耳元で何やら大声で叫んでいるようだが、それも随分遠くに聞こえる。この世界へ転移することになった切っ掛けの、馬鹿な後輩を守るために切腹したときも確かこんな風だった気がする。
悪いなトノイ。あの外道をやっつけるまで死ぬわけにはいかないが、一先ず寝かせてもらうぜ。




