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焔は語り継がれる  作者: 華詩手
継承編
22/26

市場に降る火の声

 ルト=ヴェルシュ帝国領・第七交易区、《テリルの市場》。


 賑わいはあったが、笑い声はなかった。

 帝国による“文化統制”が年々強まり、民謡や旧語は姿を消し、誰も昔話を語らなくなっていた。


 


 ナイアはその広場の中央、古道具屋の空き台の上に立った。


 少し震えていた。だが、彼女の手には小さな巻物があった。


 あれは、竜祠で老人・エルドと共に写し取った“火貸しの紋”。

 祈りの言葉はすべてナイアの声に記憶されている。


 


 ――今ここで語らなければ、竜はもう二度とこの地で眠れない。


 


「ねえ、みんな。……ちょっとだけ、昔の話を聞いてくれない?」


 


 その声は、小さくはあったが、真っ直ぐだった。


「この土地には、黒竜がいたの。

 火を吹くけど、人は焼かなかった。

 人が薪を集めて迷ったとき、竜はそっと、焔を貸してくれたんだって」


 


 最初、誰も耳を傾けなかった。


 だがその声に、不思議と人々は足を止め始めた。


 


「でも、ある日……帝国が来て、“火は危険だ”って言った。

 そして竜の祠は壊されて、“火を借りて生きていた”ことを、みんな忘れさせられた」


 


 ナイアは、胸元から紋を描いた巻物を広げる。


 陽の光に透けたその線は、美しく、あたたかかった。


「私は……その火を、また届けたい。

 誰もが、“燃やす”ためじゃなく、“灯す”ために火を持てるように」


 


 言い終えると、広場は静かだった。


 でも――ひとりの老婆が、静かに拍手をした。


 そしてその拍手が、次第に増えていく。


 


「……久しぶりに、あの言葉を聞いたよ」


「うちのばあちゃんが、似た話をしてた……」


「火を貸す竜……懐かしい響きだな」


 


 ナイアは、声にならないほど嬉しかった。


 届いた。

 この声は、誰かの記憶と繋がった。


 


 だが――その瞬間、空気が変わった。


 


 金属の靴音。

 帝国の治安隊が現れたのだ。


「そこまでだ」


 隊長格の男が前に出る。


「“未許可の歴史言及行為”および、“焚書対象言語の使用”により、拘束する」


 


 ナイアが一歩引きかけたとき、

 市場の中からアデルが立ち上がった。


「この者は、“語った”だけだ。

 剣も、火も使っていない。……それでも、捕らえるのか?」


 


 男は冷たく言い放った。


「“記憶”は火薬だ。

 民を燃やす前に、火種を消すのが、我々の仕事だ」


 


 ナイアが巻物を抱きしめる。


 でも、逃げなかった。


「私は火薬じゃない。……火種よ。

 灯すの。誰かの記憶を、誰かの声を。

 燃やすためじゃなくて、“生きるため”に火はあるんだって、伝えたくて」


 


 男が手を上げた――が、動きは止まった。


 市場の民たちが、ナイアの前に立ちはだかったのだ。


 


「この子の話を、聞いてただけだ」


「語っただけで捕らえるっていうなら……

 俺たちも、“同罪”ってことになるな」


 


 声の波が、治安隊を押し返す。


 


 ナイアは涙ぐんでいた。


 これはミィナのときとは違う。

 もう、“ひとりで叫ぶ”物語じゃない。


 


 火は、確かに“灯された”。


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