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BEAUTIES(ビューティーズ)“自分史上最高の顔”写ってはいけない自撮りアプリ  作者: 渡辺河童


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11/13

11-交差する視点真帆と悠真・画面の向こう

 悠真は気になって鏡スタジオへと足を向けた。


スタジオの照明はとっくに落ちていたはずなのに、どこかから淡く光が漏れていた。

それは、鏡の中からだった。


悠真は、スタジオの扉を開けると、ほとんど無意識に足を踏み入れていた。

誰が電気をつけたわけでもない。なのに――そこに、真帆が立っていた。


白いワンピース。長い髪。背筋を伸ばし、鏡の前で、じっと何かを見つめていた。


だが、その背中に、悠真は戦慄する。


彼女の影が――鏡に映っていない。



「……真帆ちゃん?」


呼びかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。

その顔は、間違いなく真帆の顔だった。だが「綺麗すぎた」。


まつ毛は長く、肌は完璧に滑らかで、口角が絵のように上がっていた。


そして――目に光がなかった。



「藤村さん、来てくれたんですね」


声だけは、真帆だった。

けれど、それは録音のような均一な抑揚で、どこか“使いまわし”の声に聞こえた。


「……君は、誰だ?」


思わず問いかける。


彼女は静かに笑い、言った。


「“誰でもない私”です。みんなが求めた顔の、平均値。

 一番、美しいもの。あなたも、望んだんですよね?」


 


鏡の中が、ゆっくりと波打ち始めた。

水面のように。空気の膜がゆらいで、そこにもう一人の真帆が立っている。


が――その顔には、目がなかった。


頬は笑っているのに、目の位置だけがぼんやりと削られているように、ただの皮膚で埋まっていた。


「私たちは、あなたたちの“望み”から生まれました。

 あなたたちが、現実にがっかりした分だけ、ここに集められた。

 だから、引き換えに現実をもらう。それが約束です」


背筋が凍る。

悠真は無意識に後ずさった。


「返せ……真帆ちゃんを返せ!」


「返せません。彼女はもう“私”です」


そのときだった。


鏡の奥――ぼやけた暗闇の中から、手が伸びてきた。

鏡の表面を突き破り、ゆっくりと真帆の足首に触れようとする。


「やめろ……やめろ!!」


悠真は、鏡の前に走り込んだ。

その瞬間、鏡が砕けるような音を立てて弾け、スタジオの照明がすべて落ちた。


完全な暗闇。空間の奥から、カチャカチャと笑うような音がする。


何かが這っているような音。鏡面を指でひっかくような音。

そして――“誰かが後ろに立っている”気配。


――悠真さん。


そのとき、真帆の声が、すぐ背後から聞こえた。

彼が振り返ると、そこには“ふたりの真帆”が立っていた。


一人は、無表情の完璧な顔。


もう一人は、髪が乱れ、目に怯えと混乱が混ざった、“本当の彼女”。


「藤村さん……わからなくなりそう……私、どっち?」


鏡のように並び立つふたりの“真帆”。


どちらも同じ声で話す。どちらも、少しずつ本物に見えてしまう。


悠真は、深く息を吸った。


そして、まっすぐに怯えた方の真帆の目を見て、こう言った。


「俺は君を見てきた。君の震える声も、必死で話す姿も、笑う時の眉の動きも。

 君は、君だ。完璧じゃない、ちょっと疲れた顔の君が、君なんだよ」


本物の真帆の目に、涙が浮かんだ。


「……藤村さん……ごめんなさい、怖くて……」


「怖くていい。怖がれるのは、人間だけなんだよ」


――その瞬間、偽の真帆がぎぎぎっと軋む音を立てて崩れ始めた。

顔が崩れ、笑顔だけが残ったまま、ゆっくりと鏡の奥へと沈んでいく。


 


スタジオ全体が、深く低く、息を吐くような音を立てた。


そして――静寂。



翌朝。ふたりは無言のまま、並んでスタジオを出た。

朝の光が、現実の街並みを照らしていた。


真帆は少しだけ顔をしかめ、笑うように言った。


「ねえ、藤村さん。私、もう鏡で自分を見なくても……自分の顔が思い出せるようになった」

悠真は、そっと頷いた。


ふたりのスマートフォンには、もうBEAUTIESのアイコンは残っていなかった。


誰が消したのかは、わからない。

けれど、それでも――

画面の中には、何も映っていない。


それが、どこか安心できることに、ふたりは気づいていた。

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