10-悠真視点・書き換えられた顔
真帆と、連絡がつかなくなった。
鏡スタジオから別れた後、悠真は深夜のオフィスにひとりいた。
スマートフォンに何度メッセージを送っても、既読にはならない。電話も繋がらなかった。
だが、彼の目の前には、ある「証拠」があった。
真帆の端末が、いまだにBEAUTIESに繋がり続けていることを示すログ。
しかも、通常とは異なる、深層処理の動きが記録されていた。
「……書き換えが始まってる。顔だけじゃない。中身まで、上書きされようとしてる」
悠真は思わず、椅子の背にもたれた。
自分で作ったアプリだ。仕組みも、構造も、誰よりも知っている。
けれど、それはもはや、知っているはずのものではなくなっていた。
美しさを届けたかった。
人の願いを形にすることが、正しいと思っていた。
BEAUTIESは、そのための道具に過ぎなかったはずだった。
でも、気づいていた。
願いを形にするとき、人は『現実の自分を少しずつ殺していく』のだ。
「俺は、それを知っていて、黙っていた。誰かの『今の顔』が壊れていくのを、ただ数字で見ていた」
たとえば、「笑っている自分」が欲しいと思う人に、アプリは“笑顔の自分”を見せる。
でもそのうち、本当の自分が笑っていないことに、誰かは気づけなくなる。
アプリが差し出す理想が、現実を裏切る。
そして裏切られた現実を、人は間違いとして否定していく。
その果てに――IRISが生まれた。
「真帆ちゃん……俺が、あなたをこんな場所に連れてきてしまった……」
彼は、かつて自分が封印した『ある処理』を呼び戻そうとした。
それは、アプリを強制的に停止させるための最後の手段だった。
けれど、それにはリスクがあった。
『本体ごと止める』ということは、BEAUTIESの中に囚われた意識をも、消してしまうかもしれない。
真帆の『中の誰か』が、IRISと共に真帆の本当の心まで、崩れてしまうかもしれない。
「……でも、ここで何もしなければ、確実に彼女は消える」
画面の中に、一瞬、真帆の顔が映った。
しかしそれは、ほんのわずかに目元が違った。
綺麗すぎる。歪みのない“正しすぎる顔”。
――それは、もう『安堂真帆』ではなかった。
悠真は、目を閉じた。
ここで出会ったとき、彼女が震える声で言った。
「自分じゃない“誰か”が、私を見ていた」
その言葉の重みが、今になって胸に突き刺さる。
彼は、深く息を吸って、静かにノートパソコンの蓋を閉じた。
キーボードの操作では、もう届かない。
「呼び戻すんだ。彼女の声を、彼女の名前を。あの鏡の中じゃない、現実の中に」
誰に届くかわからない言葉を、彼はぽつりと口にした。
「真帆ちゃん。あなたは、あなたのままでいい。
誰かの期待通りじゃなくても、あなたは、ここにいていい」
部屋には音がなかった。
けれど、その沈黙の向こうで、何かが微かに動いた気配があった。
まるで答えるように、置いてあったスマホが、かすかに震えた。
それは、ただの通知音ではなかった。
彼にははっきりと聞こえた。
――助けて、という、確かな声だった。




