第19話 指名依頼
試験から十数日。
Bランクに上がったのはいいものの、イリークさんが流行病にかかってしまいダウン。
シエルが作った特効薬で回復はしたが、しばらく安静にした方がいいだろうということで、私が少しの間だけレナトスの管理を行った。
管理と言っても食材の仕込みと宿泊客の確認程度だが、依頼を受ける時間はなく昇格してからほとんど活動はしてなかった。
Bランクといっても大してやることは変わらないし、とりあえずイリークさんがしっかり回復するまでレナトスに掛かりっきりだった。
今日は久しぶりに冒険者ギルドに来ている。昨日、仕事をしていたら客の冒険者からギルマスが私に用があると聞いたからだ。
幸いイリークさんも十分に回復したからやってきた訳だが、一体なんの要件だろうか。
「こんにちは」
「カンナさん! お久しぶりです」
ラミーネさんとも久しぶりに会ったな。
「ギルマスが探していると聞いたのだが」
「あっそうです! ギルドに来たらギルドマスター室に案内するようにと聞いています」
ギルドマスター室……社長室みたいなものなのだろうが、絶望的に語呂が悪いな。
三階に上がってギルマス室に向かう。
「……なぁ聞いたか……カーゴが……」
「あれな……クリー……そうなんだよ」
やけにギルド内が騒がしい。
何かしらの話題について言っているみたいだが、聞き覚えのある人物も出ている。
コンコンコン。
「ギルドマスター? カンナさんをお連れしました」
「ああ、入ってくれ」
「失礼する」
ラミーネさんはここまでのようだ。
扉を開け、部屋の中に入ると、山積みになった書類に挟まれたギルマスが座っていた。
深刻そうな表情で、疲れ切っている様子だ。
「すごいやつれているが、どうしたんだ?」
「少々立て込んでいてな。最近流行病にかかった人が増えているだろう? 特効薬の原料であるクラルス草が不足していてる。しかも迷いの森の異常がまだ収まっていないのだ」
トラブルが重なって大変なことになっていると。
「書類仕事なら手伝わないぞ」
「そんなこと頼むわけないだろう。今回呼んだのは嬢ちゃんに指名依頼が来ている。正確に言うとハイランクの冒険者に向けてだ」
指名依頼? 滅多にないって聞いてたのに!
「まずは落ち着いて聞いて欲しい……カーゴが死んだ」
「そうか」
やはり死んだか。
実力がないくせに傲慢な態度でいるからいつか痛い目にあうと思っていた。
「……あまりアイツに良い印象はないだろうとは思っていたが、さすがに落ち着きすぎだろ」
「あいつはシエルに手を出そうとしていた。死んで手間が省けた」
「……まぁいい。少し前に、クリードたちにも指名依頼が来ていてな。クラルス草が大量に生えている場所があるのだが、そこに向かう唯一の道に魔物が住み着いた」
「元メンバーだったカーゴとパーティーを組んで調査及び討伐に行ったのだが、突如蜘蛛型の魔物に襲われ、カーゴが死に、ほかのメンバーも重症を負いながら撤退した」
なるほど。だからギルド内が騒がしかったわけだ。
この街で最強のパーティーが壊滅したのだから注目が集まる。
「それで、残ったハイランクの私に来たと」
「そういうことだ。俺は書類仕事があって動けんからな」
依頼主はこの街の領主様らしい。
指名以来は断ることも可能なんて言ってきたが、実質的に強制ではないか。
クリードがパーティーで敗れた相手だから、ソロの私は討伐は不可能に近い。調査だけでもしてきて欲しいと言われた。
「とりあえず詳細を教えてくれ」
「すまないが、あまり大きな情報は無い。さっきも言ったが、蜘蛛型の魔物で森の一部を巣のようにしている。小型から大型までサイズは様々だ」
役立つような情報は無いか。
調査だけだし、断ることも出来ないならとっとと行こう。
戦闘は極力避け、いのちだいじにに徹しよう。
◆◇◆
予定の森に向かっていく。
普段は東門から出て依頼をこなしていくのだが、今回は北門からだ。
少し進めばすぐに生い茂った木々が見えるが、至る所に蜘蛛の糸が張り巡っている。
想像通りの糸もあれば、明らかに他と比べて太い糸も混じっている。
クリードたちも最初は攻略できていたらしいし、恐らく奥に行けば行くほど敵の本陣に近付くのだろう。
一応調査なので奥には行くつもりだが、あまり刺激はしない方が良いか。
蜘蛛の糸は斬らず、触れないようにゆっくり乗り越えていく。
にしても森とは思えないほどにこの場は異常だ。
もっと小鳥のさえずりや植物が発する澄んだ空気があってもいいのに、ここは風が揺らしてる葉の音しかしないし、濃厚な死臭がする。
カーゴは死んだと言われたが、実際には予想であり、どうやら独断で先行していたら糸に絡まってそのまま奥に持っていかれたらしい。
ただこの雰囲気的に生きてる見込みはないだろう。
罠がある可能性があるな。
足元に注意しながら奥に進んでいく。
「――ッ、あぶ、ね」
突然、後ろから糸が飛んできた。
ほんの少しだけ風切り音が聞こえたから反応できたが、危うく絡み取られるところだった。
飛んできた糸は一本だったが、辺りの木からゾロゾロと蜘蛛が出てくる。
気がつくと完全に包囲されてしまった。
なぜバレたし。
張り巡らせていた糸は完全に避けていたし、音も出さないように細心の注意を払っていたはずだ。
普通に視力か?
「キシェェェェ!」
「ギィィー!」
鎌のように鋭い足をカチンカチン鳴らしながら威嚇をして来る。かなりの興奮状態で、侵入者を絶対に許さない態度だ。
大きさは三十センチからメートルを超えてそうな個体もいてまばらだ。
構造自体は想像してた蜘蛛と余り変わらないな。
一対多か。
問題は無い。
「キシェェェ!」
「よっ、ふんっ」
突っ込んでくる蜘蛛を切り伏せては糸を避け、また突っ込んできた蜘蛛を細切れにしていく。
上からも降ってくるし、意識することが多くて厄介だ。
しかも戦術みたいなものがあるのか、体格のでかい蜘蛛が近接戦闘を仕掛け、なんかヤバそうな液体を吐いてくる蜘蛛が後方から攻撃してくる。
たまにちっさい蜘蛛が突っ込んでくるが、密着されないよう距離をとって対処する。
他の近接蜘蛛に比べて明らかに小型で、恐らく毒持ちだろう。
前衛後衛、たまに突っ込んでくるのを暗殺者的なポジションに置いてるようだ。基本的な戦術で押え、その中で致命的な一撃を加えようとしてきている。
ただの虫以上の思考力だ。
どこかに専門の司令官がいる可能性がある。
シエルと無茶はしないと約束したが、守りに徹する訳では無い。
頭を潰せば混乱して連携が崩れるはずだ。
攻撃は最大の防御ってな。
「速戦即決だ」
「ギエッ!?」
定期的に突っ込んでくる近接蜘蛛を踏み台にし、木を登り上から確認する。
所詮虫だし、恐らく司令官は指揮に特化しているだろう。
前線に出るはずもないし、居たとしたら後方だ。
「あいつか」
「ギィィ!?」
案外直ぐに見つけた。
後方にいる他の蜘蛛に比べて体格がでかく、目が多い。
通常の蜘蛛なら視力がぼやけているはずだが、私をしっかりと認識しているようだ。
それと同時に自分が狙われていることにも気が付いたようだが、もう遅い。
「逃がすか!」
「ギィエ!」
短剣を投げ退路を塞ぎ、打ち込んできた体液を避け一気に肉薄する。
突発的な判断力はないのか、あたふたする蜘蛛の頭部に剣を突き刺し、そのまま一刀両断する。継続して周りにいる蜘蛛を蹴散らしていくが、明らかに動きが遅くなった。
指揮系統が崩壊するとこうも単純になるとは、軍隊みたいだな。
頭は潰したし、とりあえず一件落着か?
しかし、どうも腑に落ちない。これくらいのレベルだったらクリード達が失敗したとは到底思えないからだ。
少なくとも私より安定していただろうし、奇襲を受けたとしても十分に対応できそうだが……。
「ッ、右、グッ!」
視認も出来ないほどの速度で飛んできた謎の攻撃に、ほぼ反射だったが剣で防御する。
だが威力が凄まじく、体は吹き飛ばされてしまった。何とか減速して木に体をぶつけることにはならなかった。
危うくぺしゃんこになるところだった。
吹き飛ばされた先は少し開けた空間で、入口とは比べられもしないほどに糸が張り巡らされている。
謎の攻撃が飛んできた方に視線を向けると、一体の蜘蛛の頭部から女性の上半身が生えた魔物が現れる。
仲間が殺されて怒り心頭なのか、興奮気味だ。
「キシェェェェ!」
「本番はこれからってか?」