1-7.「おかえり」と「ただいま」
2022/5月11日に、表現の追加と加筆修正を行いました。
ワイバーンが吐く火球をシールドで打ち返す。淡々と繰り返す作業ではあったが、少しでもタイミングがズレれば自分が死ぬことになるし、王都ルティーナは壊滅となる。
「大会でもこんな緊張感は無かったぞ」
額から汗が流れた。
ワイバーンは前線を張る十数体が火球を吐いているが、後方は吐くことをしない。ずっと翼をバサバサ動かし、前線のワイバーンが落ちればその枠に移動して今まで溜めていた火球を吐く。
なんと交代制で攻撃をしていたのだ――どうしてそうなのかわからないけど、ラッキーだ。利用する。
「…………」
太陽の光を全身に浴びるケンイチ。
気付けば天空を覆っていた黒影は、いつしか小さくなっていた。太陽の光が漏れ、いつしか王都ルティーナに光が灯され始める。まるで止まった時間が動き出すように。
「ここの火を消せー!」
下に居る男が叫ぶと、水色の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣は小さいが数は沢山あり、そこから水が現れる。まるでマジックを見ているようだった。
燃え広がる炎に勢いのまま水をぶっかけ、鎮火させる。
それは、消防隊員だ。消防隊員たちは、ケンイチに背をむけ走って行く。空へと上がる火を消火するため、この街を駆け巡るようだ。
なぜ、それができるのか――ケンイチを信用しているからだろう。この状況で唯一ワイバーンと対抗ができて、倒せるからだ。
信頼されているのなら、気を引き締める必要がある。それが彼らに対しての敬いにもなるからだ。
「防御魔法に誓う。絶対に守ってやるってな」
自分には火を打ち消す魔法は使えない。しかし、ワイバーンの攻撃を防ぎ、それを自分の攻めへと転化することはできた。
ケンイチはボールを打つ感覚で、ホームランの気持ちで、火球を撃ち返した。
カキーン、と球場に響き渡る金属音が懐かしい。みんな元気にしているのだろうか。
先輩に、同級生に、後輩に、顧問に、親に――たくさんの人間の顔が思い浮かんでくる。
自分が死んだ、と知って彼らは何を思っているのだろう。
嬉しい?
悲しい?
怒っている?
想像でしかないから、わからない。ただ少しでも泣いててくれたらうれしいなぁ。
「…………」
火球を打ち返して数分、ケンイチは体力と集中力が削れて、無心となっていた。
そして、ワイバーンはと言うと、仲間が減る焦りと絶対に勝てない生物の本能に挟まれ、統率が崩れかけている。
「あと少し……」
自分を鼓舞するため、言葉を口にする。
ワイバーンを全て狩らなくていい。ただ数を減らし、この王都から離れればそれでいいんだ――ケンイチは、深く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
ワイバーンはまた口を開き、火球を放った。
ケンイチは、タイミングを合わせ、跳ね返す。
飛ばされた火球は高く天へと上り、やがて数十メートルの上空でピタリと止まった。
その瞬間、一直線に落ちる。
赤く燃えるそれは隕石のように落下を始め、次々とワイバーンの頭へ強打した。
「キュッ」
頭に直撃したワイバーンたちは顔を下に向け、落下する。口から血を出し、目ん玉が浮き出る。持ち前の翼には、頼れない――もう動かすことができないのだ。
重力に逆らえなくなった飛べない翼竜は、地面にぶつかる。砂ぼこりを上げ、クレーターを作り、見るも無残な肉塊へと変化した。
「キュアアアアアアン!」
先頭のワイバーンがやられた衝撃が全体に伝わる。その刹那、ワイバーンの群れは踵を返した。仲間なんて知った事じゃない、自分が助かるためなら何でもいい――と、獣らしく、魔物らしく、押し問答をしながら翼を揺らした。
中には仲間とぶつかって風を受けれなかったのか、翼を動かしながら落ちていくワイバーンもチラホラ見える。
「…………」
ケンイチは笑顔になっていた。
それは沢山命を屠った喜びでも、気が狂ったわけでもない。この街に訪れた平和と安心を自分の手でもたらせたことによる達成感だ。
こういうときどうするべきか――野球部時代を思い出した。ほとんどベンチで、試合にはあまり出たことはないが、それでも喜ぶときは喜んだ。
例え何もしていないと言われても、誰かが喜んでいるのなら自分も喜ぶべきだ、と知っていたからだ。
「俺はやったぞーーーーーーー!!!」
手を上に伸ばし、喉が続くまま叫んだ。
勝利の雄たけびを強く響かせる。
パチ、パチ、パチ、パチ、パチ。
下から響き渡る大喝采の声と拍手音。
それは全て彼にささげた物でもあり、ワイバーンの群れが立ち去ったことによる喜びの表しだ。
ケンイチは、下に向いてグーサインを出した。
弱いと言われていたシールド魔法は、使い方次第で最強になるのではないか――と考えていたその時、足が滑る。
疲労により踏み外したのか、仰向けで落ちていく彼は塔を見た。
「……ッ!」
違う。滑らせたわけでも、踏み外したわけでもない。
その塔は、限界を迎えていたのだ。思い返せば、ワイバーンの火球は全て打ち返していない。 数発――彼を狙うが外れてしまった流れ弾が、どうやら塔を崩壊の道へと誘っていたらしい。
――こんなところで死ぬのかよ!
落ちゆく視界は凄まじいスピードをしている。まるで10倍速の映像を見ているようだ。
腕を動かし、どうにかどこかしがみつこうとする。しかし、掴めない。
ケンイチと塔の間は人間1人分の隙間が空いており、例え掴める場所を見つけたとしても届かないのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
全身に感じる空気がよりパニックへと拍車をかけた。
このままじゃ死ぬ、俺は街を守って死ぬのか――せっかく現れた大道堅一としての2度目の人生をこんなところで終わらせるのは嫌だ。
「…………」
地面まで残り3メートル。
仰向けで落ちていくケンイチ。もう走馬灯なんて見ている暇はない――見れるわけがない。
そう、
「……?」
空気の抵抗を感じない。それどころか体が浮遊しているような感覚がある。
神経を研ぎ澄ますと、足と首元に何かが添えられていた。
顔を上に向けると、誰かが覗き込んだ影が入る。
その人は、女性なのだろうか――迷いが生まれる。男と言えば確かに男としてもまかり通るが、女性と言われれば女性である。とても中性的な顔立ちで、どっちの性別になろうが、カッコいい事には変わりない。
チョコレートのような褐色の肌は、異世界に来てから一度も見たことが無くて珍しい気持ちになる。銀色のような白い目は、まるでクリスタルだ。ベリーショートの銀髪は空気の抵抗で、バサバサと波立っていた。
「よお!」
ニヒッ――犬歯を見せ、その人は笑った。
声を聞いて、ケンイチはその人の性別を知る。
女性だ――顔、声音、髪色、その全てがあまりにも完ぺきだ。ケンイチは、かっけぇと心の中で叫ぶ。
「あ、ありがとうございます」
ただその言葉は外に出さず、ケンイチは詰まりながらも礼を言う。しかし、目は釘づけとなっていた。
地面が近づき着地した女性は、ケンイチを地面へと下ろす。それも優しく、ソフトに。
そこら辺の男よりも紳士的だ。
「大丈夫だったか?」
「運よく大丈夫でした」
「それならよかった」
クシャッとした笑顔を見せる。
その後お別れの挨拶をし、彼女は名乗ることなくその場から離れた。
立ち去りかたがスマートだ。かっこいい人間と言うのは、見た目にも影響するのかもしれない。
「ケンイチぃ!」
後方から誰かが自分の名前を呼ぶ。
ケンイチは、振り向いた。
「リーベ」
ローナの肩を借りている女性――パーティ仲間がいる。
しかし、そこは別れたときと変わらない服装だ。破けて、焦げて、と悲惨さが伺える――まさに今の王都ルティーナのようなボロボロであった。
「リーベさんのご指示で」
心配した面持ちで、ローナを見る。
やはり見た目通り、怪我は深刻なのだろう。
2回も爆発に巻き込まれて吹き飛んだのだから、当たり前だが。
「そうなんですね。怪我は大丈夫でしたか?」
ローナに伝えたが、気持ちとしてはリーベに向けていた。
だからなのか、彼女は真っ先に口を開いた。
「大丈夫よ。それよりも……」
フラフラした足取りで、一歩前に足を出す。だが、力が入らなかったのかすぐに前傾姿勢となる。
ケンイチはとっさにリーベの肩を取った。
「無理しないでほうがいいですよ」
心配するケンイチを他所に、リーベは何かを喋る。
だが、それは小さな声で耳には届かなかった。
「いまなんか言いました?」
「喋り方……」
どこか変だろうか――色々と模索するが、わからない。
「それがどうしたんです?」
「喋り方が変なのよ」
「?」
敬語だからいいと思っていたが、そうではないのだろう。社会の厳しさを教えられたかに思えたが、リーベが指摘しているのはそこじゃなかった。
「一緒に冒険者するんだから、敬語は使わないでよ」
なるほど。
ケンイチは理解した。
「あのとき使ってなかったのに、どうして元に戻したの?」
「そうでs——」
敬語は許さない――と言った鋭い目を向けるので、訂正する。
「そうだっけ?」
なんだかバカっぽい。
しかし、16歳の喋り方はこんな感じだし、年相応と言えばそうである……と、思いたい。
「そうよ。凄く良かったのに戻さないでよ。なんだか、隔たりができたかと思うじゃない」
リーベはそこが気に入っていたのか――自分の今の現状がわかっているのか問い詰めたくなる。しかし、彼女にとっては、その喋り方ひとつが何よりも大事なのだろう。
異世界というものが全くわからない――ケンイチは、彼女と別れるそのときのことを思い出し、似たような喋り方をする。
「なら、これから普通の喋り方する。いい?」
若干ぎこちないけど、そこは気にされなかった。
リーベの首が縦に動く。
「そのほうが仲間みたいだもね」
納得したリーベは、ケンイチの手を握った。
そして彼女は顔を上げて、彼の目をジッと見る。
背後の夕陽に照らされた青い目が光る。女の子に手を握られたことに心臓がドキドキする。しかし、それを表に出してしまえば、感動的場面とムードが台無しだ。
ケンイチは口を閉じ、ポーカーフェイスを貫き通す。
「…………」
リーベはピンク色の唇を動かし、たったひと言だけ言葉にする。
「おかえり」
彼女のホッとした表情が忘れられない。
ケンイチは口を開く。
「ただいま」
何も知らない自分を温かく迎えてくれて、仲間として認めてくれる。
彼女は、とても優しい人だ。絶対に裏切りたくない。