3-15.決着
――どうすっか。
自由自在に使えるシールドは残り1枚。それでも、ケンイチは戦う。
援軍が来るからというのもあるが、ここで逃げてしまったら後方に居る親子とシールドの上で倒れてるエリスが危険になるからだ。
「早く逃げてください」
「……わかった」
少年を抱え、男は走る。
スノータイタンが追いかけようとするも、先にケンイチが動いたことで、その思考が遮断された。
「…………」
バラバラな剣筋。それはショートソードを振っているよりも、振られているようだった。しかし、確実に時間稼ぎはできている。
問題は、こっからどうやって生き残るかだが――羽を使うことは勿論考えた。しかし、どうやら左手が限界を迎えているらしい。筋肉痛のような痛みが全体に広がり、固くなっていた。
――まずいな。
ケンイチの容態の悪さは、まさに最悪だった。
対してスノータイタンは、体中が血で濡れているも関わらず、気にしてる様子は見えない。
スノータイタンは、突進してくる。
ケンイチは、それを避けて離れ際に剣を突き立てた。
だが鎖帷子のような硬い毛皮が通すはずなくて、皮膚を撫でるだけだった。
力を込めないと、剣が通らない。けれど、力を込める状況まで持っていけない――シールドを使うべきか、いや、それだと……。
ケンイチは、足元に目を向ける。そこには、血で汚れたのか、赤い石が雪の中に埋まっていた。
何に使えるかわからない。だけど、絶対に役に立つはずだ。ケンイチは、立ち上がり拾う。
毛が覆われた場所は剣で切れなかったけど、絶対に弱い部分はあるはずだ。どこか必ず。
「ウガァァァァァァーーー!」
スノータイタンが声を荒げ、走ってくる。ケンイチは回り込んで弱点を探そうと画策するも、長い手が邪魔をする。
「クソ」
離れることもできなければ、死角に移動もできない。
スノータイタンは、すくい上げるように、下から上に手を振り上げた。
シールドは残り1枚。この状況で使うわけにはいかない。ケンイチは身をかがめ、ショートソードを地面に付き刺した。
――来る。耐えろ。
大きい手のひらが迫り、ケンイチは歯を食いしばった。
ショートソードにぶつかる。ショートソードは勢いを殺すことができなくて、そのまま地面を削りながら、ケンイチの体を押す。
「…………ッ!」
手の腕に渡った振動は、体内の骨を揺らして臓器まで届いた。ギシギシと体が悲鳴をあげる。
根性では抑えきれない痛み。それでもこの状況で頼れるのは、己の意思のみ。
「……ッ!!」
耐える体。
押される力。
ケンイチは、空へと投げ飛ばされた。結局、防ぐことができなくて宙を舞う。
全身を雪にぶつけ、鈍い音が響く。
骨が折れたか。口から出る痛みを呑み、立ち上がる。
「俺は、死んでいねぇ」
それでも、ぶっ倒れそうなのは変わりないが。
しかし立ち上がれる力が残っているのは、良かった。まだ大丈夫。やれるはずだ。
「ウガァァァァ!!」
地面を踏み、スノータイタンは吠える。明らかに怒っていた。
スノータイタンがまた走る。今度は、ケンイチも走る。
チャンスは1回――ケンイチは、石の使い道を考えた。
「…………」
先に動いたのは巨人。上から振り下ろされた拳をケンイチは、屈んでやり過ごす。そして、立ち上がるばねを利用して、ショートソードを上に突き刺した。
「…………」
しかし、大ダメージにはならなかった。スノータイタンの頬をかすめ、小さな切り傷を作っただけ。
――ダメだったか。
ケンイチの胴体をスノータイタンは、掴んで持ち上げる。
足が浮き、目線が同じとなった。
確実に怒っている――それも、今までと比にならないほどに。
ケンイチは、左手でショートソードを振り下ろした――が、すぐに止められる。その後、ギシギシと音を立て、曲がり始めた。
そして――。
「アアアアーーーー!!」
肘から下がだらんと垂れ下がる。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い――気付けば目からは宝石のような涙を流し、悶えていた。
「…………」
スノータイタンは、笑う。自分よりも弱くて細い生物が、苦しんでいる姿を見るのが楽しくて仕方がないのだろう。
「……………」
右手に持っていた石を投げた。狙うは口の中。果たして――魔物は、吐き捨てることもせず、そのまま呑み込んで胃まで落とし込む。
一体、何を呑み込んだのか――口から唾を飛ばすが、そこにはもうない。ケンイチは、喉を動かしてそれを呑み込んだところを見ていたから、わかっていた。
「…………」
お返しとばかりに、ケンイチも口角を上げる。
「ばーか」
瞬間、スノータイタンはキレた。
ケンイチを抱えたままフルスイングで、地面へと投げる。
頭をぶつけ、背中をぶつけ、足をぶつけ、バウンドする。
浮いた視線の中、痛みと絶望を抱えてそのまま地面に倒れた。
耳がキーンと鳴り、頭がズキズキと痛む。視界が点滅信号のようにチカチカし、ぼやける。
立たなきゃまずいのは、わかっている。しかし、体が動けない。全ての神経が遮断し、脳から発する情報を受け付けていなかった。
どくどくと流れる赤い液体が侵食するように、体中流れていた。それは、寒気に蝕まれたケンイチの体を暖めてくれる。ゆっくりと、ゆっくりと、確実に。
しかし、現実は暖かくない。スノータイタンが足を上げる。
――動け、俺の体!
思考だけがフルスピードに動くが、体はついてこれていなかった。岩石のように硬い四肢は、指1つ動かせない。
――死ぬのか、俺!?
「待てよ。オレがまだ生きているぜ」
頭から血を流してもなお立ち上がるエリス。彼女は腕を抑え、ふらつく足取りでスノータイタンに近づいていた。
しかし、その状態では確実に勝てない――エリスが雪原を駆け巡り、攻撃を仕掛ける。だが、やはり負傷した身。以前と比べればスピードは落ち、勢いが死んでいる。そのまま突っ走れば反撃をもらうことが確実だった。
「…………」
――意識を保て。まだ、まだだ………。
この戦いが終わるまで、死ぬわけにいかない。
エリスに目を向ける。彼女はふらつきながらも、確実に距離を詰めていた。
スノータイタンが拳を振る。エリスはジャンプで避けて、ダガーを突き立てる。
だが、魔物の視線は上に向いていた。そこから攻撃することを気づいていたのだ。
――まずい。
スノータイタンは、上に手を向ける。
空中で避けることができていない、ならば――
――シールド!!
最後の1枚をエリスの前で展開する。彼女は、オレンジ色の板に飛び乗り、ジャンプした。
攻撃はエリスの下をかすめて、触れることはない。エリスは、そのまま背後へと回り、頭の上に乗った。
そして、ダガーを目ん玉に突き刺し、
「サルド・オーフェン!」
昼白色の光が全身にかけたその瞬間、今まで見たことのない雷がスノータイタンの全身を覆った。
「…………ッ!!」
全身を焦がす雷は、外部から、と言うよりも内部からだった。内臓が破裂し、口から血を流すもそれは雷によって焼き焦げ、黒い煙が天へと上る。体は強い痙攣を引き起こし、立っているのもままならない。
スノータイタンは地面へと倒れるも、エリスは止めない。全ての力を使った渾身の一撃を食らわせた。
「てめぇだけは、死んでも倒す!」
そう言えるほどに。
◆◇◆◇◆◇
それからどれくらいたったのか、わからない。しかし、気がつけば自分の周りを冒険者たちが囲んでいた。
「もう終わってる」
誰かの声が聞こえ、やっとエリスは止めた。
立ち上がった拍子で立ち眩みを起こすも、なんとか耐える。
鼻から垂れる液体を袖で拭ったら、そこには血が付着していた。どうやら鼻血を出したらしい――少々熱くなりすぎた。
「死体は……」
黒く焼き焦げ、半分が炭となっている。やりすぎだ。
エリスはおぼつかない足で進みながら、ケンイチを探す。きっと彼はここら辺にいるはずなのだが――どこにも見当たらない。
パリン。
何かを踏んでしまった。足を上げると、そこにはガラス片が散らばっており、察するに電灯だろう。そう言えば、と少年が石を投げたのもこの辺りだったはずだが……。
「あっそういうことか」
自身の雷魔法が威力あがった理由をエリスは、わかった。
あのとき威力が上がったのは、少年が投げた石――雷光石に反応した。だから、内部から雷が膨れ上がったのだ。
「でも、いつそうなったんだ」
自分が寝ているときか、あるいは、見てないときか――まぁどちらにせよ、勝ったことに変わりない。早く探さなければ――。
「アイツどこいるんだよ。たっく世話が焼けるリーダーだぜ」
なんて言っているが、彼女の口角は上がっていた。
終わったことを報告し、褒められたい――と、思えたのは何年振りか。自分にもこんな純粋な気持ちがあったのか、と意外にもびっくりした。
「しっかし、どこに寝てるんだよ。もぉーなんか言えってよ」
雪を蹴った。
弧を描くように飛び、積もった場所へと着地する。しかし、その部分だけどういうわけか膨らみが大きい……。
嫌な気持ちが走る。全身の毛穴がゾワゾワと大きくなっているのを感じた。
――まさか。
エリスは走るつもりで足を出したが、体がついてこれなかった。その場で倒れ込んでしまうも、彼女は確認したいがために、這ってでも進む。
――違ってくれ。頼む!
神を恨っている彼女が、初めて祈る瞬間であった。
両手を使って進み、やっとの思いで膨らみに到達する。エリスは膝立ちし、雪を払いのけた。
青白い顔、何1つ動かない手足――。
「け、ケンイチ……!」
気付けば、氷の粒が流れていた。
あり得ない、と脳内で否定するも、感触は現実だ。しっかりとそこにあるのだ、と手が教えてくれる。
ハッとしたエリスは、彼を抱きしめながらこう叫ぶ。
「誰か……誰か、来てくれ!! 頼む!!!」
とても冷たくて、凍っている。




