2-18.ゴブリンを殲滅する炎――『ラヴァル・ヴォルク』
待ったグリフォンの羽を強く握りしめる。彼の余熱がまだ残っており、彼が生きているのだと悟る。
リーベはハンドックから降りるなり、すぐさま彼を支えた。戦場とは思えないほどかわいい寝顔を披露したケンイチを見て、安心してしまった。
「ほんと不思議な人ね」
最初からずっとどこかおかしくて、他の人とはだいぶ違う彼に対して、いつしか惹かれていた。日常が、戦闘が、経験が、ケンイチという存在を風船のように大きくし膨らませていた。しかし、それを恋と呼ぶには形がなく、好きと断言するには色がついていない。まだ人として、あるいは、仲間として好きといった感情である。
「守らないと」
作戦は続行する――。
エリスは右に、ハンドックは左へと移動した後に、黒煙が舞い踊る。その直後、阿鼻叫喚が森の中でこだましていた。
よしよし――リーベは始まったのだと感じ、右へと移動し、ケンイチを黒煙と茂みの中に隠した。
安全とはいいきれないが、少しの辛抱だ。早く終わらせよう。
「…………」
彼はスヤスヤ寝息を吐きながら眠っているのが見えた。黒煙と茂みで視界に遮られていても、不思議なことに見えていた。あぁここにいるんだろうなぁ、と確信できるほどに。
「これじゃあアタシ恋してるみたいじゃないか」
ホッと熱くなった頬を冷ますように、冷たい両手で抑える。ここは戦場だと言い聞かせるも、まだここに居たいと思ってしまう。それほどまでに彼の隣に安心感を覚えていた。だからなのか、ケンイチがいない戦闘は不安で仕方がない。
アタシには無理だよ。逃げ出したっていいじゃないか――なんて囁かれているみたいだ。
ケンイチがいない戦闘を乗り切られる自信がこれっぽっちもない。
改めて考えると、ケンイチはすごい。どうしてあれだけ勇敢に戦えるのか、なぜあんなにも剣を振れるのか。彼に対して『一緒に戦う』と言ってみたが、今でも剣を振ることは恐怖で仕方がない。
本当に自分では――。
「いや、できるはずだわ」
――ケンイチを信じろ、アタシ。
深呼吸をして、レイピアに手を伸ばした。
――大丈夫、大丈夫。アタシは、戦える。だって…………。
「信じてくれるだれかが居るんだもの」
今はその人が寝ていても、黒煙をまき散らしていても、信用してくれる人がいる。昔なら考えられなかった。剣を握れなかったあの頃なら絶対にありえなかった。
それをありえる状況にできたし、してくれたんだ。彼と一緒に冒険者を続けたい! だから絶対に、絶対に、
「貪欲に生き残ってやるわよ!!」
黒煙の中から飛び出し、目的の場所に向かって走る。それは洞穴の入口の前。そこに立っていれば確実に2人がやってくれるはずだ。
まだか、まだか――レイピアの剣先を正面に向け、左手にグリフォンの羽を握る。もちろんその手には2枚の羽。
「…………」
両端の黒煙が中央に迫っている。その中にはゴブリンがてんやわんやに騒いでいた。だが、まだ少ない。
左側の木が1本倒れ、鳴り響く破裂音。さすがハンドック、力勝負であれば彼の右に出る者はいないだろう。聡明でありながら、戦い方がファイターなのもまたいい味を出している。
それに比べて、右は少ない。何かが爆発する音も、倒れる音もせず、聞こえるのはゴブリンのうめき声のみ。隠密に関して言えば、エリスが最強だ。まるでアサシンのように闇の中へと消え、切られた人はそれに気づくことなく絶命する――近場で戦い方を見ていたリーベは、そう感じていた。
思えば、ユーリのパーティはレベルが高い。どうして★1止まりなのか不思議である。ユーリも、エリスも、ハンドックも、個々のレベルが高く、それでいて連携がとれていた。それこそ、自分がなんもしなくてもいいぐらいに――あぁやめよう。嫌なことを思い出してしまう。あの頃とは、別なのだ。
「…………」
気を引き締め正面へと再度目を向ける。ゴブリンの数が増え、なかには自分の存在を気付き弓で狙っているものも。
今から行動するべきか。いや、まだ数が少ないから待つべきではないだろうか。
どうする。どうする。どうする――その瞬間、コツコツコツと三回も何かが鳴り響く。これはエリスによる合図だ。ケンイチは、ミラーを使って音を出してくれ、と頼んでいた。さすが仕事が早い。
「…………」
リーベはレイピアに意識を集中させ、情熱を想像した。胸の奥でパチパチと音が鳴り、剣先が熱くなる。そして、
「ラーヴ・ヴォルク」
現れたのは、炎の渦。メラメラに燃えた火が、レイピアの剣先を中心に燃えていた。リーベは剣先を正面に向けると、その刹那、火の渦は前方に進んだ。地面の草を燃やし、木々を焼きながら、ゴブリンに向けて突進する。
しかし、これじゃあ威力は弱い。リーベはさらに燃料を投下するために、環境を利用するために、左手を大きく振った。2つの羽を持っているから威力は大きく、彼女の左手は後方にぐるんと回転する。
「…………ッ!」
肩は外れたかもしれない。左手がだらんと力なくぶら下がり、動かなくなっていた。
「最悪……」
ただ一言を漏らし、腕を抑えつつ火の渦に目を移す。木々から落ちた葉と風を吸収し、渦がさらに大きくなっていた。つまり、進化していたのだ。自分の手では出せない1つ上のランク――Bランクの炎魔法『ラヴァル・ヴォルク』へと姿を変えてしまっていた。
「……すごい」
リーベは、ポツリと言葉を漏らす。偽物ではあるが、Aランクの炎魔法を出せていることに驚きを隠せずにいた。
彼はこんなことを見越していたのだろうか。知っていたからこそ考えた作戦なのだろうか。もし仮にそうだとしたら、とんでもない逸材だ。なんせ絶対にこえられないランクの壁を彼は、一時的ではあるが壊したのだから。
「ありえない」
今までの常識が崩れ去り、恐怖と興奮が入り混じる。あふれ出る感情を前にしてリーベの体は、動けなくなっていた。
目の前で火だるまとなったゴブリンたちは、その場でのたうち回っていた。叫び、もがき、どうにか火を消そうとするが、全身を覆いつくす炎から逃れられず、苦しみやがて絶命する。まさに地獄がそこに起きているはずなのに、リーベは気にすることができなかった。
――現実が変わる。
たったそれだけが全身を支配し、目の前の阿鼻叫喚をよそ事のように見ていた。
次の話でゴブリン編は終わりです!




