2-5.少女の正体
隣で泣きじゃくるリーベと一緒に、草木をかき分けながら進んだ。
光が照らされ、目の前に馬車が現れる。バルがこちらに気付くなり、立ち上がった。帰ってきたことに安心したのか、顔が少しばかり緩んでいる。
「無事でしたか」
「はい」
リーベに何かあったのか、気付いているのだろう。しかし、それを聞くことはしなかった。
「何か居たんですか」
「ゴブリンが三匹ほど」
「全員やったんですか」
「いや、一体だけ逃しました」
「そうでしたか。でも、本当に無事でよかったです」
荷台のカーテンをバルは開け、リーベとケンイチは乗った。
「とりあえず、この子をどうするかなんですけど」
「そうだなぁ」
栗色の髪をした少女。彼女は、王都ルティーナで見たから一度戻るべきだろう。きっと両親が心配している――瓦礫から助けた女性を思い出した。
「一度、この子を王都ルティーナに戻すってことはできませんか」
ケンイチの言葉に、バルは首を横に振った。
「それはできません。なぜなら、荷物と……あとはおれの考えですけど、この子がルティーナ出身じゃないからです」
「えっ、そうなんですか」
「ここからの距離を考えると、ラロット村が近いからそうなのかなぁと思いまして。自分の勘ですけど」
ケンイチは、リーベを見る。彼女は、荷台の隅で身を縮めて泣いていた。
意見を聞きたかったけど、今の状況を考えるとそれはできない――ケンイチは、バルへと目を戻した。
「なら、それでいきましょう。もし違った場合……」
「そのときは、俺が王都ルティーナに届けます。だから、安心して下さい」
彼は強面だけど、仕事に対する信念は確かにある。信じられる男だ。
「わかりました。お願いします」
ケンイチは深く頭を下げた。
それからバルは外に出て、馬を走らせる。荷台の揺れに進んだのを感じつつ、一息ついた。
さてどうするか――しょげている仲間になんて声をかけるか言葉を探す。
「…………」
まぁ見つかるわけがない――なら、と考えを変える。
リーベを励ますのは辞めた。ただ一言、
「ラロット村ってどんな所なんだろうなぁ」
「…………」
言葉は返ってこない。
仕方ないか、と諦めたその時
「ん」
頷き声がした。
ただこれは聞き覚えが無いし、知っている声ではない。幻聴かと考えたが、上体だけを起こした影が目に入る。
ケンイチは、その方向へと目を動かした。
「おっ目を覚ましたか」
その言葉にリーベも顔を上げた。目を真っ赤に充血させ、頬を赤くしていた――が、ケンイチに見られたのを知った瞬間、引っ込んでしまった。
いまは放っておいたほうがいいのだろう。リーベではなく、起きた少女へと話しかけた。
「体調は大丈夫?」
少女は頷く。
「名前は?」
空を見つめ、何かを探している様子。目覚めてすぐに知らない人が居たらだれだって怖いはず――それを察せなかったことに悔いる。
「ここは、バルさんが所有している荷台だよ。えっとー悪い人じゃないから信じてほしい。きみを両親の元まで届けるから」
その言葉を信じたのかどうかわからな――—ただニコッとした表情で少女は座った。
そこでまた話を戻す。
「名前をきいてもいい?」
今度は丁寧に言葉にする。
少女は、自分の口元を指さした。
もしかして――わかってきた。
「喋れない?」
少女の首が強く縦に揺れた。
思い出してみれば、あのときもそうだった。
「わかった。ちょっと待って」
ポーチから鉛筆と今回の依頼書のコピーを差し出した。
「これに書いてほしい」
少女は頷き、紙を床に張り付け、鉛筆を握りしめる。
「じゃあ、質問を。名前は」
三度目にしてやっと、異世界ならではの文字で答えてくれた。
「シ……ユ。シユちゃんね、よし覚えた。次は、どこからきたの?」
シユが鉛筆を走らせ、文字を書く。
そこに書かれていたのは、
「ラロット村」
いまからケンイチたちが行く場所だ。
「なら、そこまで送っていくよ」
ケンイチは、四つん這いになり、移動した。そして、運転手側の小窓のボタンを開き、顔を覗かせる。
誰かが見ているのを感じたのか、「どうかされましたか」と、話しかけられた。その背中は緊張しており、最悪の状況を想像しているのだろう――ケンイチは、取っ手に摑まり、体勢を維持しながら
「少女が目覚めました」
と、真実を伝える。
バルは、振りむくことはしない。けれど、バルが見せた背中には、安堵があった。
「良かった。本当に良かった」
馬の足音にかき消されそうな声音であったが、そこにはしっかりと力強い安心が込められている。
ケンイチもホッとしている――2つの安心できない要素はあるが、今はそこを気にする必要も無いだろう。
馬車と荷台にあった緊張の糸が解ける。
「何かわかりましたか」
「はい。えっとー少女の名前はシユです」
「シユちゃんか」
バルは少女の名を忘れないよう反芻する。
「で、出身はラロット村です」
「それって――」
「今から行く場所です」
その言葉を聞いて、バルの手綱を握る手が一段と引き締まる。
少女はここまでやってきた。そして、下に居たゴブリン。この2つが見せる答えはつまり、ラロット村に何かがあって逃げ来た、ということになる。
もし何もなければいいのだが、何かあれば――そう思うとゾッとする。少女は立ち直れるだろうか、生きていけるだろうか、と心配になる。
「もし何かあったときは、戦います」
ケンイチは冒険者として、命を奪った者として、戦うための意思表示をする。
ただそれが戦えるだけの数か、それが不明であった。もしあの時逃したゴブリンが仲間を呼んで大量に押し寄せた場合、勝てるとは到底思えない。
だから願うしかない――村の無事を。
「えぇお願いします。状況によってはシユちゃんを連れて逃げます。いいですか?」
バルは、運転手としての使命を全うする――ということだ。
もし彼もいっしょに戦った場合、生き残る確率は高いけど、その分全滅したとき誰がシユを守るかと言う話になる。
誰も居ない。リーベもケンイチも御者の技術は皆無で、遠くまで逃げる事を考えた場合もっとも適任なのがバルしかいないのだ。
「はい、それでお願いします。何かあったら教えてください」
「もちろんです」
バルが額の汗をぬぐった。
緊張した面持ちのままケンイチは顔を引っ込め、小窓のボタンを閉める。
まず一息ついてから、シユに顔を向けた。
「どこか物陰に隠れていてくれないか」
シユは頷いた。
それからケンイチの手を借りて、シユは小さな体を縮こませ、カラの木箱の中に入った。
「……あとは」
隅でうずくまるリーベ。ただその肩は震えていた。
彼女が剣を握れない事を知っている。
リーベの隣に座り込んだ。そして、顔を覗きこむ。
「戦わなくていい。何かあったときは、シユを頼んだ」
リーベが顔を上げる。
涙は引っ込んだ代わりに、彼女の顔は青白く変色していた。
心配になる。
「大丈夫だって、リーベお前ならできる」
「……できない。アタシには、できない」
小さな口から浮き出た言葉は、まるで湯気のようだ。ケンイチの耳に入ってる頃には、霧散していた。
クヨクヨするなよ。あのときの希望に満ちた目はどこに行ったんだ。
「リーベ!」
ケンイチは、腹から声を出す。
「な、なに」
急に大きくなった声に驚いたリーベの表情が、少し明るくなる。
大きな声を出せばいいのではないけれど、それで届くのであればそうしよう。
ケンイチは、腹に力を込めた。
「こんなことあんま言わないほうがいいのかもしれないけど、剣を握れないなら握らなくていい。その役目は、リーダーの俺がする。だから、リーベはシユとバルさんに危険が起きないようにしてくれ。ここで頼めるのは、お前しかいないんだ」
「…………」
目には迷いが見える。
本当にアタシでできるのか、ただ足を引っ張るんじゃないか、と2ヶ月一緒に居ただけあって考えが読めてきた。
でもケンイチは知っている。彼女が本当は強くて、成し遂げられるだけの力を自分以上に持っていることをわかっていた。
「大丈夫。リーベは、自分で思ってるよりも凄い人間なんだ。俺が保証する」
「ケンイチが……」
引っかかった様子が見えたが、信頼されているのだとわかったのだろう。リーベが真っすぐした表情で見る。
「わかったわ。できるだけやってみる」
引き受けてくれたことに、自然と頬が緩む。
「リーベ。お前と一緒に冒険者できてほんと良かったぜ」
「最後みたいなこと言わないでよ」
口調がいつも通りだ。
良かった、と気がかりが1つ消えた――これで心置きなく、戦闘ができる。
ケンイチは、ラロット村で何が起きているのか想像できていなかった。でも、これだけはハッキリと言える。
俺たちならできる――と。確証は無いけれど、それだけの実績も無いけれど、リーベと一緒に行動すればどんな困難も切り抜けられそうだ、と勘が囁いている。
そこでケンイチの名を呼ぶ人物の声が聞こえた。
「もうすぐラロット村です」
それは、バルだ。
ケンイチは小窓のボタンを開き、村を見る。
「えっ」
言葉が出てこない。




