2-3.謎を追って
ケンイチが乗っている馬車は運転手――バルの所有物である。たまたまラロット村に行くからという理由で乗せてもらった。最初はツンとした表情で口数も少ない堅物だと思っていたが、今では頭に両手を抑え、ぶつぶつと念仏のように何かを囁いている。
「俺はやってしまった……取り返しのつかない事を……」
見てられない変わりようにケンイチは声をかけれずにいた。
リーベは少女の元に歩み寄り、無事を確認する。
耳の下まで伸ばした、栗色の髪。顔の幼さと手足の短さから察するに、年はまだ10もいっていないだろう。恰好は、可愛らしいピンクのワンピースであるが、少々泥で汚れている。
腕には数か所の切り傷ができているが、足は丈の長い服と暗めの靴により、しっかりと守られていた。
「…………」
手や足を確認したリーベが彼女を抱きかかえる。
「どうやら気絶している見たい」
微かに胸が上下する動きを見て、ほッと一安心する。
ただちょっとした違和感というか既視感があるけど。
ケンイチは、少女の顔をじっと見る。一体どこで見たのか、脳内に保管されている記憶を巻き戻した。
昨日、1週間前、10日前、1カ月前、2か月前――その瞬間、「あっ!」と大きな声をあげる。
「急にどうしたのよ」
ビックリしたことを恨んでいるのか、強めた語気で彼女は喋っていた。
「思い出したんだよ」
「何を?」
「この子を……」
ケンイチが顎をしゃくって、少女だと示す。
リーベはまだわかっていないようで、首をひねっていた。
「ほら、あのときだよ。道具屋カヤの隣で助けた少女じゃねぇか」
ケンイチの言葉を難しい顔で受け止めながら、自分の手中で眠る少女を見た。
「あっ!! 確かに」と、目を大きく開いたリーベが何度も頷く。
どうやら納得したようで、お互い目線を合わせた。
「ほんとだわ。うん、その少女じゃない」
「だろ。なんかあったんかな」
どこから現れたのか――それを知っているのは、運転手だけだ。
リーベが少女を荷台へと移動させてもらい、ケンイチは事情聴取をすることにした。と言っても、警察のようなかしこまったものでもなく、フランクな気持ちだ。
ただ運転手の顔からは尋常じゃない量の汗が流れ、青白く変えた唇を小刻みに震わせていた。
「あの……!」
強めに声掛けをしたことが功を奏したのか、運転手はすぐに顔を上げる。
「わ、悪いね。こんなことになっちまって……オレ気を付けてたんだけどさ」
どうやら轢いた、と思っているらしい――少女は大きな怪我をしていないから、その事実はあり得ないのだと彼に話した。
「そ、それは本当か」
みるみるうちに顔色は良くなり、元の彼に戻った。だけど、流れる汗は止まっていない。
彼は頭にターバンを巻き、薄いジャケットを羽織っているから、暑いのかもしれない、と思いつつも同じ目線に姿勢を下げた。
「そうなんです。もし轢いたとしたらきっと大きな怪我を負うはずなんです。でも、それが見当たらなくて――あってもそれは切り傷でして、馬とぶつかってできたとは到底考えられません。確認してみますか」
ケンイチの言葉に何度も頷き、彼は立ち上がる。
「そ、そうだな。一応自分の目でも見ておきたい」
運転手と共に荷台へと登る。
彼もまた少女の顔を何度も見て、安心したのか、顔から生気が抜ける。
「よかった……轢いてなかったんだ」
その一言を噛みしめるように彼は呟いた。
「どうしてこうなったのか調査をしたいので、すみませんがバルさん、少女がどこから飛び出したのか教えていただけませんか」
リーベの声に「あぁそうだな」と反応する。
「たぶんだけど、こっち側だ」
指を刺したのは右側――そこに一体何が。
「わかりました。ワタシたちは調査をしますので、少しの間待っていてもらえませんか」
「もちろんだ」
しかし、その後想定外の言葉をリーベが喋る。
「もしアタシたちの帰りが遅かったら馬を走らせてください」
まじか――体力には自信があるけど、最悪の場合徒歩になるのか。
反論できる雰囲気でもないし、ケンイチは言葉にしなかった。
「それは構いませんが……でも、それだと――」
「お構いなく。そうでしょケンイチ」
この状況で「それはよくない」なんて吐けない。
ケンイチは頷いた。
「そのほうがいいですね」
心の中では泣いていた。
「わかりました。では、無理をなさらず気を付けてください」
ケンイチとリーベは荷台から降りて、バルが指さした方向へと向かう。
ただ、ちょっとばかしビビっている人が1人――それはリーベであった。
◆◇◆◇◆◇
森の奥深くに入った男女のペアは色々と話し合った結果、そのまま下ることにした。
「緊張しているのか」
後方を歩くリーベに声をかける。
「少しだけね」
その声は上ずっていた。
「大丈夫だろ。なんとかなるって」
「そんな適当な……」
「それにヤバかったらヤバかったで、そのとき考えればいい。今は、とりあえず何があるのか探しに行こう」
ケンイチがそこまで言うのなら、と言った表情で後ろを付いてくる。
そんなに怖がるものか、と考えるが、それはのちにケンイチも思う事となる。この世界がゲームではないからこそ、死んだら終わる現実だからこそ、彼女がビビっているわけを。
そのとき、荒い音が耳に入ってきた。ザザー、ザザー、と連続的に流れるその音は、川だ。
ケンイチとリーベは音の鳴るほうへと近づく。頬に涼しい風を浴びながら、足を進め、木陰に身を潜ませる。
リーベが顔を出して、目視で確認した。
「何か見えたか」
ケンイチが小声で喋りかける。
彼女はすぐさま顔を下げた。そこには緊張した面持ちで、首を振る。
何か居るのか、まさか魔物が――顔を上げようとしたが、腕を引っ張られる。そして、耳元で口を近づけ
「だめ。気づかれちゃう」
と、リーベが囁いた。
「別に問題ないだろ。何がいけないんだよ」
「いいからダメな物は、ダメ。やつらに勝てない……」
ビビっている――彼女は怖がっていた。
「どうして」
ケンイチに答えようとしたその刹那、頭を何かが霞める。それは、木に刺さると反動で揺れていた。
顔を上げ、刺さったそれを見る。
「…………」
2人は息を呑む。
そこにあるのは矢だ。60センチほどの木の枝に、尖った石を縄でくくりつけた歪な形をしていた。
気付かれたのか。奥のほうがギャーギャー騒がしく、足音が近づいてくる。
出るなら今しかない――ケンイチはリーベに確認もせず立ち上がった。
「誰だ、お前ら!」
河原に居たのは、2足歩行の化け物だった。




