ロープワーク
「串で心臓を貫くなんて、よく思いついたわねぇ」
「へへ、咄嗟だったよ」
「お前、めちゃくちゃ怖かったぞ」
「ごめんごめん、でもここまで上手く行ったのは吉仲のおかげだよ」
ナーサの感心にも、吉仲の苦言にも、リヨリは笑顔で返す。その顔はニヤケっぱなしだった。
「どうしたんだ?そんな嬉しそうな顔して。……俺が無事で嬉しいのか?」
吉仲がニヤリと聞く。
「うんうん、もちろん!吉仲が無事で良かった!それに何より、串一本でほとんど無傷のヒポグリフの肉なんて最高だよ!」
リヨリはヒポグリフの身体の前で大きく腕を振り上げる。痛みはもう感じてないようだ。
串は、単一の機能しか持たないことと一度に複数本使うため、魔法道具にしては価格が安い。
「ハハ……ホントしっかりしてるよ、リヨリは」
吉仲の笑みは、そのまま笑いになった。
「それより早く解体場へ運ぼう!」
「え?」
リヨリが吉仲を引っ張って立たせる。
「早く早く!お肉焼けちゃう!」
「せめて、返り血くらい洗わせてくれよ……」
興奮状態のヒポグリフの体温は高く、四十度を越えることもある。
急ぎ体温を下げなければ、肉は生焼けになり使い物にならない。
吉仲はヒポグリフを見る。死んだのを改めて見ると、そこまで大きくはなかった。
それでも普通の馬くらいの大きさはある。平均的な馬の体重は四百キロから八百キロ、吉仲は脚を持ってみるが、ビクともしない。
「いや、こんなデカくて重いの運ぶのなんて、全員掛かりでも難しいだろ……。ナーサ、なんか無いか?」
「う~ん……私の道具じゃちょっと……難しいかもぉ?」
ナーサが鞄を改めながら返した。
「そうねぇ……フェルちゃんの熱気球なら飛ばせるかしら?」
フェルシェイルは少し離れた所に転がる熱気球を見る。
「お肉分けてくれるなら、構わないわよ」
「……いや、熱気球は難しいと思うな。川辺は森の中だし」
熱気球は森には入れない。枝で気球に傷が付くとそこから空気が抜け、飛べなくなってしまう。
「じゃあ肉焼けちゃうじゃん……」
「……あ、そうだ。リヨリ、ロープ貸してくれ。ちょっと試してみたいんだ」
「え?うん、いいよ」
リヨリと店に戻り、ロープを取りに戻る。老人も、フェルシェイルとマルチェリテも、ナーサすらも吉仲のすることに興味津々の様子だ。
「なあナーサ。ロープって自由に動くんだったよな?同じ動きを繰り返せるか?」
「ある程度、簡単な動きならねぇ。でも吉ちゃん、魔法道具使えないんじゃ?」
「さっき串を使ってみて、なんとなく行けそうな感じがしたんだ」
おたまでロープに軽く触れる。
「わ!壊れる!」
リヨリが大声を上げた。しかし、ロープは壊れることはなく、蛇のように吉仲の腕に巻きついた。
「うん、使える」
もう一度おたまで触れると、ロープは力を失ったように地面に落ちた。
「そうねぇ、それだけ使えれば十分よぉ。繰り返す動きをイメージすれば良いわぁ」
「お!それならバッチリだ」
一本をヒポグリフに結び固定し、もう一本を身体の下に通しおたまで軽く触れる。
ロープは蛇のように這い、ヒポグリフの身体の下で蛇行する形で広がる。もう一度触れると軋みつつも、ヒポグリフの体をしっかりと支え、持ち上げた。
「お」
「良い感じだな、そんでこの下の奴を……」
吉仲が念じてさらにおたまで触れると、ロープは地面で尺取り虫のように動き始めた。
「おお……」
ヒポグリフの胴体が揺れる。下のロープは地面を掻き、ゆっくりとした動きではあるが、進みはじめた。
吉仲が念じると、徐々にスピードが上がり始める。ある種の無限軌道を描き、ヒポグリフの体が進む。
「お、お、おお~」
一堂から歓声が上がる。
「吉仲、やるじゃん!」
「そうね、こんな動かし方見たことないわ」
「それにぃおたまちゃんも使いこなしてきたわねぇ」
三人に褒められ、吉仲は背中がむず痒い感じがした。
「ま、とりあえず沢に向かうか」




