エルフの料理について
自然と共に暮らすエルフ達にも、料理はある。
むしろ人類よりも手先が器用で道具の扱いに長け、食材となる生き物に対する造詣も深く、狩猟や栽培の名手でもある。
技術としての料理の素質は、人類よりも遥かに上だ。味覚その物も文化的な違いはあれど、生物学的にはそこまで大きくは変わらない。
ただ一つ、人類との大きな違いがあった。
エルフの文化は、美食を楽しむにはあまりにも禁欲的なのだ。
自分達の楽しみのためだけに食材に過度に手を加えることは欲深い行いとされ、自然に対する傲慢な行為と見るのが一般的だ。
そして、最低限の調理でも衛生面を担保するため、彼らの十八番でもある、薬草を用いた味付けが多い。
種々の薬草はスパイスとしても働くが、高潔なエルフ達は、衛生のための薬草で楽しみのための味を整えることを良しとしなかった。
幼少期から本質的な物の見方を学ぶ彼らの多くは、味覚の本質は毒か薬かが分かれば良い物と考える。
そこに美味いか不味いかと言った感情を持ち込むことは、軽蔑すべき欲望に他ならなかった。
エルフ達は、自然の薬草の味を愛し、自分達の高潔な生き方を愛し、本質的な考え方を愛した結果、地上で最も料理に向かない種族と呼ばれるようになったのだった。
しかし、何事にも例外は存在する。
「私は人の料理に魅せられたんです」
マルチェリテは柔らかく微笑んだ。
「はじめて人の料理を食べ、ワクワクドキドキを味わった後、正しいはずの故郷の文化は急に味気なく、色褪せて見えてしまって……。欲望に呑まれたと非難する仲間もいましたが、あの感動は悪い物ではないはずです」
思い出すかのように空を仰ぎ見て、胸に手を当てる。まるで一幅の絵画のように美しい光景だった。
その場にいる全員が、思わず少女に見惚れた。しかし、フェルシェイルだけは森から目を離さない。
「そして都に住み始め、人の料理を学んだのです。イサさんやフェルさんともお友達になり、今回のお話を持ち掛けられました」
マルチェリテは、決然とした表情でリヨリを見る。フェルシェイルもようやく、微妙な顔をマルチェリテに向けた。やはりすぐ、森の方に視線を戻す。
「私との勝負、引き受けていただけますか?」
リヨリは、思わず微笑んだ。マルチェリテと戦いたくなったのだ。
「……ナーサさん、痛み止めある?」
「もう、しょうがないわねぇ……あら?」
ナーサは肩をすくめる。一拍の後、フェルシェイルと同じ方向を振り向いた。
「勝負の前に、やらなきゃいけないことができたみたいよ」
フェルシェイルが呆れたように声を発する。吉仲の耳にも、何か、甲高い声が聞こえた。
「マルチェ。アンタ、今度は何を連れてきたのよ」
「え?連れて来たって、どういう……」
マルチェリテが最後まで言い終わる前に、黒い塊が森から猛烈な勢いで飛び出して来た。
巨大な翼が青空を滑空し、四本の脚が地響きを立て地面に突き立った。
下半身は悍馬だった。力強く引き締まり、彫像のように美しい鹿毛の脚。しかし、首に当たる部分から純白の羽毛が生えている。
鬣に当たる部分からは体躯より大きな翼が生え、そのまま頭は鷲になっている。
魔物だ、それも、ひどく興奮している。
「ヒポグリフぅ!?」
「やっぱり……」
ナーサは叫び、フェルシェイルは、大きくため息をついた。




