怒りのヒポグリフ
鷲の頭と翼、馬の胴体と脚を持つ魔物――ヒポグリフはしきりに翼をはばたかせ、落ち着きなく前脚で地面を掻いている。
威嚇するように短く鳴き、一堂を眺め回す。
「なんか、めちゃくちゃ怒ってないか……?」
吉仲は後ずさる。
おたまは店の中だ。もっとも対抗手段があっても、恐ろしい魔物には変わらないが。
「本当にどこで何してきたのよアンタ……」
呆れた口調でフェルシェイルはマルチェリテに聞く。
マルチェリテは何かを思い出そうと目を閉じ首を傾げるが、やがて肩をすくめた。
「う~ん……まったく心当たりが無いんですが……」
「はぁ?そんなわけないでしょ。草原に暮らすはずのヒポグリフが、どうして興奮して森を越えてここまで来るのよ」
「えぇ……そんなこと言われましても……確かに一度、広い草原には出ましたけど……」
マルチェリテとフェルシェイルの間にナーサが入り、鞄を開いた。
「とりあえず、話は後にしないとぉ……リヨちゃん、ゆっくり下がってお店に入って。ヒポグリフから目を離さないように後ずさってね。あと、吉ちゃんもぉ……店に戻っておたまちゃん持ってきて」
怪我人のリヨリを戦わせるわけにはいかず、吉仲はおたまが無ければ何もできない。
通常、ヒポグリフの強さは二足トカゲと大差は無いが、興奮状態とあれば話は別だ。
「え?う、うん」
「……う、分かった」
リヨリと吉仲が後ずさると同時に、ヒポグリフが甲高く鳴いた。威嚇の鳴き声に、二人は身をすくめる。
遠目にも鷲の鋭い視線が、全員を射止めているのが分かった。
「いいから、行きなさい。ヒポグリフは目を離さない限り、襲いかかってくることは無いわ」
フェルシェイルがヒポグリフから遮るように立ち、片手で進むように指示する。
炎こそ出してはいないが、陽気の中、フェルシェイルの身体が蜃気楼で歪む。いつでも炎を発せるように熱を蓄えている。
「マルチェ、アンタもなんかはあるでしょ」
ジリジリと遠ざかっていく二人の気配を背中に感じ、目はヒポグリフから離さずにフェルシェイルはマルチェリテに話しかける。
「うーん、そうですねぇ……」
マルチェリテは、なんの気無しに旅行鞄を見た。
あまりにも隙だらけで、ヒポグリフでなくとも見逃さなかったろう。視界の端でその姿を見たフェルシェイルは青ざめ、つい向き直ってしまう。
馬の蹄が草を跳ね散らし、ヒポグリフがマルチェリテに突進する。瞬く間にかなりの距離が詰まった。
「え?」
「ちょ!バカっ!」
フェルシェイルが咄嗟に猛火の壁を張る。
全開の火力は、煌々と輝いた。まさしくあらゆる物を灰燼に変える不死鳥の炎だ。
しかし、ヒポグリフは燃え盛る炎の壁を、意に介さず跳躍した。
「い、今のうちに飛び込むぞ!」
「え!?あ……!」
吉仲がリヨリの腕を引っ張り、店に飛び込む。




