解体開始
翌日、ナーサは準備をしてくると、一度帰った。
鞄から身の丈以上の長い棒を取り出した時、吉仲は箒かと思ったが、両端に装飾のついたただの金属の棒だった。
ナーサが手短に説明した所によると、箒は風の象徴の一つで風精霊の力を使う術師が使う物だが、ナーサは星の反発力を制御する魔法式で飛ぶため金属の棒で無ければいけないらしい。
吉仲にはよく分からなかったが、少なくとも流儀が違うということだけは伝わった。
棒に横座りをして宙を飛ぶナーサを見送り、リヨリと共に蝙蝠の解体に向かう。
吉仲が沢から蝙蝠を引っ張り上げる。
毛が水を含み、羽が水の抵抗を強めたんだろう、内臓があった時より重く感じる。
なんとか引っ張り上げると、息吐く暇も無くリヨリがカチの家に運び込むように指示をした。
蝙蝠の身体の水でずぶ濡れになりながら、カチの家の解体場へ持っていく。
日差しが強い日だったから、水気は気持ちよくもあり、蝙蝠の死体に着いた水と考えると気持ち悪くもあった。
カチの家は近く、徒歩で五分もしなかった。
沢で獲物の内臓を抜いて冷やす手法は、ヤツキもカチから教わったと先導するリヨリが話す。
「……あ!カチじぃおはよう!見てみて!ほら昨日の獲物だよ!」
「ああ二人ともおはよう。人間のオスか、大物だな。はっはっは」
リヨリが蝙蝠を背負った吉仲を指差し、縁側でパイプをくゆらすカチは吉仲を見て笑った。
「おはよう……知ってると思うけど、俺は獲物じゃないよ?これ、どこ置けば良い?」
「ほう、大蝙蝠か。そっちから裏に回ると作業台がある、そこに置きなさい」
「ああ、ありがとう」
カチが指差した方向、家の裏庭に、東屋と石の作業台があった。吉仲は蝙蝠を置き、背中を払う。
シャツは湿っているが、乾くのは早そうだ。
「お疲れ様、よーし捌くぞ!吉仲、そっち持って!」
「ええ?まだ働くの?」
「当たり前じゃん、これからが本番だよ?ほらほら早く!」
リヨリの勢いに押されて、吉仲は羽の付け根を抑え、リヨリが翼を、脚を広げる。
内臓を取るために腹を裂かれた蝙蝠は、翼を含めると作業台を遥かに越えた大きさだった。
ダンジョン内ではもう少し小さく見えていた吉仲は、改めて見てその翼の大きさに驚く。
「……あー、ええと……どうやって皮を剥ごう。これ」
「ええ?今の勢いはどうした?」
蝙蝠は翼手と呼ばれる、人間の手と腕に当たる部分に翼膜が張られている。
それは鳥類と異なり、腕から身体の側面を通り、脚、尻尾の先に至るまで張り巡らされている。
翼膜をピンと張り羽ばたくことで空気を受けて揚力を生み出し飛べる。
また、翼膜の張り具合を調整することで、鳥や虫にはできない急転回が可能なのだ。
そして、その首を除く全身に張られた翼膜に、リヨリは躊躇した。
一般的に狩猟で得た動物は、刃物で毛皮を剥ぐか、熱湯を掛けて毛を抜いて肉の部分を得る。
カチの流儀は皮を剥ぐ手法だ。その場合、脚と首に切れ込みを入れて、肉と皮の間にナイフを入れて、丁寧に皮を剥いでいく。
最終的に肉と毛皮が綺麗に分離するため、毛皮も素材として使えるのだ。
しかし、小さな猪と同じサイズの蝙蝠とはいえ、同じようにはいかなかった。
手脚に張り巡らされた翼膜が邪魔をする。皮を剥ぐ前に、翼に傷を付けないように手足を切り落とすか、翼膜だけを先に切り落とす必要がある。
「どっこいしょっと」
カチが家と東屋の中間にある籐椅子に腰を下ろす。手には何枚かの清潔な白い布を持っている。
「あ!カチじぃ、どうすれば良いかな?」
「なんじゃ?リヨリは蝙蝠はじめてか?……そうさの。これも修行と、思ったようにしてみるんじゃな」
老猟師は、完全に二人の作業を見物する姿勢だ。
その顔は孫のヤンチャを見守る祖父の顔になっている。
「むー……」
「じゃあさ、先に翼膜を切ってから皮を剥いだら?……あーダメだ、聞いちゃいない」
リ
ヨリはむくれつつも蝙蝠をジッと見つめる。
料理と同じように集中したリヨリを見て、吉仲は呆れ、カチは笑った。




