初収穫
光の中、うずくまるリヨリを見る。
山刀は握られているが、ひるんでいるため取れそうだ。
「リヨリ、借りるぞ!」
「え!?え!?吉仲?どこ!?……あっ」
リヨリの手からナイフを取り、蝙蝠の首筋に突き立てる。
明かりが徐々に収まってきた。
蝙蝠は短い断末魔の悲鳴と共に息絶えた。
やがて、元の明るさに戻る。
吉仲がおたまで触れた魔法陣は光を完全に失い、色褪せていた。
吉仲は、はじめて自分の呼吸を、身体の状態を意識できた。
息は上がりきってうまく呼吸が出来ずに苦しい。
興奮冷めやらぬ腕はナイフを握ったままブルブルと震える。
手は、どうしても開くことができなかった。震えと共に蝙蝠の傷口から血がほとばしる。
「大丈夫ぅ?吉ちゃん」
「あ、あ、ああ……」
「あんまり大丈夫には見えないわねぇ。ほらほらぁ、これでも嗅いで落ち着きなさい」
ナーサは鞄から、棒状の袋を取り出し、口を開けて吉仲の鼻先に近づけた。ナーサの髪と同じ香りのお香だった。たしかに心が落ち着く香りだ。
やがて、腕の震えが止まり、ようやくナイフから手を離すことができた、息切れはまだ治らなかったが。リヨリも目が慣れて、立ち上がる。
「な、何したの吉仲?……あ!蝙蝠倒してる!」
吉仲は震えが収まったが、まだ腰が抜けていた。
蝙蝠の断末魔が、なんとなく手に残る感じがする。とっさのことで、自分の身を守るためとはいえ、このサイズの生き物を殺したのは初めてで、その衝撃は思いのほか大きかった。
「俺に、聞くなよ……蝙蝠は……まあ、倒したけど」
喘ぎ喘ぎ言うと、大きく息を吸い、吐き出せた。
リヨリは蝙蝠からナイフを抜き取り、軽く振るう。
蝙蝠の血はすぐに白刃から跳ね飛ばされた。
「魔法式に直接干渉する魔法ぉ……?そんなの、ありえるぅ……?」
ナーサは魔法陣をまじまじと見つめ、それだけを呟いた。
「……異物、ねぇ。……まあ、当初の目標は達したし、ひとまず帰りましょうか?リヨちゃん、蝙蝠捌ける?」
「うん、多分、やったことないけど、ここまで大きければイノシシとある程度似てると思う……早く血抜きとかしたいかな」
「え?蝙蝠食うの?」
「あらぁ?見た目が悪いくらいで普通のお肉よ?吉ちゃん蝙蝠も食べない派?」
昔、ネットで東南アジアやオセアニアの国々では蝙蝠は常食されている、という記事を見たことはあった。
獣の肉だし、異常というほどでも無いとは感じる。スライムを食べて感覚が慣らされているのかもしれない。
もっとも、ネット記事で見た蝙蝠の身体がそのまま調理されたような料理は、到底美味しそうには見えなかったが。
「食ったことは無いかなぁ……」
「私も無いよ、どうやって血抜きしよう?頸動脈が切れてるから、早く逆さに吊るして血抜きしたいんだけど……」
「逆さに吊るせば良いのねぇ?」
ナーサが鞄のつるをひと撫ですると、蛇のようにうねうねとロープが這い出てきた。
ライトになっていた明かりの魔法生物が空中で静止し、ロープを支える。ひとりでに蝙蝠の脚に絡みつき、そして宙吊りにした。
「わ、すごい。良いねこれ!」
「ふふ、便利でしょう?安くしておくわよぉ?」
首元から血が溢れる。ドロドロと地面に流れ、廊下に血だまりができる。吉仲は腰を抜かせた姿勢のまま後ずさって血だまりを避けた。
「ええー?お金とるの?」
「当然よぉ、売り物ですものぉ。それにリヨちゃん今お金持ってるでしょう?」
「あー、まあ。そうね、そうだけどねぇ……」
釈然とせず腕を組むリヨリに微笑みかけ、ナーサは続けて鞄からワンドを引き抜き、流れ出る血に振るう。
血はワンドの動きに合わせて流れを作り、陣を描き上げた。
「これはサービスねぇ」
「魔法陣?」
よろよろと吉仲が立ち上がり、吊るされた蝙蝠の近くに立った。
「単純な転移式、この蝙蝠をポータルに送る物よぉ」
「そいつはありがたいな。結構歩いたし」
胴体だけでも八十センチはありそうな巨大な蝙蝠だ。
飛ぶからには重くはないとは思うが、それでもかなり威圧感のある見た目をしている。
「でしょう?吉ちゃん、がんばって運んでねぇ」
「……え?俺?二人は?」
「三人がかり、二人がかりで運ぶには小さいしぃ、そうなると一番力ありそうな吉ちゃんよねぇ。適材適所よぉ」
改めて蝙蝠を見る。自分一人で運ぶと思って見ると、何か忌まわしい形相をしている。
触れたら呪われそうだ。
「そろそろ、血抜きも終わるね」リヨリは頷きながら呟いた。
「じゃあ、送るわよぉ」
吉仲の気持ちは考慮されることもなく、話は決まったらしい。
ナーサがロープを緩めると、蝙蝠は落下する。
地面に落ちると見えたその時、血で描かれた魔法陣に飲み込まれていった。
水面に飲み込まれるように魔法陣から血が跳ね、蝙蝠の体は消えていた。
蝙蝠の身体を全て飲み込み力を失った血の魔法陣は凝固し、カラカラに黒く乾き、やがて砂と同化し消滅した。
2019/11/15 誤字報告ありがとうございます。嬉しいです。




