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溶ける心  作者: 志筑傘
2/2

氷と人形と





教室では既に半分以上の生徒が集まっていた。

始業5分前に席に着くと、周りに女が2人寄ってきた。



「きいたよ、噂」



うわさ?


心当たりもなく首をひねると、すかさず隣の女が身を乗り出してきた。



「また犠牲者がでたんだって?」

「あぁ、」


昨日の。


相変わらず噂というのははやいもんだ、

彼も知っていてもおかしくないはずなのに。



「かわいそうだよねー、また慰めに行ってあげなきゃだよねー」



女は2人して顔を見合わせケラケラと笑いだした。

何が面白いのか。


2人で盛り上がっているので、無視して授業の準備をする。



「ほんっと、かわいそう。入学してすぐ一目惚れだって。」

「周りも教えてあげればよかったのにねー」

「あなたが恋焦がれてる先輩は噂のアイスドールですよーってね」



いい遊びでも見つけたかのようにはしゃぐ2人は、何も言わない彼女に興味が失せたのか席に戻っていった。


おそらく今日の放課後にでも昨日の彼を誘って楽しい遊びでもするのだろう。



何度目だろうか。人が振った相手を慰めるといいながら失恋の弱みに付け込んで遊ぶ様はハイエナのよう。いや寄生虫か、金魚のふんか。結局飽きてすぐ捨てるのだからどれとも違うな。


彼女達は、少年が昨日まで恋していた田川ありかから自分へ興味をうつすことによって田川ありかより魅力的だと思いたいだけなのだ。低俗だとは思うけど特にやめさせるつもりもない、彼女達の勝手だから。

田川ありかは短く息をつくと、いつの間にか始まっていた授業に集中した。






ーーー


「あり今日ひまー?」

「うん暇だよー!昨日夕飯作りすぎたから今日は作らなくていいの!」

「カラオケいこ!」

「おっけー」


放課後になり、同じクラスの芳川紗江が教室に入ってきた。


「毎日偉いね、夕飯作ってちゃんと節約して〜女子力の塊だよ」

「ふふ、ありがとう」



田川ありかは笑わないわけではない。

決して無表情だけの少女ではなく、素はとても普通の女の子である。



「そう、今日ね、部活で仲良くなった滝川や菜美、あと土倉も一緒なんだけど大丈夫?」

「問題ないよー」




バドミントン部の紗江は信頼できる数少ない友人だ。その紗江が連れてくる友達なら大丈夫だろう。

おそらく滝川や土倉は男だと思うが、問題ない。

担任に用があったありは、準備室に寄るからということで玄関での待ち合わせとなった。




ーー

それから数度、同じメンツでカラオケに行き、最近は菜美や土倉と登校する仲にもなった。



「ありちゃん自分の身の回りのこと全部やってるってほんと?」


「え、田川飯作れんの。手作り食いてー!!今度弁当作ってきてくれよ、俺のコンビニ弁当と交換な」



菜美が言った一言に身を乗り出してきいてきた土倉…まさか、ね



「えー今度きがむいたらねー」


「まじ!田川の手作り料理ゲットしてやる」



ありは1人暮らしではないが、ほぼ1人暮らしと同じ生活を送っている。

両親は離婚していて母に引き取られたが、

今は仕事で海外を飛び回っている為月に3週間は家事全般を1人でやりくりしている。




「ありちゃん土倉ごめん!今日日直で早く行かなきゃ!先走って行っちゃうね」


「あ、うん気をつけてー!」


「あ、おい!菜美」




こっちは普通に歩いても余裕で間に合う時間なので、そのまま土倉と2人で歩き始める。


菜美がいなくなっても土倉とはかなり話しやすくあっという間に学校に着いた。おそらく彼は今の私にとって一番仲がいい男友達だと思う。



それにしても、3日連続で菜美に予定があるとさすがに怪しい。まるで2人きりにするように画策しているかのような…まさかね、紗江の友達だし、そんなことはないと思うんだけど。






翌日の朝、恐れていたことが起きた。


家を出る直前に菜美から携帯にメッセージが届き、今日も予定があるから2人で登校して、という内容だった。



…嫌な予感がする。



今日は土倉にお弁当を作ってやったというのに、持って行かないほうがいい気がする。


いや、大丈夫。きっと、何もない。


朝から憂鬱な考えを吹っ切るように、ありは立ち上がり、誰もいない家に向かっていってきますと放ちドアを開けた。




「…っ、あり」


「今日は天気いーねー」


「…そう、だな」


「あ、そういえば昨日の体育負けてたっしょ。私の席から校庭見えるの、確か3限だったかなー?サッカーは不得意?」


「あ、あれ見られてたかー、」



先ほどから何かを言いたげに私の名前を呼んでくる。少しでも会話に穴が開くとダメな気がする。


絶対ダメ、


だから土倉の雰囲気をわざと分からないふりをして話しかける。

渡そうと思っていたお弁当をぎゅっと握って。



「あり、あの…」


「あー!そうだ、今日数学の山田がね、」


「好きだ。」


「山田がね、山田が…」





2人は立ち止まり、土倉はありのことを真剣に見つめている。ありは、土倉を見ようとせず、俯いたまま言葉を失っていた。




聞き間違いであってほしい。お願い。




「付き合ってほしい」




「…っ」









……さよなら。土倉。



ありは俯いていた顔を上げ土倉に向き合うと、青ざめた顔で無理矢理に笑顔を作り、



「…あのさ、土倉。そういうの本当、吐き気がする。もう顔も見たくないし、話すこともないから。」



「え、あり…?」



「私の名前を気安く呼ばないで。じゃあ」





謝るつもりもない。


ありは困惑する土倉を置いて学校に向かった。





高校も2年目になり、彼女の噂は市内の高校生の間ではかなり有名になった。


それもそのはず、街を歩けば人が振り返るような美少女であるから。でも1年生の彼のように彼女の噂を知らずに恋してしまう人や、土倉のように仲良くなれば大丈夫と思い、近づいてくる者もいる。

同じ学年だから知っていて当たり前であるはずなのに。

いちいち彼に説明する必要もなかった。







田川ありかはアイスドールとして知られている。

普通に生活する分にはごく普通の美少女であり、噂さえなければ言い寄ってくる男も多い。



だが言い寄ってくる男は興味もなく、顔すら見る前に断る。

かなり仲良くて、それまで普通に接していた男に対しても1度でも恋愛感情がバレると決まって無視を決め込む。

まるで汚いものでも見るような目で拒絶するのだ。


それだけ恋愛感情というものに嫌悪感を抱き、ありかの印象を変えてしまうほど冷たい目をする。


おそらく今後土倉と顔を合わせても、嫌悪感で話したり笑ったりすることはできないだろう。


彼自身が既に嫌悪の象徴と見えてしまった以上、彼の顔をまともに見ることすらできないのだ。



どんなに仲が良かったとしても。






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