そういうキャラ②
◆◆◆
馬車。
帝都ガイネスフリードを発って二日。アゼル・セラ・アルファイドは乗合馬車の硬い座席に尻を押しつけ、窓の向こうに広がる冬枯れの低丘陵をぼんやり眺めていた。
──本来の歴史であれば、この西街道を往く旅人の大半は「旅人」とは呼べない者たちであった。
逃げてきた人間か、追ってきた人間か、あるいは追われた末に動かなくなった人間か。旧魔王軍の残党が帝都と地方を結ぶ街道を寸断し、ウルフ・ファングの群れが点在する集落を食い荒らしていた時代に比べれば、この冬枯れの退屈は贅沢な部類に入る。もっとも、その退屈をもたらした原因の大半が一人の異常なマザコンの手によるものだと知る者は、この乗合馬車の中には一人もいない。
アゼルはその事実を知る唯一の存在であったが、知ったところで何ができるわけでもない。
さて、乗合を選んだアゼルではあるが──無論、走った方が速い。全力を出せば馬車の十倍は楽に出る。だが街道をそんな馬鹿みたいな獣のような速度で疾走する伯爵家の次男坊という絵面は殊更目立つ。
馬車なら商人や旅人に紛れて目立たない──そういった判断が咄嗟にできるようになったのは、前の世界でさんざん失敗した賜物であろう。逆をいえば、そんな判断すらできないほどに前の世界のアゼルは勇者としての使命感でキマっていたといってもいいかもしれないが。
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そんなアゼルであったが──宿場の停車で四人の女が乗り込んできた。
と、思ったら先頭の女が馬車の入口で引っかかった。
全身鎧だ。肩当てが扉の枠に激突して凄まじい金属音が鳴り、後ろに並んでいた三人が口々にせっつく。
「ルイーザ早く入ってよ~!」
「詰まってる詰まってる!」
「邪魔」
ルイーザと呼ばれた金髪の女が身体をねじり込んでどさりと座った。続いて赤毛の女が飛び乗り、杖を抱えた小柄な女がおずおずと足を掛け、最後に黒髪の女が猫のように音もなく滑り込んだ。
そして馬車が揺れ、走り出すと──。
「暑い……冬なのに暑い……」
ルイーザが頬の汗を手の甲で拭う。冬場のガイネス帝国領は冷え込むが、全身鎧で狭い馬車に座ればさすがに蒸す。
「だから脱げばいいのに」
「脱げないの! 途中で何があるかわかんないでしょ!」
「何かあったら馬車ごと終わりだよ」
黒髪の女──ヴィオラの声には抑揚がなかった。ルイーザが「縁起でもないこと言わないで」と唇を尖らせる。
アゼルは自然と笑っていた。
「あはは、仲いいな! 冒険者か?」
四つの視線が一斉に集まった。沈黙は二秒で、最初に口を開いたのは赤毛の弓手だった。
「そう! あたしたち『紅の花弁』! 聞いたことない?」
「ないな!誰?」
「即答やめてよ!」
「ごめんごめん! でも名前はかっこいいな!」
パーティ名は『紅の花弁』。帝都南区を拠点とする銅等級の冒険者パーティで、辺境の村からの魔物討伐依頼を済ませての帰路だという。前衛ルイーザ、弓手シルヴィ、魔術師ミーナ、斥候ヴィオラの四名。全員が十代後半で、まだ新米の域を出ていない。
「俺はアゼル! よろしく!」
「よろしくー!」
ルイーザが鎧のまま身を乗り出して手を差し出した。アゼルは躊躇なくそれを握る。
「おう……って、手ぇ熱いなルイーザ。蒸し焼きになってないか?」
「大丈夫じゃないかも!」
距離の詰め方が異常に速い。だが此方も陽キャなら相手も陽キャだ。太陽が二つ昇ったような暑苦しさで車内の空気が膨れ上がっていく。
ヴィオラが小さく溜め息をついた。
馬車が揺れるたびにルイーザの鎧ががちゃがちゃと鳴り、シルヴィが矢継ぎ早にアゼルへ質問を浴びせ、ミーナだけが杖を胸に抱えてじっとアゼルを見つめている。
「ねーアゼルくん何者? 学生?」
「学生! 帝都のサンフォード学園!」
「えっ、じゃあなんで西に一人で?」
「ちょっとやることがあってさ!」
「ふうん。ミステリアスじゃん」
「え、俺ミステリアス? 初めて言われた!」
「ミステリアスの対極にいると思うけど」
ヴィオラが窓の外を見たまま呟く。
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日が傾いてきた頃、御者が声を張った。
「お客さん! 前方に魔物だ! 頼めるかい!?」
窓から覗くと街道に灰色の塊が蹲っている。ストーン・ビートル──二メートルを超す甲殻を纏った蟲型の魔物だ。冬場に地表へ這い出した個体は繁殖期の徘徊行動で気が立っており、冒険者ギルドの推奨討伐等級は鉄。銅等級の紅の花弁にとっては格上の相手である。
ルイーザの顔から血の気が引いた。
「……格上案件じゃない?」
「虫ダメなんだけど。あたし虫ほんとダメなんだけど」
「ミーナの火球はあの甲殻通らないよ」
「じゃあ逃げる?」
ヴィオラが訊いた。三人が同時に首を横に振った。ここで逃げたら暫く足はない。徒歩で目的地にいかねばならない。
格上とはいえ四体一なら、と思っていた四人だったが──
そんな彼女らを置き去りにして、アゼルはさっさと一人で馬車を降りた。
「ちょっ、アゼルくん!?」
ルイーザの声を背中に受けながら街道を歩く。ストーン・ビートルが六本の脚で身を起こし、複眼の光がこちらを捉えた。鉤爪が僅かに持ち上がる。
アゼルはといえば、ストーン・ビートルの五歩手前で立ち止まった。
腰の剣には触れない。まるで敵意はありませんよ、とでもいう様に、両手をゆっくりと腕を開いて見せるではないか。
「なあ」
声をかけた。
「ここは退いてくれないか」
穏やかな声だった。冬の街道を抜ける風に乗って、その言葉は不思議なほど遠くまで通った。
「お前も生きてかなきゃいけないんだろうけどさ。俺もほら、立場があるわけ。後ろに人がいるから見過ごすわけにいかないんだ」
アゼルが何をしているかはいうまでもない。そう、説得である。この男はあろうことか、人語を解さない虫畜生を説得しようとしているのだ。だが、女の前だからといって恰好つけているわけではない。勇者アゼルとはそういう男であるから、というだけにすぎない。
大きな力を持っていても、それを軽々に振るう事を良しとしない──ハイン・セラ・アステールなどとは人格のステージが違うのだ。
が──。
◆
「あ、アゼルくーーーん!?」
ルイーザが蒼白になって叫ぶ。それもそのはずで、まさにいま、アゼルは齧られているからだ──当の説得相手に。だが──。
「大丈夫だルイーザ!」
アゼルはサムズアップをしながら、ルイーザたちを見る。
体格の良い男でさえも到底抱えきれないストーン・ビートルの超重量体を、アゼルは平然と受け止め、抱え上げてしまっている。齧られている?そんな木っ端の如き牙ではアゼルの表皮を破る事などできやしない。
「こいつ、もしかしたらまだ子供なのかもな……甘えてやがる」
アゼルはそんな事をいいながら、ストーン・ビートルの背を撫でる。
やがて石めいた巨体は大人しくなり、地面に足がついたと思えば、のそのそと街道脇の草むらへ消えていった。別れ際にきぃ、と甲高い鳴き声を一つよこしたのは名残惜しかったのか、それとももう勘弁してくれという意思表示かは定かでhない。
「よし、いい子だ。元気でな」
アゼルは汗ひとつかかず馬車に戻ってきた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……すごい」
最後のはミーナだった。
「ミーナが喋った!」
「ミーナが自分から喋った!!」
「……黙って」
耳の根まで真っ赤にして俯くミーナの隣で、ルイーザが口を開いたり閉じたり金魚になっていた。
「いやちょっと待って。何あれ?」
「子供だったみたいだぜ! 甘えてきやがった」
「甘えてきやがったじゃなくて齧られてたよね?」
ヴィオラが冷静に訂正した。
「まあ齧ってきたけど全然痛くなかったし! あれは甘噛みだな!」
「甘噛みで済む虫じゃないんだけど……っていうか凄い狂暴なはずなんだけどなぁ」
シルヴィの顔が引きつっている。ストーン・ビートルの牙は鉄板すら噛み千切る。それを「甘噛み」と表現できる人間は帝国広しといえども数えるほどしかいないだろう。
馬車が走り出した。ルイーザは暫くぼんやりとアゼルを見つめていたが、やがて我に返ったらしく慌てて視線をそらした。
◆
道中、シルヴィがこんなことを聞いた。
「ねーアゼルくん彼女いんの?」
アゼルの足が一瞬だけ止まった。
脳裏に浮かんだのは天真爛漫な笑顔だ。セレナ・イラ・ファフニル。彼女ではない。断じて彼女ではない。だが前の世界では──。
「いない……と思う! たぶん!」
「何その返事!? いるの!? いないの!?」
「いないいない! ただちょっと仲いい子はいるっていうか……いや彼女じゃないんだけど!」
「ふうん。仲いい子。ふうん」
シルヴィの声がやけに低い。ルイーザは鎧をがちゃがちゃ鳴らしながら黙り込んでいた。微妙な空気が流れた──が、アゼルはそれに気づかない。
「ね、ねえ、アゼルくんってさ、ほんと何者なの? なんかただ者じゃないってかんじだよねー?」
シルヴィが膝を抱えて身を乗り出す。空気をかえようと言うけなげな努力である。
「何者っていうか──学生、なんだけど」
「ただの学生じゃないでしょ?なんか雰囲気違うもん。冒険者にも見えないなあ……あ、分った!お貴族様とか?」
女の勘は時に読心の魔術めいた冴えを見せる時がある。アゼルはかつての世界の経験で、こういう時は下手に言い訳をすると余り良い事にならない事を知っている。なにせこの男はセレナ、エスメラルダ他、数名の美女たちと交際していたのだから。女の嗅覚が油断ならないことを知っているのだ。ちなみにアゼルの恋人たちは最終的には全員死んだが。
「まあ……そうだな。次男坊だけど」
「は!?本当に貴族じゃん!」
「お貴族様がなんで一人で?」
「ちょっと調べたいことがあってさ。護衛つけると目立つから」
「ふうん……」
ルイーザたちは顔を見合わせ、それ以上の追求は避けた。まあその辺は冒険者の仁義というやつである。
◆
それからしばらく走ると、街道が二手に分かれる分岐に出た。
御者が手綱を引き、馬車が宿場の広場で止まった。街道沿いの小さな宿場町で、石造りの水飲み場と古びた御者詰所、それと干し肉やら旅具を並べた露店が幾つか立っているだけの小ぢんまりした場所であった。馬車を乗り換える旅人が数人と、荷降ろしの作業をする商人が一人。冬場にしては穏やかな人通りだった。
御者が馬に水を飲ませている間に、紅の花弁の四人とアゼルは馬車を降りた。ルイーザが鎧のまま地面に飛び降り、がしゃんと盛大な音を立てる。周囲の旅人が何事かとこちらを見た。
「ルイーザ、降り方」
「うるさい!」
ここで道が分かれる。南西へ向かえばラドゥフの町。真西に向かえばユグドラ公国の国境を越える。紅の花弁はラドゥフへ。アゼルはユグドラへ。
「えー、もう別れるの?」
シルヴィが露骨に不満な顔をした。
「ごめんな! どうしても西に行かなきゃいけない用があるんだ! めちゃくちゃ楽しかったぜ!」
「楽しかったぜ、って……あんたねぇ」
ルイーザが両手を腰に当てた。少しだけ俯く。
「……ありがとね。あんたがいてくれたから道中すごい安心だった」
ミーナが前に出た。両手で包んだ小瓶をアゼルに差し出す。淡い緑色の液体が揺れていた。
「……解毒薬。西の森は毒が多いから」
「マジで!? ありがとうミーナちゃん!」
ミーナは頷いて一歩引いた。杖を握る指先が小さく震えていたが、ミーナが引いた分、アゼルはさらに一歩詰める。
「な、なに……?」
「いや、なんとなく!よし、じゃあ行ってくるわ!」
踵を返しかけたところで、ルイーザが前に出てきた。
「あっ、最後にひとつだけ!」
「ん?」
許可を求める間もなかった。ルイーザはアゼルの外套の襟を掴み、踵を上げ、口づけた──左の頬に。触れたのは一瞬だったが、それでもキスはキスだ。ルイーザは三歩飛び退き、顔を限界まで赤くして叫んだ。
「お守り!! 深い意味はないから!!」
「深い意味しかないでしょうが」
ヴィオラの声に温度はない。
「うるさい!!」
アゼルは左頬に手を当てて、きょとんとしていた。照れはない。鈍いとかそういうわけではなく、単に慣れているだけの話である。
「ありがとな! すげー効きそうなお守りだ!じゃ、行ってくる!」
西へ向かう馬車に乗り込んだアゼルは、窓から大きく手を振る。
「おーう! みんなもなー! また会おうぜー!」
馬車が動き出し、アゼルの姿が街道の先に小さくなっていく。
◆
紅の花弁の四人は宿場の広場でしばらくそれを見送っていた。
馬車が丘の向こうに消えると、シルヴィがにやにやしながらルイーザに向き直った。
「で? お守りって何?」
「お守りだよ!! お守り以外の何物でもないでしょうが!!」
「顔真っ赤だけど」
「赤くない!」
「赤い」
ヴィオラが静かに追撃した。
「ヴィオラぶつ。十回ぶつからね」
「つーかさ、なんでいきなりチューしたの? ルイーザそういうキャラだっけ」
シルヴィの問いに、ルイーザは唇を噛んでしばらく黙った。
「……なんか、頭にきたから」
「頭にきた?」
「うん」
「来ないけど」
「来ないね」
「…………」
ヴィオラとシルヴィが同時に首を振り、ミーナは無言で頷いた。三対一であった。
「だから! お守りだって言ってるでしょ! なんかこう、ムカついたからバチンとやったの! 深い意味はない!」
「ムカついてチューする奴初めて見た」
「嫉妬だね……」
「ミーナまで!?……あーもう! 忘れて! 全部忘れて!」
「はいはい」
がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら南西の道を歩き出したルイーザの背中を追いかけながら、ヴィオラが小さく呟いた。
「……まあ、悪い男じゃなかった、かな」
この斥候が他人を褒めるのは極めて珍しい。シルヴィが目を丸くし、ミーナがフードの隙間からちらりとヴィオラを見た。
「ヴィオラもか?」
「黙って」
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◆◆◆
──本来の歴史では、この街道にアゼル・セラ・アルファイドは存在しなかった。
ハイン・セラ・アステールという少年が母のために世界を改変する以前の歴史では、アゼルがこの時期にユグドラ公国へ向かう必要なかった。
つまり紅の花弁は四人だけで、あの街道を往く事になる。
そして、四人とも無惨に死に果てる事になるのだ。下手人は無論、あのストーン・ビートルである。だが、ただの通常個体であるならば四人は苦戦こそすれども勝利する事はできただろう。しかし本来の歴史において、ストーン・ビートルは「ただの」ストーン・ビートルではなかった。
大陸を覆う邪気は土壌に染み込み、地下水脈を汚染し、やがてそこに棲む蟲の甲殻と臓腑に蓄積していった。そうした個体は通常種とは別物に変容する。甲殻は黒輝石めいた光沢を帯び、鉤爪は鋼を裂き、牙は全身鎧を紙のように噛み砕いた。冒険者ギルドの推奨討伐等級は金。銅等級のパーティが太刀打ちできる相手ではなかった。
街道に蹲っていたのはその強化個体である。
体長は通常種の倍。複眼の奥に赤黒い光が脈動している。明らかに、何か途轍もなく間違ったものがこの虫の内側に住み着いていた。
ヴィオラが最初に気づいた。
「……普通のストーン・ビートルじゃない。退くべきよ」
だが退く場所がなかった。馬車の御者はとうに逃げている。彼女らを置いて逃げ出したのである。この頃、世界規模で大地は荒廃しつつあったが、人の心もまた同様であったという事だ。
走ったところで六本の脚に追いつかれるのは自明であった。
ルイーザが盾を構えた。歯を食いしばり、膝が震えているのを仲間に悟られまいとした。
「やるしかないでしょ」
シルヴィの矢が放たれた。鉄鏃が甲殻に当たり、乾いた音を立てて弾け飛んだ。傷ひとつついていない。ミーナの火球が直撃した。炎が甲殻の表面を舐め、黒い煤を残しただけで消えた。
強化個体が動いた。
最初に死んだのはシルヴィだった。
鉤爪の一撃があっさりと胴体を薙いだ。革鎧が裂け、肋骨がへし折れ、肉を引き裂いて臓物を路上にぶちまけて死んだ。そばかすの散った頬が驚きの表情のまま固まり、赤毛が血に染まって地面に崩れた。
ミーナが絶叫した。杖を構えて詠唱しようとするが腕がない。その巨体に見合わぬ俊敏な動きで、前脚のかぎ爪でミーナの腕を引きちぎったのである。泣きながら逃げようとするミーナだったが、その背中を鉤爪が貫いた。
ヴィオラは逃げなかった。
ストーン・ビートルの動きを見てとても逃げ切れないとみるや、短剣を逆手に持ち、甲殻の隙間を狙って飛び込んだ。結果は、まあ──ルイーザの足元に転がったヴィオラの頭部を見れば明らかだろう。
ルイーザだけが残った。
三人の亡骸が視界の端にある。
「嘘でしょ」
声が掠れた。
「嘘でしょ……みんな……」
絶望するルイーザだったがしかし、強化個体は彼女を殺さなかった。
鉤爪が盾ごとルイーザの身体を薙ぎ倒し、六本の脚のうち四本で四肢を押さえつけた。甲殻の下から別の器官が飛び出してくる。
そして──。
◆◆◆
ルイーザは巣に運ばれた。街道脇の岩盤に穿たれた地下洞窟の奥、幾重にも積み重なった甲殻の残骸と、もはや原型を留めない何かの残滓が散乱する巣穴の最深部。ルイーザはそこに横たえられ、虫たちの苗床となった。
とはいえ、それでも七日間は生きたのだ。
体内で孵化した幼体が内臓を食い破って外に出るまで、ルイーザの心臓は動き続けた。銅等級の前衛として鍛えた肉体が、皮肉にも彼女の生存時間を延ばした。最後に残った意識が何を見ていたのかは定かではない。暗い巣穴の天井か、あるいは仲間の笑顔か。
紅の花弁は欠員の届け出すら出なかった。四人とも行方不明のまま処理され、帝都南区の冒険者ギルドの名簿から名前が消えたのは翌年の春である。受付の職員は「紅の花弁」という名を覚えていなかった。
──それが本来の歴史における四人の結末であった。
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だがこの世界では、四人はラドゥフの町に辿り着く。ルイーザは鎧をがちゃがちゃ鳴らしながら宿の門を叩き、シルヴィは湯に浸かれると叫び、ミーナはフードの奥で小さく安堵の息を吐き、ヴィオラは黙って四人分の部屋を取る。
四人とも、明日も生きている。明後日も生きている。冒険者ギルドの名簿から名前が消えることはない──まあ、それ以降の事は知らないが。




