そういうキャラ
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講義が終わった。
鐘が鳴り、劣等どもが一斉に蠢き始める。石畳の廊下を群れをなして流れていく虫の大隊を見るたびに思うが、なぜ奴らはあれほど騒がしいのか。正直に言えば不愉快である。死ねば黙るか?殺すか?母上は俺がそういう事を言うと悲しい顔をするのだ。だから殺さない。
それにしても、だ。
ここしばらく冒険者などと言う卑しい真似をして金を稼いできたわけだが、それでもアステール公爵家の借財はゼロとはならない。ダミアンめ、一体どれほど母上に迷惑をかければ気が済むというのか──
俺はすでにダミアンを抹殺していたが、なんとか復活させて再度殺す方法はないか真剣に考え始めた──のだが。
「あ……あの、ハイン様……」
震える声がした。
この声は確か──カエラ・イラ・ファルブルームだったか。(第53話「希望の星」参照)
エルフェンの血を引いているのだったな。母上も確か僅かながらにエルフェンの血が流れているとお聞きした。だがそれは些細な事だ。この雌は母上の素晴らしさを理解している。ゆえに劣等に非ず。
「その……お話があるのですけれど……」
「言え」
カエラは息を吸い込んで喋り始めた。
「あの、先日の、人種序列法の緩和措置のことで……わたくしのお家にも帝都の行政官から正式な通達が届きまして……」
ああ、あの件か。
母上と女狐の会談の結果だろう。詳細はグラマンから聞いている。居住制限の撤廃と追加課税の廃止。亜人系の貴族にとっては念願の施策らしい。
「共有地での居住制限が撤廃されるということと、亜人商人への追加課税が廃止されるということで……あの、ファルブルーム子爵家は帝都南区に本邸がございますけれど南区は共有地に極めて近くて、従来はその区画に使用人を住まわせることができませんでした。当家は亜人の使用人がほとんどですので……彼らは毎朝、指定区域から二刻もかけて通っておりました」
ちっ!!
なぜさっさと結論から言わない。せっかく非劣等という事で話を聞いてやっているというのに。
「それが……撤廃されるということは、彼らが本邸の近くに住めるようになるということで……あの……」
「言え」
「あ、ハイ……。ええとそれから、追加課税のことですけれど……父が帝都で薬草の取引をしておりまして、亜人商人への上乗せ分だけで年間の利益の二割近くを持っていかれていたのです。それがなくなるというだけで……父が……初めて父が泣くのを見ました」
そうか、そうか。
で、結局この雌は何がいいたいのだ?
「言え」
「ハイン様のお母様が……ヘルガ様がアステール公爵家として声を上げてくださったから……わたくしたちの暮らしがこれほどまでに変わろうとしている……ありがとうございます、本当に……」
カエラが深々と頭を下げた。視界の端で髪が垂れ、尖った耳の先が赤くなっているのが見えた。泣いているのだろう。このような場で泣くのは貴族の作法としてはどうかと思うが、まあ劣等の作法に口を出す気もない。
「うむ、佳きに──」
結局カエラという雌は言いたい事を言いたいだけ言って、再度頭を下げて去って行った。
奴は一体なんだったのだ?
◆◆◆
アゼルは教室を出て、回廊の柱にもたれかかった。
冬の風が吹き抜ける石造りの廊下には人影がまばらで、遠くから食堂の喧騒が微かに聞こえている。
カエラの泣き顔が脳裏に残っていた。
居住制限の撤廃。追加課税の廃止。──亜人にとってそれがどれほどの意味を持つか、アゼルは知っている。前の世界で嫌というほど見てきたからだ。
前の世界。
勇者として戦い抜いたあの世界で、亜人たちは最後まで虐げられていた。
人種序列法は緩和されるどころか年を追うごとに厳しくなり、帝国宰相ジギタリスは亜人排斥を帝国統合の柱にし続けた。耳税はさらに増額され力役は常態化し、共有地はすべて接収された。亜人の商人は帝都での営業を禁じられ亜人の貴族は次々と爵位を剥奪された。
ファルブルーム子爵家も例外ではなかった。
だがこの世界ではあろうことか人種序列法が緩和されていっているではないか。アステール公爵家と宰相派の和解の話まで出てきている。
──俺が知っている知識はもうこの世界では役に立たないのかもな……。だがやれることはやる。これから先は確かユグドラで不死王が蘇り、その後は世界中で凶悪な魔物が活動を活発化させるはずだ
特に北方はノルンのフロスト・ワイバーンは早めに討伐しなければ、とアゼルは思う。
──この世界での俺の力も、段々と前の世界の俺の力に重なってきた。さすがに聖剣を自在に振れるようになるまでは時間がかかるだろうが……それでも半覚醒程度の不死王なら、今の俺でも倒せるはずだ。
「まずは西、か」
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そしてこの日の夜、アゼル・セラ・アルファイドは学園から姿を消した。目指すは西方、ユグドラ公国である。死を弄ぶ悍しき不死の王を討つために旅立ったのだ。
まあ結論から言えば、すべて徒労に終わるのだが。




