星竜プロメテオル③
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それはプロメテオルから放たれた明確な攻撃であった。
そして「攻撃」とは相手への敵意が行動として具現化したものである。この敵意の根源にはしばしば「恐怖心」が横たわっている。自己の存在や安全が脅かされると感じた時、防衛本能は相手を排除しようと働く。つまり攻撃行動とは対象への恐怖や不安を和らげ、自己を守るための手段として選択されるのだ。
であるならば、プロメテオルがたかが食肉に対して攻撃を加えるというのは奇妙な話ではあった。
人間が食卓に並ぶステーキ肉に恐怖を感じ、ナイフで滅多刺しにするだろうか。あるいは生け簀の魚の群れに脅威を感じ、爆弾を投げ込むだろうか。否である。それは捕食者と被食者の関係性において、あまりにも不条理な力の行使だ。
プロメテオルにとって、この星の生命体は食料であり、エネルギー源であった。少なくとも、これまではそうであったはずだ。フロストワイバーンを喰らった時も、それは旅先の珍味を試す程度の、ごく気楽な行動に過ぎなかった。
なぜプロメテオルがこのように露骨な敵意を見せるのか──それはかの竜モドキ以外には窺い知れない事だ。ただ少なくとも、この攻撃のターゲットにされたノルンの者たちにとっては不運という他はない。
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グルンベルドが天を仰いだ瞬間、重苦しい鈍色の空が裂けた。いや、裂けたように見えただけだ。実際には雲間から一条の光が差し込んだのである。
それは太陽の光とは明らかに異なる、青白く、そして禍々しいまでの輝きを放っていた。
光条は音もなく地上へと降り注ぐ。その直径はわずか数メトル。だがその威力は想像を絶するものだった。
最初に光に呑み込まれたのは軍の先頭を進んでいた騎士団の一隊だった。
「なっ──」
隊長が異変に気付き、声を上げようとした瞬間、彼は騎乗していた軍馬もろとも、光の中に消え失せた。蒸発したのではない。文字通り、消滅したのだ。
光が通過した跡には融解した氷とわずかな金属片だけが残されていた。
一瞬の静寂。そして、遅れてやってきた絶叫。
「うわあああああっ!」
「なんだ!? 何が起こった!?」
混乱が軍全体に広がる。だがプロメテオルは容赦しなかった。
一条、また一条と光の矢が天から降り注ぐ。それはまるで、神が地上を浄化するために放った雷霆のようだった。
光条は正確無比に兵士たちを捉え、次々とその存在をこの世から抹消していく。ある者は剣を振り上げたまま、ある者は恐怖に顔を歪ませたまま、そしてある者は何が起こったのか理解する間もなく。
「怯むな! 陣形を整えよ!」
グルンベルドが怒号を上げる。だがその声も、次々と響き渡る断末魔と兵士たちの混乱にかき消されていく。
“氷狼”と恐れられた王も、この人知を超えた力の前には無力だった。彼の戦略も、武勇も、ここでは何の価値も持たない。
「陛下! お逃げください! ここは危険です!」
軍務卿バーラントが血相を変えて叫ぶ。だがその直後、彼のすぐ隣にいた兵士が光に呑まれ、消し飛んだ。
「くそっ!」
グルンベルドは歯噛みする。彼のプライドが撤退という選択を拒んでいた。だが現実がそれを許さない。目の前で、彼の軍が彼の力が虫けらのように蹂躙されていく。
「アヴィアナ!」
グルンベルドは傍らに控えていた魔術師を怒鳴りつけるように呼んだ。
「何か手はないのか! 貴様の魔術で、あれを防ぐことはできぬのか!」
アヴィアナは蒼白な顔で首を横に振った。彼女は彼女なりに魔術師としての知識を総動員し、眼前の現象を解析しようと試みていた。だが理解ができない。あの光からは魔力の残滓が一切感じられないのだ。
それはまるで、この世界の理とは異なる法則によって引き起こされているかのようだった。
「ならばどうしろというのだ! このまま全滅しろというのか!」
グルンベルドの怒声が響く。その時、一際巨大な光条が彼らのすぐ近くに降り注いだ。
凄まじい衝撃波が氷原を駆け抜け、氷の破片が霰のように降り注ぐ。グルンベルドは咄嗟にアヴィアナの体を庇うように覆いかぶさった。
「ぐっ……!」
氷の破片が彼の甲冑を打ち据える。もし直撃していれば、彼とて無事では済まなかっただろう。
その事実にグルンベルドの心は完全に折れた。
「……全軍、撤退だ」
その声は力なく、震えていた。
「フロストヘイムへ帰還する! 生き残った者は俺に続け!」
王の号令と共に残存する兵士たちが一斉に踵を返した。もはや軍としての体裁は成していない。あるのはただ、死の恐怖から逃れようとする、哀れな人間の群れだけだ。
グルンベルドはアヴィアナを抱きかかえるようにして馬に乗せると自らもその背に跨った。そして、一度だけ空を睨みつけると脇目も振らずに氷原を駆け出した。
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「若様……あれは一体……」
フェリの声が俺の意識を現実に引き戻す。眼下では先ほどまで整然と隊列を組んでいた劣等共が天より降り注ぐ光条によって次々と焼き尽くされていた。
そう、焼いているのだ。だがあれは炎ではない。恐らくは光を束ねたモノだろう。
幼少の頃、俺も似たような遊びをしたことがある。周囲の水の粒を集め鏡のようなものを作り、そこに光を集めて色々なものを焼いて遊んでいたのだ。母上からは叱られるし、爺からは拳骨を喰らってしまったが……。俺に手をあげることができる者など、母上と爺しかいない。あの頃はまだ、俺も未熟だった。
まあそれはともかく、フェリの言葉に俺は咄嗟に答える事ができなかった。常識的に考えれば魔術なのだろうがならばなぜ魔力を感じないのか。あの規模の魔術ならば、その辺の野良犬でも魔力を感じる事ができるだろう。魔術ではないなにがしかの力──なのだろうが……。
「不敬を承知で申し上げますが若様の魔術に似ているような気がします」
フェリが俺の思考を読んだかのように的確な指摘をする。やはりこいつは使える。
「詳しく話してみろ」
「は……何といいますか……若様の魔術からは余り魔力を感じないのです。いえ、もちろん非常に大きい魔力が練り込まれている事は事実なのですが発生する事象の規模と比較すると……あまりにも、その、効率が良すぎるというか」
それは俺が効率的に魔術を行使しているからだ、と言いたい所だが。フェリの言う事も一理ある。俺自身、俺の力について、いや、星の魔術について説明ができない部分もある。
そもそもこれは魔術なのだろうかと思った事もある。いや、今でもそう思っている。
“力”には様々な種類がある。腕力、権力、魅力、魔力、細かいものを数え上げれば切りがない。魔術とは魔力を行使した結果だ。ならば、俺の知らぬ“力”を行使した結果というものもあるのではないか?
「あの力の出所が何であれ、非常に危険な存在かと……」
フェリが懸念を示す。
「そうかもしれないな。で、お前は俺にどうしろというのだ。あの“力”を放っている存在を止めろと?」
もしフェリがそう考えているのだとしたら話にならない。なぜ俺が劣等共を救うために力を振るわねばならないのか。俺がそう考えていると──
「いえ! そうではありません! 逆です!」
フェリが珍しく、強い語調で否定する。
「逆だと?」
「若様が慈悲深いお方だという事はこの身をもってよくよく理解しております……。しかしそのお優しさが時に仇となる事もあるとわたくしは愚考するのです」
フェリの瞳が潤んでいる。こいつは本気で俺の身を案じているらしい。
「そうか、で?」
「彼らを救うために危険を冒してまであのような異様な力を振るう存在と対するような事はしないで頂きたいのです……」
まあ──そうだな。俺があのような劣等共を救うために力を振るう必要はないだろう。ほら、今も光の柱が劣等共を焼いている。ははは素晴らしい光景だ。母上の世界からダニが消えていく。俺の好きな表情は第一位は母上の笑顔、そして第二位は劣等生物の泣き顔だ。だから別に助けたいなどとは思ってはいない。いないのだが──
俺の耳に一つの単語が引っかかった。
「危険ン~???」
俺の声が低く、地を這うように響く。
「わ、若様?」
フェリがびくりと肩を震わせる。
危険、だと? 危険とは危ないという意味だ。危ない? 俺が? あのよくわからん奴と戦う事が危ないのか? 危ないのは俺と戦う相手のほうでは?
「あっ……! あの、お、お尻が……」
フェリが苦悶の表情を浮かべる。今俺はフェリを横抱きにして抱えているのだがちょうど尻を支えているほうの掌でフェリの尻肉を握りつぶしている。空を飛んでいなければ尻をひっぱたいてやっている所だ。
尻を叩くというのはこの上ない罰である。幼少の頃、何度か母上から尻を叩かれた事があるから分かる。あれは痛い。そして何より、恥ずかしい。フェリがまだ仕事に慣れずに粗相をしたときも、何度かひっぱたいてやったものだがどうやらまだまだ俺の教育が心と体に行き届いていないらしい。
フェリ、貴様──俺を劣等扱いしたな? 俺の事を気遣ったな? この俺があの程度の存在に後れを取ると本気で思っているのか?
俺はフェリの尻肉をさらに強く握りしめる。
「若様、申し訳、ございま……せん……!」
フェリは謝罪するが、俺の怒りは収まらない。そもそも本当に悪いと思っているのだろうか? やたらと汗をかき、俺に体を擦り付けてきているではないか。
「……お前は地上に降りていろ。巻き添えを喰らうなよ」
俺はそう言って、フェリを抱えていた腕を離した。
「わ、わかさまッ!?!?」
俺はフェリを投げ捨てる様にして地上に送った。勿論、落下制御の魔術はかけてある。俺の所有物を壊す趣味はない。
さて、邪魔者はいなくなった。
俺はゆっくりと光条が降り注ぐ方向へと視線を向ける。
「力の使い方を教えてやろう」
俺は掌と掌を合わせ、祈りを捧げる。
──ガ・ディム! ファークル・サークル・ヴィーチ・コークス! ! 万空遍く満ちる水気よ、集い、凝り、破鏡と為せ
光を束ねてカス共を焼き切るだと? フェリよ、そんなものは俺が小便を垂れ流していた頃からやっていたぞ! あれから約十年、ガキの遊びを遠距離砲撃魔術として編みなおした俺の魔術を見ろ! これは母上の世界を護るため、この地上から劣悪劣等生物を焼き払うために考案した俺の愛だ!
俺の周囲に膨大な量の水蒸気が集まり始める。そしてそれが巨大なレンズを形成していく。
『灼気在れ! 超最強劣等絶滅破壊砲!!』
俺は完成した魔術を、あの忌々しい気配の元へと解き放った。
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天より降り注ぐ光条を矢とするならば、それは破城槌であった。
ハインが『超最強劣等絶滅破壊砲』と呼称するそれは、極めて単純な原理に基づいている。すなわち太陽光の集束である。
ハインはまず、大気中に存在する水蒸気を魔力によって制御し、直径約五キロメートルにも及ぶ巨大なレンズを形成した。これは単なる氷の塊ではない。原子レベルで配列を制御された完全な透明度を持つ結晶構造体である。
その形状は光の収束効率を最大化するために最適化された、多層構造のフレネルレンズだ。
この巨大レンズが捉えた太陽光エネルギーは膨大な量に達する。仮にこの惑星の太陽定数を地球のそれ(約1.37kW/m²)と同等と仮定した場合、直径五キロメートルのレンズが受光する総エネルギーは実に約26.8ギガワットに相当する。これは大型の原子力発電所二十基分以上に匹敵するエネルギーだ。
そしてハインのこの恐るべき魔術の業の真髄は、この膨大なエネルギーをわずか直径数メートルへと集束させた点にある。集束によってエネルギー密度は幾何級数的に増大し、その出力は優にテラワット級──局所的にはペタワット級に達するだろう。
この超高出力レーザーは大気を切り裂き、音速を遥かに超える速度で目標へと到達する。ビームが通過した経路上の大気は瞬時にプラズマ化し、凄まじい衝撃波を発生させる。それはもはや魔術というより、戦略級の指向性エネルギー兵器と呼ぶべき代物であった。
もしこの一撃が地表に向けて放たれていたならば都市一つが瞬時に蒸発し、その跡には巨大なクレーターだけが残されていただろう。
それほどの大魔術を使う必要があるのかという向きもないではない。
しかし、ハインの戦勘は“ある”と彼に囁いていた。




