ママ好き
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「ハイン、最近ずっと根を詰めっぱなしね。朝も夜も休まず魔術や剣を学んでいるみたいだけれど……」
「母上、それだけではありません。貴族として必要な知識も学んでおります。勿論惰眠を貪ってもいません!」
俺は得意げにそんな事を言った。
幼子の頃ならともかくとして、今の俺なら多少眠らないでもどうとでもなる。
しかし褒めてもらいたいというのに、母上は──
「はあ……」
そう溜息をつくばかりだ。
「は、母上?」
俺は慌てた。
褒めて貰えるとおもったのに……
「あのね、ハイン……いえ、んん……そうね、最近私は親子としての在り方を少し考えなければいけないと思っていたの。私は公爵家の執政代理として、あなたが成人するまでは家を切り回さなければならないけれど、そのためにあなたに構ってあげられない時間も増えてしまったわ。だから──」
母上が俺を見ながら、微笑みながら言う。
「せめて寝るときくらいは親子らしくどうかしら、っておもって。よかったらハイン、今晩からまた昔みたいに一緒に眠りましょう?」
この素晴らしい提案に、俺が答えられる言葉なんて決まっていた。
「はい! 嬉しいです、母上!」
そう言って俺は母上に抱き着いた。
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「母上、動かないでください」
俺はくすぐったがる母上の背に慎重に魔字を施していく。
「あらまあ、優しいのねハインは」
「私が優しいのは母上にだけです」
俺はそう答える。
これは全くの事実だ。
母上以外のすべての存在に価値がない。
「そういえばハイン、明日から学園ね。ちゃんとお勉強をするのよ」
「無論です。有象無象の屑どもの囀りにも耐えてみせます」
「こら! もう……お口が悪すぎるわよ」
母上に叱られてしまった。
「は……。申し訳ありません。さあ、これで私の魔力を浸透させることができました」
俺は母上の背に掌を当て、魔術を起動した。
これは膜内の温度を一定に保ち、あらゆる……とまではいかないが、その辺の力自慢が力を込めて剣を振り下ろしても傷一つつかない防御膜だ。
ここ最近、他家からの刺客が頻繁に差し向けられている。
理由は前当主ダミアンのせいだ。生物学上の俺の父親だが、魔術に傾倒する余りに色々と外法に手を出して恨まれている。まあとっくに俺が始末してやったのだが、それでもアステール家が弱体化したと勘違いした馬鹿どもが一定数いるわけだ。
本来ならばこんな子供騙しではなく、戦術級の儀式祈祷にも耐えうる防壁を張り巡らせたかったが、母上は派手な魔術はお嫌いらしい。
俺は護らせてくれと泣いて懇願したが、結局受け入れてもらえず──最終的にはこの防御膜だけで折れる事となった。
「あら素敵」
母上が笑顔を浮かべる。
するとどうだ、俺の胸の内に灼熱に燃ゆる何かが生まれるではないか!
俺は断言できる。
これこそが愛だと。
決してこの笑顔を曇らせてはならない。
そのためなら俺は、愚鈍でクソのような劣等共を友とすら呼べるだろう。
◆◆◆
セレンディア大陸中央部に、ガイネス帝国という大国がある。
そしてガイネス帝国には十二公家とよばれる公爵家が存在しており、そのうちの一つにアステール公爵家という大家がある。
アステールの血を引く者は魔術に優れる事甚だしく、特にハイン・セラ・アステールはアステール史上もっとも強大な魔力を誇る麒麟児であった。
しかし本来の歴史ではその力に驕り、ガイネス帝国──ひいては世界を掌握せんとし、最終的には復活した魔王に肉体を乗っ取られ、最終的には勇者によって討たれるという悲惨な最期を遂げることになる。
だが、本来の歴史というモノがあらゆる時空に存在するただ一つの歴史なのだろうか?
平行世界というものある。
ある世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界を指す言葉だが、この世界もまたそのうちの一つだった。
そして、この世界のハインもやはり本来の歴史のハインとは異なっている部分がある。
それは──極度のマザコンだということだ。