09話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
2023年4月21日、タイトル修正
「僕はここで学院長をしてるヴィルム・ド・モーリンだ、よろしく頼むよ」
と、笑いながらパイプをくわえ着火魔法で煙を燻らせた。
「いやぁ、手紙にはアンジェって女性名になってたからさ、ごめんごめん」
「よく言われるんですよ、それ。実は、曾祖父がやらかしまして……」
「ん? 君のひぃおじいちゃんが?」
「えぇ」
確かに僕は女性名のアンジェだ。
僕には姉が二人居るのでようやく生まれた男子に我が家は沸いた。
そしてアンジューとつける予定だったのだが、曾祖父はあまりの嬉しさに僕が生まれてすぐ、登記所へ走り、間違えてアンジェと登録してしまったのだ。
しかもそのことに五歳時の洗礼式まで誰も気づかなかったため、家族からはアンジューと呼ばれてるが公式書類は全てアンジェになっている。
家族名まで繋げて読むと「アンジェリカ・マルカ」となるので男性だと、まず思われない。
悪ふざけしてアンジェリカ呼ばわりするリーナ嬢までいる始末だ。
と言ってもアンジューに改名するのも曾祖父を傷つけそうなので、そんな行動には至っていない。
なお最近、曾祖父は認知症が入ってきたらしく、僕のことをアンジューなのかアンジェなのかわからなくなってるらしい、と随分前に届いた母からの手紙に書かれていた。
「君の家は愉快だね」
とヴィルムはツボにはまったのか目から涙を流して笑いながら言うが、僕はそこまで面白い話だとは思わない。
「で、ファルス君から詳しい話は聞いてると思うが、理論法力学や物理法力学は指導できるんだよね?」
とヴィルムは訊いてきた。
確かファルスとヴィルムは帝立学院の同期と聞いている。
「はい、魔法力学を専攻してましたので」
「そうか、それはよかった」
ヴィルムはそういうと、口から煙を吐き出し、またパイプをくわえた。
「ところで学院長、こんな質問は失礼かもですが、修身学院で物理学って必要なんですか?」
と、僕はあえて聞くことにした。
こんなこと言ったらなんだが、魔法力学は人生の何に役に立つのか、専攻していて時々疑問に思うほどだ。
しかも高等算術ともリンクしているため、修身学院で一体何の役に立つのか。
「ははは、アンジェ君は立派な学者先生すぎるんだね」
とヴィルムはパイプを燻らせながら机をごそごそと漁り、一冊の本をテーブルに置いた。
僕の論文が掲載されてる過去の学会論文集だった。
「このページ、君の論文だが何を書いたか覚えてるかい? この公式を単純化すれば魔法力を説明する際にわかりやすくならないかな? 例えば魔法力と指向性が法力にどう影響を与えるかを暫定的だが数値で算定できる。この論文ではリーマン積分で証明がなされてるけど、子どもたちに説明するなら量数として掛け算の値でも構わない。どうかな?」
ヴィルムの話を聞いて合点がついた。
というか、締め切りに追われ書きなぐるように仕上げたのでそのような発想には至っていなかった。
「修身学院では花嫁修業先としてのイメージは強いがね、卒業後は侍女や家庭教師、場合によっては良家子女の護衛としての雇用先もあるからね。だから彼女たちには広い知識と効率のいい法力教育が必要なんだよ」
「そうなんですね。それに一般教養としてのストリバ語も教えなきゃいけないってわけですか」
「その通り。そのためにも教師陣の拡充が急務なんでね」
「剣闘術の指導については……」
「あぁ、指導者が妊活だー産休だーと言って休んじゃって」
あ、そーですか。
「寮は敷地内にあるからそこを使ってくれたまえ」
「あ、ありがとうございます。どこにあるんでしょう?」
「あぁ、あそこなんだが……」
と、ヴィルムが指さした先に古ぼっちな小屋があった。
「いや、名前で女性だと思って、学生寮の寮監を頼もうと思ったんだけどね。まさか男性にさせるわけにもいかんだろ風紀的に。だから申し訳ないが……」
きっとファルスはこんなドタバタを見越してたのだろう。相変わらず性格の悪い教授センセーだ。
=☆=☆=☆=
「教授、コーヒー入りました。あと、お手紙も届いてます」
「あぁ、ありがとう」
秘書が淹れてくれたコーヒーを啜ってから、封を切り便箋を開く。
「ザントバンク修身のヴィルム博士からですか?」
「あぁ。アンジェ君が着任したよって連絡だ」
「そうですか、それは良かったです」
「あぁ。ヴィルムのやつ、アンジェ君を女の子だと思ってたみたいで恨み節が大きく書かれてるわ」
便箋一枚に大きく『まじかよー!』と書かれていた。
あとで返事を書いてやろう。
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