10話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
2023年4月21日、タイトル修正
案内された小屋はしばらくは使っていないのであろうが、帝都で住んでいたところよりかはとても広い。
ただ、どう高く見積もってもやはり、小屋だ。
窓は大きいしトイレや水場もついてるので住環境としては悪くない、が、非常に埃っぽい。
大掃除をしなければならないだろう。
大掃除は明日からにして、今日は近くに宿をとろう。
ヴィルムから貰った身分証を見せて通用門を通る。
「アンジェ先生、身分証が無ければここは通れません。顔パスも認められませんのでご注意くださいませ」
と敬礼しつつ衛士が言った。
「あぁありがとう」
と答え、疑問に思っていたことを訊いてみた。
「ところで、停車場に書かれてるシュルードリヒ修身学院ってどういう意味なんだい?」
「またいたずらされましたか……」
衛士はため息をつきながら困った表情で答えた。
「シュトレーメに修身学院って三つあるんですがね、昔は学校の成績や就職先がいまいち芳しくなかったんですよ。あと生活態度の宜しくないのも居ましたからね。ですから口の悪い街のモンが『残念な風俗嬢養成学校だな』と言うようになってからシュルードリヒと言われるようになりましてね。音印が似てるでしょ? シュトレーメとシュルードリヒと」
そうなの? 僕にはよく分からないが。
「ここ最近はマシにはなってきてるんですがね。どうしても、ね。また直すよう乗合馬車の会社に連絡しておきますよ」
衛士はそう言うとメモを一枚を僕に渡した。
それにはお店の名前が書いてある。
「僕ら衛士のおすすめですよ。よかったらご活用くださいな」
衛士のおすすめ宿は四番街にあった。
レセプションにいた老婆に経緯を話すと
「ザントバンク学院の衛士の紹介? あぁ、レック坊か。 なら五号室を使いな、千ハンズ……八百ハンズでいいよ学士様」
と言った。
あの衛士はレックというのか。
割引も効いたし今度会ったらお礼をしておこう。
五号室に入ると清潔なシーツとベッド、そして掃除の行き届いた部屋だった。
魔灯具も明るくて不満がない。
もし帝都で同じ水準のホテルを泊まるなら五倍は軽く取られるだろうか。
メモに書かれていた食堂でもレックの紹介と言うと一品つけてくれた。
酒も出そうかと言われたが飲めない旨を伝えるともう一品つけてくれた。
店主にレック氏とはどういう人なんだと聞くと
「あぁ、レック坊? 昔はいろいろヤンチャしてたが今はずいぶんと丸くなったんだ」
とまぁ、ありふれた話だったが。
お店については四つ書かれていたが、一つは書店ですでに閉店済み。
もう一つはどこだろうかとホテルの老婆に聞いてみた。
「ん? ミーツェ? 五番街の風俗店だぞ学士様」
あ、そうですか。
場所はここらへんと地図を描き始めた老婆に断りを入れて部屋に戻った。
やはり僕はそんなに好色そうに見えるのだろうか?
翌朝、チェックアウトして学校へ。
衛士に通行証を見せ、レック氏はと聞くと今日は午後からの交番という。
午後の買い出し時にでも礼を言っておこう。
衛士に掃除道具を貸してほしい旨を伝えると用務員が居るから彼女に聞いてほしいと言われた。
そして、
「あの用務員のババアは気をつけろよ。油断すると食われるぞ」
と脅された。
校舎の隅にあると教えられた用務員室を訪れると、けだるそうに煙草を吸う褐色肌の小柄な女性がいた。
「あぁ、あなたがアンジェ先生ね、あたしは用務員のラバトだ。よろしく」
と、煙草を灰皿に置いて右手を差し出してきた。
僕は差し出された手に握手するとぐっと右手を引き寄せられる。
「ん……、あなた聖心教徒でしょ」
耳元でささやくラバト、朝からすごく酒臭い。
「えぇ、なぜわかりましたかって? あたしが右手を差し出したとき、聖心教の文句を心の中でつぶやいたろ」
ぎょっとする。
確かに右手を差し出されたとき、思わず聖句を心の中で刻んでいた。
「ふふふ警戒してる。しかも朝から酒臭いって余計なお世話だ」
右手を引き離そうと思ったが、なんて力だろうか、思いのほか強く握られていて外れそうにない。
「おおかた衛士から『用務員のババアに気をつけろ』とでも言われたんでしょ」
読心術だろうか、僕はラバトを見た。
「そうよ読心。だってあたしエルフだもん」
大きめのヘアバンドを外し、髪の毛を掻き上げた彼女から長い耳が姿を現した。
「エルフ、初めて見たのか? まぁ別に取って食おうなんて思わんからそんな警戒しないでいいぞ」
そう言われても心をあっさり読まれていては警戒する。
僕はラバトから身体を離した。
「あらら嫌われちゃった? そんな怖い顔しないでよ、アンジェ先生」
と、ラバトは笑いながら席に座り、言う。
「あと身体が密着するほどの距離がないと読心術が使えないのよ、安心しな」
エルフと我が国にはこのような話を歴史の授業で習う。
戦乱、群雄割拠で国家が体を成してない時代、困窮する民を憂いた始祖様だったが元々が没落貴族、力がない。
そんな始祖様に手を差し伸べたのは自身の領地に住むの森のエルフだった。
当時エルフは希少で綺麗な亜人と見なされ、奴隷として拉致・売買され続けた歴史があった。
そこで始祖様はエルフの権利を認める代わりに味方となってくれるようエルフの族長と契約を結んだ、とある。
学院で帝国史学を専攻していた友人ピルスが言うには、現在でもその当時の契約書は見つかっていない。
始祖様と族長との紳士協定だったとか、帝国側が紛失したとか、実は契約すらしていないとか諸説紛々だ。
時々その契約書が発見されたとニュースになるが、殆どが偽書だったりするため本当に契約したのかすら疑わしいと言われている。
そのためわが国で「エルフの契約書」と言えば「存在しない約束事」を指す。
そして始祖様が帝位を戴いてからエルフの権利は認められ、奴隷制も順次廃止されていった。
それに始祖様が領有していたエルフの森一帯は帝国初の自然保護区となり、現在でも近づくことすら認められていないし、立入許可も下りたという話も聞かない。
しかしおエルフ自体が国家成立してから突如として歴史の舞台から姿を消したのだ。
きっと自然保護区で静かに生活しているのだろうと言われている。
そのためエルフについては「長寿で引きこもりな種族」とありきたりな事しか伝わっていない。
そんなエルフが目の前にいた。
「ふーん、長寿で引きこもりなエルフのことを知りたいって、顔に書いてあるわよ」
僕は思わず顔に手をやる。
なんちゅう顔してるのよ、とまで言われた。
「ま、まぁありきたりな事しか知りませんし。僕も学者の端くれですからね」
と言ったが、きっと必死に取り繕ってるのがこのエルフには透けて見えたのだろう、声を上げて笑われた。
「じゃあ簡単に自己紹介だ。本名はラスティクシュール・バルパンプン・トゥルリーセン、頭文字を取ってラバト。実はそのあと父名のボウモーレと祖父名のクレイアムが続く。長いからラバトでいいぞ」
と、ラバトは言う。
「ということは、正式な名前はラスティクシュール・バルパンプン・トゥルリーセン・ボウモーレ・クレイアムって事かい?」
「あらすごい。今までで間違いなくすらすら言われたの初めてだわ。自分でも時々噛むのに?」
自信が無かったけど、ちゃんと言えて良かった。
ラバトの表情がふわりと柔らかくなる、すごく酒臭いが。
「なにかあたしに聞きたいことある? ある程度レディとして配慮してくれるなら何でも教えるぞ」
「そうだなぁ、いくつ?」
「レディとしての配慮!」
ふくれっ面になって腕組みをする。
「まぁここが出来たころから働いてるわよ!」
と吐き捨てるように言い、ワインをラッパ飲みする。
「え? ここって創立何年?」
僕が訊いたので応えてくれた。
「学制令が出たのがギュースのオッサンが帝位を戴いた翌々年、その時に前身となる女官学校が出来たのよ。その時から用務員やってるわ」
「ということは、ざっと二八〇年……。それどころか戦乱期も生きてるってことだよね」
「もちろん! 父とともにギュースのオッサンと轡を並べて戦ったぞ。聞く? プリューゲル公国で捕虜の敵将が火をつけて便所から逃げた際、命からがら砦から逃げだしたオッサンがウ〇コ漏らした話とか、カナウジィ王国のジーゲンスタペルで城攻め中にあのオッサンが吶喊くらってウ〇コ漏らした話とか」
始祖様、漏らしすぎです、しかもそんな話今頃になって目の前のエルフに漏らされすぎです。
「あ、そうだ。エルフとの契約の話は?」
「それねぇ、いろんな人から聞かれたんだけど……知らんのよ。族長なら知ってるんじゃない? と言っても族長はずいぶん前に……、ね」
「亡くなったんだ」
「まだ亡くなってないよ、多分。ただ、今もシナノキって木の中でまだお祈りしてるはずよ」
「お祈り?」
「そう、エルフの夫婦ってな、九百歳を超えるとご飯食べずに、夫婦でシナノキのうろでお祈りするんよ。百年経ったら亡くなったとされる」
すごく気の長い話だ。
「なんで夫婦で百年お祈りするんだ?」
「シナノキの花言葉は夫婦愛。エルフって三十ぐらいでだいたい伴侶をみつけるから八七〇年の思い出を百年かけて語り合うとシナノキと一緒になって、花が咲くと言われてんだよ」
「ということはラバトも旦那さんが……?」
「うっさいわねぇ、あたしは独身よ。エルフは百年も独身やって行き遅れると読心できるようになるのよ」
「そうなんですか、すごいですね……」
「人間だって、三十歳まで童貞だったら大魔法使いになれるんでしょ?」
それ初めて聞いたぞ?
「どうする? 大魔法使いになる扉を開くのを待つ? それとも……」
色目を使うラバトに僕はこう言った。
「あの、そろそろ掃除道具貸してください」
きっと、衛士が言ってた「食われる」は、悠久の時を生きるエルフと話をしていると「時間が」食われるって事なのでは。
掃除道具は貸してくれたのだが、もう昼前だった。
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