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18話

 合宿も無事、終盤に入る。


 ジェイリーの発熱腹痛も三日ほど続いたが完治し、デリッカとミノンの反省期間も過ぎた。おかげで皆が稽古に汗を流し、激しく木剣を打ち合っている。


 そんな折、僕宛にカオリルナッチから速達郵便が届いた。時候の挨拶や近況報告がさらりと書かれた後、

『大丈夫だと思うけど、そろそろ初級メイド試験あるから、ラフェルと一回生の面倒よろしくね』

と書かれていた。



 詳しい内容として、


・ラフェルは今年初級メイド試験を落とすと、彼女自身が成績優秀者だとしても留年が確定してしまう。苦手意識の強い作法や国内儀礼をしっかり覚えるように。


・デリッカはお茶淹れがびっくりするほど下手くそなので、誰か詳しい人に教えてもらって欲しい。私が何度も教えても不貞腐れて覚える気がない。


・ミノンは知識を問う問題は基本ポンコツなので、徹底的に叩き込んでおいて。


・ジェイリーは大丈夫だと思うけど、過去問解かせてミスったところを集中的に潰してあげて。


・ジョルジェについては心配をしていない、不安要素はメンタルのみ。


と、書かれていた。




 休憩時間にラフェルと一回生を呼んで、カオリルナッチからの伝言を申し伝えた。


「あー、そういえば初級メイドなんてイベント、ありましたよねぇ」


とラフェルが汗を拭いながら言う。きっと彼女が流している汗は稽古での汗じゃない、冷や汗だろう。


「カオリル先生からは、ラフェル君がこれを落とすと留年確定だから、きっちり面倒見てくれだって」


「はーい、善処しますー」


 気の抜けた返事をするラフェルだった。



「ミノン君は筆記試験を叩き込んでくれと言われてるが」


「えっと……、アンジェ先生……、やっぱ無理ですっ!」


「諦めるな。たかだか法令と礼法作法に国内儀礼だけだ。そこまでややこしくない」


 僕は溜息をつく。ミノンの勉強嫌いは余程だな、そう思った。


「ややこしいですよ! アンジェ先生は頭いいから、おばかの気持ちなんかわかんないんですよ!」


 声を荒らげてミノンは言った。僕はわかったわかった、勉強はしっかり付き合うから一緒に頑張ろうなと言うとぱぁっと顔を輝かせる。



「ジェイリー君とジョルジェ君についてはカオリル先生は心配してないそうだ。ただ、過去問をきっちり解いて凡ミスだけ避けてくれ、だとさ」


 僕は二人にそう伝える。


「あの、わたくしについてカオリル先生は?」


と訊くデリッカに僕は


「お茶の淹れ方をきちんと指導してくれと言ってたな。今日の夕飯後、一緒に練習してみるか?」


と伝えると、道着の裾を掴んでカーテシーをしてよろしくお願いしますわと言った。




 夕飯後、僕の部屋へ恭しく訪れたデリッカは学院指定のメイド服を着用していた。


「なんだ、わざわざメイド服まで持ってきてたのか?」


と僕が訊くとデリッカは


「もし何かあっても良いように、ちゃんと制服を持ってくるよう伝えたのはアンジェ先生ですわよ?」


と胸を張って応える。しかしメイド服まで持ってくる必要はあったろうか? しかしこれも制服の一つなのでデリッカは間違った事を言ってないのだが。


「まぁ、それにしてもウィヒャフを迎える前後に何度かお茶を淹れてもらったが、あの頃から味が無かったな」


「そんなはずはないわよ!」


 デリッカが淹れるお茶は色も香りも強く出ているのだが、どうしても味が無い。どうやって淹れてるんだと手順を見せてもらっても特に変わった様子がない。


「僕も試して淹れてみるが……、デリッカ君、飲んでもらえるか?」


 そう言うと、デリッカは顔を赤らめる。


「どうした? デリッカ君、顔が赤いぞ?」


「い、いえ! そう! そんなことないですわ! おほほほ……」


 汗をハンカチで拭いながらデリッカは椅子を引き、腰を下ろす。


 ポットに茶葉を入れ、砂時計をひっくり返す。カップを温め、砂が落ちるのを確認してカップに注ぎ淹れた。


「アンジェ先生、お茶って淹れたことありまして?」


「んー、すまん。正直、無いんだ」


 カップに入っていたのは、味も香りもない、赤銅色のお湯だった。




     ★     ★




「ねぇあんたたち、デリッカちゃんとアンジェリカの個人授業、気にならない?」


 いたずらっぽく笑いながらそう言ったルーチェ先生に、私達は皆頷く。まるで空へ飛び出しそうな雰囲気を出すウキウキなデリッカちゃんを見て、私はどんな授業をするのか気になって仕方がない。


 夕食後、私達は部屋に入るとデリッカちゃんはわざわざ持ち込んだメイド制服に袖を通し、バッチリとお化粧をしてました。胸にパッドをいつもより多めに詰め込んでたのは、見なかったことにしておきます。

 まるでスキップするように部屋を飛び出していったデリッカちゃんと入れ違いにルーチェ先生は私達を連れ出すと、とある部屋に入っていきました。と言うか、この部屋の入口は何度も何度も通ってましたが、こんなところに扉があるなんて一切気づきませんでした!


「ここからは静かにね? そして、デリッカちゃんやアンジェリカには絶対秘密だからね!」


 ルーチェ先生は何度もそう言うと、狭い部屋を通り抜けていきます。ただ、この部屋の異質なところは、穂先がちゃんと付いた短槍がいたるところ壁に掛けられてたのです。まるで暗殺者が隠れているような場所。


「ここよ。みんなでアンジェリカの個人レッスン、ゆっくり観察しましょ?」


 ルーチェ先生が立ち止まった所では、アンジェ先生とデリッカちゃんの声がしっかりと聞こえました。なるほど、部屋の天井構造が全てドーム型だったりしてた理由に合点が行きました。どんな小声でもこの隠し部屋によく聞こえるように設計されてるんですね。そして光が漏れる壁に目を近づけると、部屋の様子が丸見えでした……。なんですかこの宿舎は。まるで歴史物語に出てくる領主館じゃないですか!


『……あの頃から味が無かったな』

『そんなはずはないわよ!』


 アンジェ先生とデリッカちゃんの声が聞こえます、様子も見えました。デリッカちゃんの仕草や表情は、すごく艶っぽかったです。私やミノンちゃん、同じ年のエルツァちゃん達とも違う大人の色香でした。

 なんかすごくいらいらしました。隣で覗いてたミノンちゃんは何度も何度も舌打ちしてました。ミノンちゃんとデリッカちゃん、お互い思う所があるもんね。



『僕も試して淹れてみるが……、デリッカ君、飲んでもらえるか?』

 アンジェ先生の発した一言に、私達は皆、ゴクリと唾を飲む音が聞こえました。



「……ねぇねぇジョルちゃん。今のって……」


「うん、アンジェ先生はそんなつもりで言ってないだろうけど……」


「ジョルちゃん、おっそろしいほど真っ赤よ、顔」


 隣で覗き込んでたミノンちゃんに声を掛けられたけど、私はこの時、どんな表情をしてたのでしょうか?



『僕の淹れたお茶を飲んでほしい』

 これは立派な口説き文句ですし、場合によってはプロポーズにでも使われる一言です。

 デリッカちゃんは、一瞬ハッとした表情を浮かべて顔を赤らめてました。きっとその言葉を何度も何度も頭の中で反芻してるのでしょう。



「ん? ジョルジェちゃん帰る?」


「……はい、ちょっと具合が悪くなってきたみたいで」


 ルーチェ先生に断りを入れてこの秘密部屋から出ることにしました。


「ジョルジェちゃん、大丈夫だからね、うん」


 そうルーチェ先生は私の頭を優しく撫で、そう言うと帰り道を教えてくれました。



 私はそのあと、直ぐにベッドへ飛び込み、布団を頭から被って泣きました。




     ★     ★




「なぁ、一つ教えてくれ」

「んー? 女の子の口説き方?」

「そんなの聞いてどうする」

「私を口説いてみてもいいわよ?」

「口説いてどうする」

「わたしを嫁にする」

「断る」

「なんでよー」

「昔から言ってるが、僕は郷紳階級で君は王族だ。釣り合わんだろ?」

「私も昔から言ってるけど、兄三人に姉二人も居るのよ? 長兄が皇太子として立ってるし、パパからの帝位移譲も問題なく済むだろうから、まずお家騒動は無いわ。それにねぇ……、私なんて婚姻外交の駒にも使われなかったのよ?」

「そりゃ、婚約者の……なんだっけ? あのキザ男をフルボッコにしたからだろ? 『氷結の薔薇』って二つ名もその時の名残だし」

「だってー、アンジェリカだって知ってるでしょ? あんな男の元へ嫁に行くだなんて!」

「それを内包しての婚姻外交だ。高級貴族の宿命で義務だ」

「……ねぇ、それ、ひどくない?」

「は?」

「じゃあ何? 私に幸せな結婚生活や甘い生活を夢見る権利もないの?」

「………」

「そんなの嫌よ!」

「嫌言われてもなぁ。仮に僕の家が嬢を娶るってなれば家柄の問題も出てくるだろう」

「アンジェリカってさぁ、さっきから家柄家柄ってそればっかりじゃない!」

「そればっかりってか、それが大問題なんだよ……」


 かつてこういう話があった。

 とある皇女様が平民と結婚することとなる。しかしその平民の母親には金銭問題や配偶者の不審死など色んなスキャンダルを抱えていたのだ。平民同士の婚姻なら『そういうこともあるよねぇ』で済むだろうが、身分差の婚姻となると痛くない腹も探られるだろう。

 結局最初は国挙げての慶事と思われていたが、今ではその話題に触れるだけで不謹慎とされている。なおその皇女様は無事に平民と結婚され、皇国を飛び出て他国で住まわれると聞くが。



「それはとんでもないのを掴んだ皇女が悪いんでしょ?」

「そうかもしれんが……。僕の家も掘り出したら何が出てくるかわからんもんだぞ?」

「ふぅーん、例えば?」

「元は姉の息子のために一本のパンを盗んで十九年間も労役してたのかもな」

「……そうなの!?」

「違わい! って事はついでに銀食器も盗むのか? ジャヴェール警部に怯えて生活するのか?」

「……なんの話?」

「知らんなら良い」


 僕とルーチェはお茶を飲みながらのひととき。


「で、何の話だっけ?」

「嬢が話をぐちゃぐちゃにしたんだろうが。あのさ、お茶の淹れ方を教えられる人って居ない?」

「ん? それならエルクーァの双子ちゃんに聞いたら?」

「そっか。あの二人なら知ってるかもな。さすがだな」

「えへへー」


 ん? エルクーァについて、ルーチェに言ったっけ?






※参考文献

ヴィクトル・ユーゴー 『レ・ミゼラブル』

おっさん、あまりにも好きすぎて何度もミュージカルを見た結果、全員のセリフは全部暗記しちゃいました。

感想、もしございましたら気兼ねなくお書きくださいませ。おっさんの励みになります。


もし誤字脱字がございましたらご報告くださいませ。すぐに訂正いたします。

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